なまえのないかいぶつ

清野勝寛

本文

なまえのないかいぶつ



むかしむかし、あるところに魔法使いの女の子がおりました。

彼女は、魔法使い最後の生き残りです。

魔法使いの力を自分のだけのものにしようと企んだ王様が、女の子以外の魔法使い達を皆殺してしまったからです。

魔法使いとしての力が弱かった彼女は、お城の地下にある暗い暗い牢獄に魔導兵器の研究材料として、囚われていました。


ある日、女の子が両親の形見でもある魔導書を読み返していると、暗闇から物音が聞こえました。

女の子は魔導書を閉じ、暗闇の方へ灯りを持って近付きます。

「あら? あなた……」

そこには、彼女の両手ほどの大きさの黒い影がおりました。

物陰から隠れるようにして、じっと彼女を見つめています。

黒い影はフルフルと小刻みに震えており、体が半透明になっていることに、女の子は気付きました。

「存在が消えかけているのね。ちょっと待って、これくらいなら私でもなんとか……」

彼女は先ほどまで読んでいた魔導書を持ってきて、パラパラとページを捲り、そのページに書いてある呪文を唱えながら、黒い影に自身の左手を翳しました。

すると、彼女の身体が仄かに赤く輝きはじめます。

その光は黒い影まで伸びてゆき、小さい体を包み込みました。

やがて彼女が目を開くと、半透明だった黒い影の体がしっかりと見えるようになっていました。

「……よし、上手くいったわ! 今、私の魔力をあなたに注いだの、これでもう大丈夫」

そう言って暗い影に手を伸ばそうとすると、黒い影は素早い動作で女の子から距離を取ります。

「ご、ごめんなさい、驚かせちゃった。……私、この場所にずっと一人でいて退屈なの。良かったらお友達になって欲しいな」

彼女がもう一度影に手を差し出すと、黒い影はゆっくりと彼女に近付き、彼女の掌の上に乗りました。

「ありがとう」


それから二人は、牢獄の中で一緒に過ごすようになりました。

女の子に与えられた食事を二人で分けて食べ、一緒に魔導書を読み、寝る時は彼女のオレンジ色の長い髪に、黒い影が巻き付き、一緒に寝ます。

一人ぼっちだった女の子は、もう寂しくも、退屈でもありませんでした。


けれどそんな時間は、長くは続きませんでした。


ある日、王様がたくさんの部下を連れて、女の子のいる牢獄に現れました。

「魔導兵器の開発は成功した。お前はもう用済みだ。今からこの者を処刑する」

王様がそう言うと、部下が女の子の両手に枷を取り付け、女の子を連れていきます。

黒い影はその様子を黙って見ていることしか出来ません。

牢獄から出た時、女の子は一瞬だけ黒い影を見て、微笑みながら口を動かしました。

黒い影には、彼女が「さよなら」と言ったように見えました。

黒い影は、こっそり彼らの後ろをついていくことにしました。


城門前には、大勢の人と、処刑台が用意されていました。

彼女の長いオレンジ色の髪がナイフで乱暴に切られます。

「この者は魔法使い最後の生き残りだ。こいつを殺せば、我らを脅かす存在はなくなる」

王様がそう言うと、人々は女の子に向かって口々に罵声を浴びせました。

彼女はその人達を退屈そうに見つめています。

黒い影は、それを見ていることしか出来ませんでした。

女の子が、処刑台にかけられました。

黒い影は、見ているだけなのは嫌でした。


影が、どんどん大きくなっていきます。

どこまでもどこまでも、大きくなっていきます。

お城と同じくらい大きくなったところで、城門前にいる人々は叫び、逃げ出しました。

造られたばかりの魔導兵器の攻撃が、大きくなった影に直撃します。

黒い影は、びくともしません。

女の子と大きな影の、目が合いました。


「あなた、本当はそんなに大きくなれたのね」

女の子はそう言って笑顔を向けます。

大きな影は、大きな腕を伸ばして、大きな掌で彼女を包み込みました。




むかむかし、あるところに魔法使いの女の子がおりました。

彼女は自分の使い魔である巨大な影の魔物を操り、一つの国を滅ぼしました。

二人がその後どうなったかは、誰も知りません。


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なまえのないかいぶつ 清野勝寛 @seino_katsuhiro

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