第2話 (空くんの回想入ります。ぱーと1)


 新しい生活が始まる時期になると、毎回思い出す記憶がある。


 それはハナたちに出会った頃の記憶だ。


 俺はいつだって忘れられないし、忘れたくもない。きっと小さい頃のことなんて、特別なトラウマがない限り忘れてしまうのが普通だろう。そういう意味では、俺もトラウマはもちろんあった。だから記憶として思い出すことができるのかもしれない。


 でも、俺にとってそのトラウマは、ハナたちの出会いの思い出として、今の俺には決して嫌なものではなくなっていた。

(回想入ります)

 その一言いらないからな?



 物心ついたころには、俺は結構裕福な家に住んでいた。

 両親に言えば何でも買ってくれたし、そこそこ幸せな……いや、かなり幸せな家族だった。両親は甘すぎるくらい、俺のことを溺愛してくれていたのだと思う。


 けど、俺が小学生になって一か月するころ、父親の会社が倒産した。結構大きな会社だった。

 借金を返すため、母親は仕事に明け暮れる日々。父親もバイトを転々として、子育てどころじゃなかった。

 だから、クラスで人気だった、新しくできたゲーム機を買ってほしいなんて俺が頼み込んだ時には、両親はうんざりした気持ちだっただろう。


 今ならわかる。


 俺がもう少し気の使える子供だったら、監禁なんてされることはなかったのかもしれない。親に愛想を突かせることなんて、なかったはずだ。


 監禁。すなわち虐待の一種。


 そう。俺は、わがままを言い続けたせいで、両親のストレスの原因になったのだ。

 だから、二階にあるトイレに監禁された。

 なぜトイレか? 用を足せるからじゃないだろうか。両親にとっちゃそんなのどこでもよかったんだろう。一階にもトイレはあったし、二階のトイレがちょうど空いてて俺を監禁するにはぴったりだった。それだけの話だ。


 トイレの似合う男。カッコ悪すぎる。


 とにかく、親はうるさい子供を遠ざけたかったんだ。

 きっと両親には優しさがあった。俺をどっかの山に置き去りにするとか、暴力で黙らせるとか、そういうことをしてこなかった。だからこそ俺は閉じ込められた。

 施設に預けるという選択肢はなかったのだろうか? いいや、両親に自分の子供のことを考えてる余裕なんてなかったんだ。施設の手続きや費用のことを考える暇もなく、目先のことに囚われ子供のことは後回し。その結果が監禁だったのだろう。きっと小学校からの連絡もあったと思う。どんな理由で隠したかは知らないが、上手くやっていたのは間違いない。


 夜に一度の飯。トイレットペーパーの補充。

 親がしてくれたのはそれくらいだったか。

 時々それすらも忘れられた日もある。

 食事は冷凍食品だし、十分な量でもなかったが、俺は文句を言わなかった。

 寂しい。苦しい。そんな思いは消しきれなくて。

 それでも生き続けた。というか、死ぬことができなかった。死に方すら知らなかったから。

 監禁されてから、俺は親に気を使うことを覚える。

 わがままを言わなければ出してくれると思ったし、前みたいな幸せな家族に戻れると思ったんだ。


 だけど、そんな日は訪れず、三ヶ月がたった。

 その頃だったか。彼女が現れたのは。


「せっまいね〜。二人入るにはちょっと息苦しいよー」

「……⁉ だ、だれ?」

「そらくーん! 会いたかったよ! わたしはねー、草野、華。ハナって呼んでっ」


 ちんぷんかんぷんだ。

 そりゃあそうだろう。今まで俺の部屋(トイレ)に入ってくるやつなんて誰一人いなかった。

 扉を開けてくる両親は飯やトイレットペーパーを運んで来たらすぐ帰ったし、食器やゴミを片付けるときも用を済ませたらすぐ出てった。

 ハナは、扉も開けずに、いつの間にか入ってきたのだ。


「ハナ……は、どうやってぼくを見つけたの?」

「んーとね。トモダチパワー? よくわかんないけどそんな感じ!」

「本当によくわかんないな」


 よくわかんない奴。

 それでも、話し相手が現れたというだけで俺の気持ちは少し、晴れやかになった。


 それから毎日話すようになった。親が来る時間になるとハナは窓から逃げる。俺以外に子供が侵入していたなんて知られたら親につまみ出されると、当時の俺たちは思ったんだ。

 俺も窓から逃げようとしたが、あいにくそこは二階。ハナに必死で止められたのを覚えている。


「お母さんとお父さんのことは、どう思ってるの?」


 突然、俺はハナにそう聞かれた。


「きらい。今のママとパパはきらいだよ」


 俺はその頃から、もうあの頃には戻れないのだと悟った。二人とも俺のことなんて見ていない。目の前の莫大な借金を返すことだけしか考えていない。

 もし、両親が問題を解決したとしても、俺に愛情なんて抱かないだろう。ずっと放置してきたのだから。

 俺も同じだった。

 ずっと放置されてきた俺は、親のことが大嫌いになっていた。だから、ハナに聞かれた質問は、即答だった。


「そっか。じゃあさ、ここから逃げようよ!」

「え? 無理だよ。だってハナ、窓からは逃げられないって言ったじゃん」

「うん。でも大丈夫。私が助けてあげるから! 明日の昼間、お母さんとお父さんがいないお昼の時間、 ここに来るから待っててね!」

「うん……」


 翌日。

 お昼の時間に、ハナはやってきた。


「そらくん、わたし、そらくんを助けるために生まれてきたんだと思う。だから、そらくんのこと大好きなのかも!」


 ハナはこのときから、自分が俺とは違う、普通の人ではない存在だと気がついたらしい。俺は全く気がついていなかった。不思議な話だ。


「大好きなそらくんを助けるためにわたし、がんばるね! レッツゴーだ、わたし!」


 全く気がついていなかったから、この後に意識が途切れたのも、ただ寝てしまっただけだと思っていた。


「助けてー! ご飯も食べられないし学校にも行けない! トイレの部屋か出られないのー! 誰か助けてー!」


 俺はよく覚えていないけど、ハナは俺の体を借りて、窓の中から近所の人へ助けを呼んだらしい。

 お昼の買い出しをしていた近所のお母さんやおばさんたちが、みんなハナのことを見て、電話したらしい。


 らしい。という曖昧な表現ばっかりになるが、そうとしか言えない。俺は近所の人が電話したところをみてないし、助けを呼んでもいない。

 窓から助けを呼ぶなんて。そんなこと、幼い俺には考え付きもしなかった。


 ハナが、俺を救ってくれたのだ。

 イマジナリーフレンド。

 空想の友達である、俺の幼馴染。


 彼女は、俺を外の世界へ導いてくれたんだ。

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