第20話 ツンデレ少女

「よかった~、来てくれたんだね」

「来るっていったんだから、そりゃ来るよ」

「うぅ……もう来ないかと思ったよ」


 ももかが慌てた手つきでドアを開ける。中は以前と同じで、微かな埃っぽさを含んだ甘い空気に満たされている。


「ごめんね。他のみんなはもうちょっと遅くなるから」

「いいよ。待つから」


 ……そういえば、部員の人数を訊いてなかったな。幽霊部員ばかりって言ってたから、本当に活動してるのは数人くらいかな。

 そんなことを考えていると、ももかが隣で、消え入りそうな声で呟いた。


「あの……昨日の探検のことはナイショにしてね」

「うん、いいけど。どうして?」


 訊いてから気づいたけど「幽霊を退治しに行った」なんて知れたら笑いものになるからだよね。

 ――あ、ひょっとして部室に行くときに感じた視線って、そのせいなのかな? 

 幽霊を信じている変な人達と思われているのかもしれない。


「うぅ……恥ずかしいから」


 ももかは頬を染め、少しうつむき加減に言う。昨日の堂々とした態度が嘘みたいだ。

 でも、自分しか知らないももかの一面がある、というのは心地良い。


「うん。秘密にしようか」


 正直、僕は秘密を守るのは苦手だ。口には出さないけど、顔には出やすいタイプだからだ。コンビニで立ち読みしてても、すぐに顔がにやけてしまう。

 こんなに気軽に約束しちゃって大丈夫かな……。


「ねぇ、れいくんはここに来る途中、誰かに何かされなかった?」


 さっきと変わって、少し真剣な表情になる。いつも緩んだ顔をしているので、真剣な表情にはどこか凄みを感じた。


「何かって、何?」

「良くない噂話を聞いたとか、誰かにものを投げられたとか」

「別にないけど……ひょっとしてももかは何かされたの?」


 僕がそう言うと、ももかは驚いたような表情を見せて否定する。


「そうじゃないよ。ただ、れいくんのことが心配だったから」

「ありがとう。けど、僕は別に大丈夫。仲間はずれにされるほど友達いないし」


 悲しい事実で笑いをとったつもりだったが、ももかは曖昧な笑みを浮かべてぽつりと呟いた。


「わたしたちの活動って、どこか変なの」


 ももかの悲しみを隠した表情は、僕をいたたまれなくさせた。何とか慰める言葉が欲しかったが、そういう言葉を思いつくのは苦手だった。

 仕方なく、僕は自分が考えたことを口にした。


「そんなことないさ。他の部活だって、どこか変だよ。同じところをぐるぐる回ったり、意味のない叫び声を上げたりしてね。それに、人を判断する基準は様々なのに、1つの側面を取り上げて問題視するのはおかしい」


 部活の正しいあり方なんて決められないし、教育の効果は数十年単位で見なければわからないことばかりだ。それなのに「本当の部活とは」などと無意味なことを考え、健全な精神がうんたらかんたらと言い出す。

 彼らには哲学がないのだ。だから本質的問題を見ることができない。


「ありがとう」


 ももかは数秒の沈黙のあと、僕の数歩前へ進んでくるっと回る。あどけない笑顔がそこにあった。

 孤独になりがちな哲学で、他人と繋がる感覚が新鮮だった。


「じゃ、さっそく入部テストだね」

「どんなテスト?」

「手を広げて、中指と薬指を曲げて、人差し指と小指をくっつけるの。これができる人は霊感があるんだって」


 うーむ……簡単だと思ったけど、やってみるとかなり難しい。もっと指が長ければくっつくかもしれない。霊感のある人って背が高いのかな? あまり関係ないと思うけど。


「ちなみに私は出来るよ、ほら」


 ももかが得意げに手を見せてくれる。確かに、人差し指と小指のアーチがかかっていた。ももかの指は僕より少し小さいのに……。

 左手の人差し指と右手の小指をくっつけているユキは無視だ。


「へぇ、すごいね」


 柔らかい指が珍しくて、僕はついももかの指を掴んでしまう。


「きゃっ」

「あ、ごめん!」


 驚いて手を引っ込める。ももかは、触られた部分を治癒するかのように逆の手で包み込み、ぼんやりと見つめている。

 ええと……どうしよう……。



「それ以上ももかに近づくな! このヘンタイっ!」


 ドカッ!!


 二人の甘い雰囲気に怒号が突き刺さったことを知覚する間もなく、後頭部に衝撃。為す術もなく、僕はうつ伏せに倒れてしまった。


「いててて……何が起こったんだ……」


 痛みに耐えながら目を開けると、真っ赤に染まったももかの顔がなぜか目の前にあった。艶のある唇が、光って見える……どうやら倒れるときにももかを巻き込んで、押し倒す格好になってしまったようだ。


「な、何やってんのよこのっ!」


 怒号の主に追撃を加えられ、今度は僕だけがふっとばされる。


「良かった、ももかを巻き込まなくて」と思ったのも束の間、すぐに壁にぶつかった衝撃が伝わってくる。ユキが側に寄って、心配そうに頭を撫でてくれているが、触られると余計に痛い。


「あんたね! 最近ももかにちょっかいだしてるのは」


 薄ら目で声の方を見ると、殺気立った視線とぶつかり、思わずたじろいでしまう。


 声の主は、なかなかの美人だった。

 すらりと伸びた長身に映える長いダブルポニーテール(要するにツインテ)、整った顔立ちに鎮座する大きな瞳。

 その瞳が鋭い光線を放っていることを除けば、いつまでも見ていたいと思わせる容姿だ。


「ももかから聞いてるのよ。透視ができる変態男に付きまとわれてるって!

 さっきも、能力を口実にして、ももかのこと触ろうとしてたでしょ!」


 は?

 どうやらあらぬ誤解を受けているらしい。だが、怒涛の剣幕に押されているのか、うまく体が動かない。

 女の子相手なのに、少し情けない。僕はももかが誤解を解いてくれることを祈った。


「あ、愛樹ちゃん……それは誤解だって……」

「いいのよ、ももか。今まで気づいてあげられなくてゴメン」


 愛樹という名の少女は、ももかを抱き寄せて頭を撫でた。

 ……なんか絵になるな。廃墟で佇む少女を女神様が慈しんでいるかのようだ。


「違うよ。私はただ『幽霊が見える人がいる』って言っただけだよ~」

「そんな人いるわけないでしょ。男なんて女の下着を見ることしか考えてないに決まってるんだから。ももかは楽観的すぎるのよ」

「うぅ……愛樹ちゃんはすぐに下着の話になるよね……」

「そ、そんなわけないでしょ! どうして私が下着の話ばかりするの?」


 愛樹という女の子が少し狼狽えているのが面白かったので、僕も攻めに便乗してみよう。


「君が普段、そういうことを考えてるからじゃないの?」

「なっ……?! そ、そんなわけないでしょ! バッカじゃないの?!」


 至近距離まで詰め寄って罵声を浴びせられる。


「ももか、早くこの歩く猥褻物をつまみ出しましょう。ウチの部に入りたがる男は、幽霊の話を悪用してエロいことするヤツらばっかりなのよ。

 この前の心霊写真撮影会のこと、忘れちゃったの? それとも、ああいう写真を撮られるのが趣味なわけ?」

「う……た、確かにそうだけど……でも、れいくんはそんな人じゃないと思う」


 愛樹の説得にももかがたじろいでいる。どうやら愛樹の言っていることは間違いではないらしい。

 確かに、ももかはかわいいけど、隙があるからな。狙う男子が多いのも頷ける。

 あと、心霊写真撮影会の内容も気になる。できれば写真を見てみたい。


「詐欺師は見た目を着飾るものなのよ。羽織ゴロはとっとと帰りなさい!」

「だめだよ。私が呼んだんだから」

「……へ? 呼んだ?」


 暴力少女の手が緩んだ。いいぞももか、もっとやれ。でないと僕の命が危ない。


「幽霊部に入ってもらおうと思って……友達は多いほうが楽しいから」

「友達ねぇ……」


 愛樹が髪をなびかせながら僕の方を睨む。僕はとりあえず、宥めるためにできる限りの笑顔で手を降ってみる。


「胡散臭いから却下」


 う……面と向かって言われると凹むなぁ。確かにあんまり良い顔ではないけど。


「言っとくけど……私はアンタみたいな変態は絶対にももかの友達として認めないからっ!」


 愛樹が至近距離まで詰め寄って罵声を浴びせてくる。間近で大声を出すもんだから、耳が痛む。

 誰か助けに来てくれないか。

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