第29話・仁・ラムウォッカ・テキーララオチュウ……以下略

 左疾風族の集落──中央に立てた金属ポールに、天幕を張った円錐形のティーピーテントの中で、月華とオプト・ドラコニスは左疾風族たちから、監視されているような視線を浴びせられていた。

「そんなにジロジロ見るな、凍らせるぞ!」

 ワシ頭の左疾風族が、テントの中に入ってきて言った。


「別テントにいた、客人を連れてきた。お客人この二人です」

 テントに入ってきたのは、目の所に穴が空いたツギハギの白い布袋を頭にかぶった、仁・ラムウォッカ・テキーララオチュウ・ギンジョウワインだった。

 月華が少し呆れ気味に仁に訊ねる。

「こんな所で何をやっているの? そんな変な布袋をかぶって?」

「やっぱり、すぐにバレたか……レオノーラさまから、こっそり月華から護衛を引き継ぐように言われて、人相を隠してみたが意味なかったな」


 仁が、布袋を脱ごうとするのを月華は止める。

「脱がなくてもいいよ、似合っているから……その姿の時は『仁・ラムウォッカ・テキーララオチュウ・ギンジョウワイン・ビアリキュール』とでも名乗ればいい」

「そうか、じゃあこの姿の時は。仁・ラムウォッカ・テキーララオチュウ・ギンジョウワイン・ビアリキュールと名乗るようにするか」

 ワシ頭が、仁・ラムウォッカ・テキーララオチュウ・ギンジョウワイン・ビアリキュールに訊ねる。

「仁・ラムウォッカ・テキーララオチュウ……以下省略どの、この者たちと顔見知りですか?」

「あぁ、怪しい者じゃないコトはオレが保証する……そのウサギ耳の、スダレ前髪はオレの女房だ、お互いに干渉しない自由気ままな夫婦だけれどな」

「そうでしたか、それは失礼しました」


 数分後──月華たちの前に、料理が運ばれてきた。

 左疾風族たちと、飲み食いしている月華とオプト・ドラコニスに、ワシ頭が説明する。

「左疾風族には、タカ頭、ワシ頭、フクロウ頭、ペンギン頭、カケス頭、スズメ頭、ドードー頭、クジャク頭の八宗家がいます……同じように、右疾風族にもトキ頭、ニワトリ頭、ハト頭、ツバメ頭、ペリカン頭、ダチョウ頭、ハシビロコウ頭、フラミンゴ頭の八宗家が」

 そして、どちらにも属さない中立的なカラス頭宗家と、その子分のムクドリ頭分家がいると語った。

 骨付きの青い鶏肉を食べながら、月華がワシ頭に質問する。

「二つの部族が対立している原因はなに? あの平行に走る道が関係しているの?」

「それは……」



 右疾風族の集落──穂奈子とゾアは、もてなしを受けていた。

 穂奈子から少し離れた席には、頭に角が生えたクマヌイグルミのフンドシ師匠がいて、アルコールを仰ぎ飲んでいた。

「ぷはぁ……ここの酒は美味い! 穂奈子を心配して追ってきた甲斐かいがあった」

 串に刺さった焼き鳥のようなモノを食べている穂奈子が、不機嫌そうに言った。

「本当は美味しいものを食べる口実で、あたしを追ってきたんでしょう……師匠の魂胆、見え見えです」


 穂奈子は、皿に添えられていた青い岩塩を焼き鳥に付けて口に運ぶ。

「あたしたちのコトを、怪しい者ではないと言ってくれた師匠には、感謝していますが」

 ゾアは、ダチョウ頭から小皿に乗せられた、数個の小石を食べるコトを勧められている。


「小石食べる、お腹に溜まる、消化が良くなる」

 丁重に断り続けているゾアの片腕にしがみついた、トキ頭がしきりにゾアを砂浴に誘う。

「食事が終わったら、一緒に外の砂池で砂浴しないか、裸のつき合いってやつだ、体の寄生虫が落とせるぞ……うちら疾風族は、混浴の砂浴びも気にしない」

 砂浴びも丁重に断るゾア。


 ヌイグルミ師匠が、疾風族に代わって平行した道について穂奈子に説明する。

「右疾風族と左疾風族は、長年に渡り聖なる山の加護権に関して対立してきた……どちらの部族がより聖なる山から祝福されていて、加護を受けているのかと……」


 ヌイグルミ師匠の話しだと、なかなか決着がつかないので、先々代の右と左のリーダーが、ある提案をした。

『聖なる山の山頂まで続く道を先に作った方が、聖なる山から強く祝福と加護を受けている』と……そして、聖なる山へ続く道が完成するまでは、大きな部族衝突を起こしてはならないと。


 青い飲み物を飲みながら、穂奈子が師匠に訊ねる。

「それで、どっちの部族が先に頂上までの道を完成させそうなんですか?」

「五分五分だな……あと半日で決着がつく、ふぁ眠くなった……おぉ、ここにちょうどいい枕が」

 ヌイグルミ師匠が穂奈子の膝に頭を乗せて、スリスリしたのとほぼ同時に穂奈子の触腕が師匠をつかんで、天幕の壁に向かって投げつけた。

「どべっ」



 翌日、聖なる山の山頂──右疾風族と左疾風族の石をどけて道路を造っている作業現場に、左側には月華、オプト・ドラコニス、仁・ラムウォッカ・テキーララオチュウ……以下略。

 右側には、穂奈子、ゾア、クマ師匠の三人が勝負の行方を頂上で見守る。

 最後の難関は、山の頂上にある巨石だった。

 道を作るために巨石を転がし落とそうと協力する、右と左の疾風族。

「もっと力を入れて押せ!」

「少し動いたぞ! あと少しだ!」

「丸太をテコにして呼吸を合わせて一気に……そうれぇ!」

 轟音と共に巨石は斜面を転がり落ちて、少し出っ張った箇所で停止した。

 頂上までの道が開通して、ハイタッチで喜びを分かち合う、右と左の疾風族。

 左のタカ頭が言った。

「最後の岩をどかすのに、力を出したのは左疾風族だな……この勝負の我々の勝ちだ」

 反論する右疾風族のトキ頭。

「ふざけるな、力を出したのは右疾風族だ、テコの丸太を最初に岩の下に入れたのは、うちらだ」

「その後に、丸太を横に置いたから巨石を動かすコトができたんだ……力だって我々の方が出していた」

「いや、うちらの方が全身全霊で岩を押していた!」


 また、一触即発の雰囲気の中……山を登ってきた、カラス頭が汗を手の甲で拭いてから二つの部族に言った。

「もう、そろそろ不毛な対立はいいじゃねぇか……なぁ、フクロウ頭家とハシビロコウ頭家。頂上までの道ができたんだ、ここらで先々代の両部族リーダーから三家が伝えるように言われていたコトを伝えねぇか」

「そうだな、カラス頭家」

「賛成だ」

 フクロウ頭家とハシビロコウ頭家が、カラス頭家と並び立つ。

 フクロウ頭が言った。

「我ら三家は、右と左の先々代リーダーから託されていたコトがある」

 ハシビロコウ頭が言葉を繋げる。

「それは、争いばかりしていた両部族に聖なる山への道作りを競わせ、道が完成するまでは衝突を回避するように努めよ……という指示だった」

 タカ頭とトキ頭が三家に問う。

「なぜそんな指示を?」


 答えるカラス頭。

「決まっているだろう……両部族が争えば、いつの日か血が流れる……聖なる山の加護は両方の部族を平等に加護している……それでいいじゃねぇか、完成した道を友好の証の道にすりゃあいい……それが、先々代のリーダーの願いだ」


 タカ頭とトキ頭は、互いの顔を見て苦笑した。

 聖なる山の頂上壁にドアがあるのを発見した、仁がドアを開けると、そこに別エリアの白い砂丘砂浜が広がっていて。

 青い海と、ヤシの木に似た植物が潮風に揺れていた。

 月華が言った。

「あたしが護衛するのはここまで、ここから先の護衛は仁・ラムウォッカ・テキーララオチュウ・ギンジョウワイン・ビアリキュールに任せる」

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