3章 幽霊部の部員が美少女だけど怖い

第19話 モテるためにはスケベしなさい

 翌日。重いまぶたをこすりながら、早足で学校へと向かう。昨日の幽霊探索で、すっかり寝不足だ。


 遅刻はできれば避けたい。そのためには、少し早く行って始業前まで寝るしかない。

 幸い、僕の居眠りを邪魔する人はいないからね(孤独という意味ではなく、孤高という意味である)。


 僕は学校へ辿り着くといつも、奇妙な違和感を覚える。

 赤茶けた門の先にある塗装のはげた白壁の校舎。そこへ生徒がまばらに吸い込まれる様子を見て、僕はなぜかその中に入るのを躊躇ってしまう。


 ―――僕は一体何をしているんだろう。


 登校する生徒たちは、僕と干渉を持つことはない。もちろん、何か話しかけたりぶつかったりしたら反応がある。そうでない限りは霊と置き換え可能である。

 そして、自分の考えたことだけが自分の世界に影響を与えるならば、僕が霊として彼らを認識している以上、彼らは霊としてしか存在し得ない。


 そんな霊としての生徒に紛れてしまうと、僕自身も霊体化するのではないか……。


 僕らにとって彼らが霊であるように、彼らにとっても僕は霊だ。

 もし世界中の人間に霊体だと認識されたら、たとえ生命を維持していても死と見なせるかもしれない。


「人が死んだらどうなるのか」というのは切実な問いだ。こんなに身近な場所にも死は存在している。

 立ち尽くして、ぼんやりと校舎の方向に目を向けていると、ユキが欠伸まじりに話しかけてきた。


「どうしたの? ひょっとして幽霊が怖いの?」

「昨日のユキと一緒にしないでくれ。僕は学校に感じる違和感について考えてるんだ」

「そうよね。やっぱり夜も朝も学校へ行くのは変よね」


 いや、そこじゃなくてね。


「そもそも私達生徒全員が学校へ行くより、教師数十人が私達の家に来たほうが経済的よね」

「いや、教師数十人が各生徒の下に行くのは無理じゃないかな?」

「そこはグローバル精神よ。ネットで配信するとか」

「そうなったら僕は授業聞かないけどね」

「私も聞かなーい」


 言い出しっぺは聞いとこうよ……。


 いつも通りの強引な会話だが、僕の憂鬱な気持ちは少し和らいでいた。それは言葉で表すのは難しいが、敢えていうなら生きている実感かもしれない。

 すでに霊体になったユキの方が、周りの人間より生きている感じがする。何だかおかしい気もするけど、僕の素直な感想だ。


「じゃあさ、ふたりきりの夜間学校ってどう? ももかちゃんとどう?」

「まさか。僕はごめんだよ。ユキこそ、ひとりきりの夜間学校なんてどう?」

「幽霊と一緒になんか嫌――っ!!」


 やっぱり幽霊嫌いなのか。同族なのに。



 放課後、部室へと向かう。ももかは約束通り待っているだろう。


 百合アニメだと、約束をした女の子はベッドで「なんで私あんな約束しちゃったの~~っ!!」って枕に顔をうずめた後、フラッシュバックしたトラウマにうなされつつ「来て……くれるよね?」ってポツリと呟くのが定番だが、妄想と現実は違う。


 だが「妄想とは現実への希望だ」という哲学者もいる。僕が妄想するのは哲学的探求の一環だ。


 そんなことを考えながら歩いていると、何か違和感に気づく。

 周りの人の態度が変だ。

 すれ違いざまに僕の顔を見てたり、少し距離をとった場所から視線を感じたりする。


 人間の目は外から入った光を対象物へ向けて反射しているから、他人に目を見つめられると、目をライトで照らされたように感じるという。それが来ているのだ。


 ユキも気づいているらしく「ねぇ、みんなレイくんを見てるけど、ひょっとしてモテ期?」とからかってくる。


 しかし、理由が思い浮かばない。寝癖もないしボタンもかけ違えてないしファスナーもちゃんと閉まっている。後ろに幽霊がついている点を除けば文句はないはずだ。


 違和感と共に部室へたどり着く。ももかは既に来ていた。

 昨日はふわふわの髪の毛を揺らしてピョコピョコ歩く感じだったのが、今日は塩をかけたみたいに大人しい。

 所在無さげに目を振る仕草と相まって、まるで迷子みたいに見える。


「やっぱり――あれはどう考えても脈アリね。もう少しで落とせるかも」


 そんな様子を見て、ユキがいやらしそうな目を向ける。

 全く、どうしてユキは何でも恋愛に結び付けたがるんだろう。友達関係でさえ難しいのに、いわんや恋愛をや。


「そんなわけないよ。だいだい、どうやってももかを落とすのさ。ユキ、今までラッキースケベしかやってないでしょ。そんなんで人を好きになるの?」

「なるわよ。認知的不協和理論って言ってね、人間は矛盾した状況に陥ると、自分を納得させる理屈を考え出すの。例えばね、苦労して入社した人は辞めにくくなるのよ。『こんなに苦労して入ったんだから、いい会社に違いない』と思い込むのよ。そうやって無理して働いて体を壊すより、ニートになる方が断然いいわ」

「それがどう関係があるの?」

「つまり、エッチなことって恋人同士でしかしないでしょ。だからラッキースケベを体験すると『こんなにエッチなことをしてるんだから、この人と恋仲に違いない』って勘違いしてしまうのよ!」


 相変わらず無茶苦茶な理屈だ。とりあえず反論してみるか。


「その理屈だと、援助交際とか風俗とかは恋人関係になってないとおかしいんじゃ?」

「あれはお金を貰ってエッチしてるんでしょ。『こんなにエッチなことをしてるのは、お金を貰ってるからだ』って思うだけよ」

「その理屈だと、僕も『こんなにエッチなことをしてるのは、ユキが裏で怪しいことをやってるからだ』って思うだけじゃ……」

「ももかちゃんは違うでしょ。私のことに気づいてないんだから。告白は女の子からしたほうが成功率高いんだから、ももかちゃんに不協和を仕掛けるのは当然よ」


 ユキの屁理屈が長々と続き、反論が難しくなってきた。屁理屈は根本的に間違っているが、部分的には正しい。そして、話というのは往々にして根本より部分がクローズアップされるものなのだ。

 僕は仕方なく議論を諦めて、別の話をする。


「ユキの作戦はともかく、ももかはただ待ちくたびれてるだけだと思うよ」


 そう言うと、頬をぷくっと膨らませながら睨んでくる。


「もうっ! 女の子の気持ちがわからないと、将来苦労するわよ」


 ニートに将来がどうこうなんて言われたくない。そう思いつつ、僕はももかの方へ近づいた。

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