第1-24話 美容室で縮毛矯正を頼んだ結果、鏡の中に別人のようになった自分がいた

正直とても驚いた。

鏡の中に、まるで別人のような自分が居た。

真っすぐな、シャンプーのCMのようなさらさらの髪。

私は自分の顔を、目が細く吊り目で、能面のような顔だと思っていて、今まであまり好きでなかったのだが真っすぐな髪の毛はその自分の顔に妙にマッチして……なんというか。

「色気があるわねぇ。あなた?」

ゆうさんの言葉にはっとした。

「い、いろけ……ですか」

「ちょっと雪女系というか。色も白いし、このままVネックの深い青のセーターなんて着せたらきっとモデルみたいになるわよ」

「ほ、褒めすぎですよ!」

「あら、美容業界にいる者として、私、外見のことでお世辞は言わないことにしているのよ。本音をちゃんと口にしないと、お客様には信頼してもらえないからね。

さて、これからちょっと髪と眉を整えるから、もう少しだけ我慢してね」

「は、はい」

シャキシャキと音を立てて、ゆうさんの手の中で鋏が踊る。

「前髪はちょっと短めにするわよ。その方が年相応のかわいらしさがでると思うの。

うちは美容室で剃刀は使えないから、電動シェーバーをつかって、眉を整えるわ。眉の手入れの仕方は教えてあげるからね」

「あ、はい」

よろしくお願いします、と言うとゆうさんは薄く笑って。

「……私、年上好きなんだけど」

「あ、そうなんですか」

「年下もいいなあって思っちゃった。素直だし、なんだか自分色に染められそうだし」

「ゆうさんだったら、年上の人、年下の人どちらとでも上手に付き合えそうですよね」

そう言うと、あらぁ、とゆうさんは嬉しそうな声をあげた。

「ちょっと脈ありなのかしら?」

「? 脈?」

よくわからないこと言うなあと思っていると、ゆうさんが電気シェーバーを取り出しながら「ああー」と声をあげた。

「今、電気シェーバーを持っている自分が恨めしいわ」

「はあ」

「そうじゃなかったら、ギューってあなたをハグしてるとこなのに」

「……ハグ……はぐ……ハグ!?」

さすがの私もHugが抱きしめる、という動詞であることぐらいは知っている。

「ちょ、ちょっと待って下さい、ゆうさん」

「あ、だめ、動かないで」

電気とはいえ剃刀つかっているんだからね、と言われ、私はその場に縫いとめられる。

「は、はひ」

変な声が出た。

そりそりと、眉の下、瞼の上あたりのうぶ毛を剃られる。なんだか話が怪しくなってきた。どうしてこうなった?

「ねえねえ、あなた、確か、菊ちゃんて奈緒ちゃんから呼ばれてたわよね。フルネームはなんて言うの?」

「……菊坂、千尋です」

「あらー素敵なお名前。私も菊ちゃんか、それとも、ちーちゃんって呼んでいいかしら?」

「!」

「……私に愛称で呼ばれるのは、嫌?」

「あ、そうではなくて」

私は涙がこぼれないよう目にぐっと力を入れてから、言った。

「私、小学校時代、あだ名が『生ごみ』だったんです……だから、ちゃんとしたニックネームで呼ばれるの嬉しくて」

「……」

ゆうさんは電気シェーバーの電源を落とし、ことん、と台の上に置いた。

そうして、私に向き直る。

「やっぱり、今すぐハグしたい……」

「え? え?」

「でも、あなた中学生よね? さすがに犯罪かなあ……」

犯罪かどうかはさし置いて、ちょっとそれは勘弁したい。

「ストッープ! そこまで!」

そこで突然、ストップがかかる。

はっとして振りかえると、なー坊が腕を組んで仁王立ちしていた。

……えーさんは何とも言えない顔でソファに座ったまま苦笑している。

「ちっ、もうひと押しだったのに邪魔が入ったか」

「邪魔が入ったか、じゃないでしょ、ゆうさん、何、菊ちゃん口説いてんの?」

「だって、菊ちゃん可愛いんだもん」

「菊ちゃんが可愛いのはわかるけど、駄目なものは駄目です!」

「けちー」

「けちじゃない!」

えーさんが苦笑して「菊ちゃんモテモテだねー」とコメントする。

「も、もてもて?」

「私とゆうさんにはもててる。少なくとも」

なー坊がそう言ったので、私の顔がまたくわっと熱くなる。

「あらあら茹で蛸みたいに真っ赤になっちゃってるわ」とゆうさん。

「そ、そういうのじゃないぞ。そういうのじゃなくて」

恥ずかしすぎて自分の目の端に涙が浮かぶのがわかったが、そんなことに構っていられんとばかりに私は手を前に突き出し、首を振りながら否定する。

「ななななな、なー坊のことは友達として」

「それじゃあ私のことは恋人として♪」

「ま、混ぜっかえさないで下さい!」

 私が抗議の声をあげると皆がどっと笑った。


翌朝、なー坊とえーさんと合流して教室に入ると、近くに居たクラスメイトが「おはよ……」と言いかけて言葉を止めた。

「え……え、もしかして、菊坂さん?!」

「……もしかしなくても、菊坂、だけど」

それが引き金となって、教室中の注目が集まった。

「え! すごい! めっちゃ変ったね?!」

「可愛いー 髪さらっさらじゃん!」

「どこの美容室でやってもらったの?」

他の子たちもわらわら寄ってくる。

話したこともない人間も当然ながら居て、ものすごく緊張したが、なー坊もえーさんも一歩引いて、にやにやしながらこちらを見ていてあまり助け船を出さない。

「えと……FlowerFormっていう美容室で」

「あそこかあ! 腕いいっていうよね」

「ねえねえ、どの美容師さんにやってもらったの!?」

「え、えーと」

質問攻めに遭いながら必死に頭を回転させる。

「髪触ってもいい?」

内心では抵抗があったが、うん、と頷く。

「わ! 絹みたいー」

さらさらと髪を梳かれる。

 強く引っ張られるのではないか、と思わず固く身構えたがそんなことはなかった。

「こらー、何騒いでる? 授業だ……」

そのとき。

担任の一宮が入ってきて、人の輪の最中さなかにいる私を見て口をあんぐり開けた。

「菊坂……お前、ずいぶん変ったなあ」

私はなんだか恥ずかしくなって、ぺこり、とお辞儀をしてそそくさと席に着く。

それをきっかけに私を取り囲んでいたクラスメイトも席に着いた。

「……外見からでも変わる、というのはいいことだな」

一宮はなんとなく嬉しそうにそう言って、出欠簿を開いた。

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