第24話・ゾア村のゾア

 極楽号の表壁真下にある『ゾア村』──天井には空が投影されている。

 牧歌的な、のどかなゾア村にも小惑星の衝突衝撃は伝わっていた。


 ゾア村に住むヒューマンタイプの十五歳の少年【ゾア】は、大地が揺れた衝撃に驚き、牧草地で尻餅をついた。

「驚いた、なんだ今の?」

 放牧されている、スフィンクス羊も揺れに少しパニックになって、後ろ足で立ち上がって輪になって踊っていたが、今は落ち着いて四脚で牧草を食べている。

 スフィンクスの顔をしたスフィンクス羊は、驚くと二本足で立ち上がって、輪になって踊る習性がある。


 ゾアは、放牧されていたスフィンクス羊たちを羊舎にもどすと、家へと帰った。

 木造のログハウスでは、ヒューマンタイプに見えるゾアを育ててくれた母親が、振動で棚から落ちた金属製の調理器具を棚にもどして片付けていた。

「母さん、大丈夫だった?」

「見ての通り、あたしは大丈夫よ……ゾアの方は? どこかケガしてない?」

「オレは大丈夫」

「そう、良かった」


 その日の夕暮れ、船内天井に投影される空がピンク色に染まり、赤銅色のほぼ皆既月蝕に変わった極楽号のビジョンが投影される。

 ログハウスの中で、母親が作ってくれたピンクシチューを食べながら、ゾアが母親に訊ねる。

「母さんや村の人たちは、どうしてオレの前だとヒューマンタイプの姿に擬態しているの」

 向かい側に座った、母親の木製スブーンを持つ手の動きが止まる。


「それは、ゾアが外見の違いの孤独を感じないように、みんなで話し合って」

「オレ、もう子供じゃないから平気だよ……母さんたちも、本来の姿でリラックスしたいでしょう。オレに気兼ねしなくてもいいから」

「ゾアが、そう言ってくれるなら」

 母親の姿が、白い菌糸が人型をした異星人の姿に変わる。

 ゾアが言った。

「どんな姿でも、母さんは、オレの母さんだよ」

「ゾア……ありがとう」


 ゾアは赤ん坊の時に、ゾア村の外れで拾われた。ゾア村の村人はみんなで協力して赤ん坊を育てていくと決めて、村名から『ゾア』と赤ん坊を名付け育てた。


 ゾアが自分の寝室に入って熟睡していると、台所で食器の片付けをしている母親を訪ねて、離れた隣家に住む、ヒューマン姿に擬態した菌糸女性がやって来た。

 本来の菌糸異星人姿で、台所に立つ母親を見て驚く隣人。

「その姿で大丈夫なの?」

「ゾアが、本来の姿になってもいいって言ってくれたから」

「そういうことなら、あたしも気兼ねなく」 

 隣人女性も菌糸異星人ゾアの姿に変わる。

「ふぅ、この姿だと楽ね」

 隣人女性が伸ばした菌糸が、母親の菌糸に触れる──菌糸同士を絡めた聞こえない会話がはじまった。

《ゾアは、まだ自分の本当の姿は?》

《気づいていない……深い眠りに落ちた時だけ、本来の姿にもどるから。浅い眠りから目覚める時はヒューマン体にもどっているから》

《いったい何なのかしらね……あの子の将来に何が待ち受けているのかしら》



 数日後──突如、極楽号に異変が発生した。

 極楽号の船外装を突き破って、菌糸の束が生えてきた。

 まるで、眼球に根が生えたような姿になった極楽号……その船橋に、緊急事態を知らせる警報が鳴り響く。

 可愛らしいパジャマ姿のディアが、自分の座席で船内状況を確認する。

「極楽号の中心部から伸びた菌糸が、船内を侵食! モニターに出します」

 前方巨大モニターに、線画された、現在の極楽号の姿が映し出される。

 それを見た、ナイトキャップをかぶり、枕を抱えたカプト・ドラコニスが驚きの声を発する。

「なんだありゃ? 極楽号の深部にまで菌糸が伸びている?」


 ナイトウェア姿の月華が言った。

「中央部の動力機関までは、まだ到達していないけれど……このまま侵食が進めば、やがては」

 空中投射の電子パネルを操作するディア。

「予測シュミレーションしてみました、菌糸が極楽号で成長した予測形態を出します」

 極楽号の下に、菌糸が絡まり丸裸の小さな体がぶら下がったような形態が、モニターに現れる。


 さらにシュミレーションを進めると、極楽号を覆い尽くした菌糸から一つ目が覗く黒い形態へと変わった。

 枝が周囲に広がっている姿に変貌した極楽号のシュミレーション画像に、艦橋にいる者たちは顔をしかめた。

「まるで、妖怪種族じゃないか」



 極楽号内、瞑想ルーム──室内に仮想投影されている、岩山の平らな断崖の上で両目を閉じて座り、意識を外部から遮断している穂奈子クローネ三号の姿があった。

 口元を包帯のようなマスクで覆い、肩や腰には防具が装着されている。

 穂奈子の両腕の肘から先は、イカに酷似した生物の先端部分の内側だけに吸盤が付いている『触腕』やイカのような足になっている。

 さらに穂奈子の耳の両側の髪は、イカの触腕のような形状になっていた。


 心を鎮めている穂奈子の背後から、足音を忍ばせて近づいてくる存在があった。

 頭に二本の角を生やした、クマの抱きヌイグルミのような生物……赤いフンドシをした、その生物の手には禅寺で僧侶が肩や背中を叩く細い板を持っている。

 薄笑いを浮かべた、フンドシクマが穂奈子に向かって細い板を振り上げた時──穂奈子の巫女風衣装の袖から伸びた、イカの触腕がヌイグルミのクマをつかんで壁に叩きつけた。

「どべっっ」

 投影されていた山の風景が消えて、殺風景な内装にもどった部屋の中で、ヌイグルミ師匠が言った。

「見事だ穂奈子、もう儂には何も教えるコトはない」

「最初から、師匠からは何も教わっていませんけれど?」

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