第1-23話 気が付くとオネエ口調の美容師のお兄さんに打ち明け話をしている自分がいた
ちゃっちゃと。そうゆうさんは表現したが、それからがまた長かった。
薬を髪に塗る(一回目)→しばらく置く→シャンプー(二回目)→薬を髪に塗る(二回目)→しばらく置く→シャンプー(三回目)。
すでに一時間半ぐらいは経過している。
「次に髪をアイロンで伸ばしてきまーす」
「え! これで終わりじゃないんですか!」
十分真っすぐになってると思うけれどなあと鏡の中の自分を見て思うが、ゆうさんはちっちっちと指を振った。
「縮毛矯正はこんなものじゃありませーん」
さ、もうちょっとの辛抱よーと言われて私はむむむ、と思う。
「熱かったら言ってね」
私の髪にヘアアイロンが当てられる。
……このヘアアイロンもいじめの道具にしようと思えばなるよな、と私は考えてしまう。
髪を綺麗にしてあげる、などと言いながら、肌に熱い面を押しあてればいいのだ。
包丁も、鋏も、鉛筆も、カッターナイフも。
ちゃんと使えば人間にとって有用な道具だが、誤った使い方をすれば、他者を傷つける。
……
「なんだか暗い顔してるわねぇ」
ゆうさんが言う。私はあわてて取り繕った。
「いえ、そんなことないですよ。今日の夕飯はどうしようかなと、考えていただけです」
「ふーん」
だが、ゆうさんには通じなかったらしい。
「で、本当は何考えてたの?」
「……そのアイロンで人を火傷させることも、出来るんだなあと」
そう考えていました、と私は言った。
「私の右腕には火傷があるんです」
ぽろり、となかなか人には言えない事象が口からこぼれだしたのは、彼女につい最近、胸の内を打ち明けたからだろうか。
「小学校四年生のときに、学校の近所の廃工場まで連れていかれて、私は腕を焼かれました。その場にいる子たちは、いじめっ子のリーダーを筆頭にみんな笑っていました」
「……本当に?」
「でもいざ、私が叫び声をあげて、のたうち回ると、ことの重大さに気付いたんでしょうね。蜘蛛の子を散らすように逃げて行きました。……先生に絶対言うなよ、と捨て台詞に口止めをして」
「ひどすぎる話だわ。当然、教師にはちゃんと言ったのよね?」
「保健室に行って、事情は説明しました。でも、保健教諭も担任も私に言ったんです。『学校の外で起こったことだし、お前の親がやったんじゃないか?』って」
ゆうさんが顔を顰める。
「お前の親がやったんじゃないか? ですって?」
「はい。教師たちはそういうことにしたがりました。私は、逆らうのにも疲れて、親に迷惑がかかるのも怖くて、親の煙草に触って、私が誤って火傷をしたということにすれば丸く収まるんじゃないかと思って、自分からそういう風に切り出しました。
教師たちは自分でやったことなら事件じゃなくて事故だし児童相談所への通報義務もないから見逃してやるって上から目線でしたよ」
「……そんなのって、遠回しな脅しじゃない!」
「でも、良かったんです。私、本当は目とか、顔を焼かれそうになったんですよ。
誰かが機転をきかせて、腕に押しあててくれたので、目や顔に火傷を負わずに済みました」
「そんなの……救いじゃ、全然ないわ」
許せない、とゆうさんは呟く。
私はもう済んだ事ですから、と少し笑ってみせた。
ゆうさんの手で、美しくヘアアイロンで伸ばされていく髪。
それは私の髪の毛とは思えないほど真っすぐで、さらさらとしていて、まるで黒い絹糸のようだった。
「これでヘアアイロンは終わり。もう一回薬を塗って固定させて、シャンプーするわね」
「ま、またシャンプーですか?」
いい加減頭皮がひりひりしてきてるんだが、と思いながら思わず声をあげると、ゆうさんはくすっと笑いながら、
「これで最後のシャンプーだから我慢してね。……奈緒ちゃんたち、寝ちゃったわね」
はっとして振り返ると、なー坊とえーさんは待合室のソファーでくうくうと可愛い寝息を立てていた。
「今の話は奈緒ちゃんたちにはしているの?」
「なー坊にはかいつまんでしました。なー坊は、私の火傷の痕は、私の恥じゃなく、いじめっ子の恥だと、そう言ってくれました」
「わたしも奈緒ちゃんの意見に賛成だわ」
シャンプー台へと私を再び導きながらゆうさんはそっと笑った。
「さっきは今はお友達いるんでしょ、なんて簡単に片づけちゃってごめんね。
でもね、それって真理なのよ。友人関係の傷は友人関係で癒すしかない。たとえばね、貴女にはまだわからないでしょうけれど、どんなに良い友達がいても、恋愛の傷は、やっぱり恋愛することでしか埋められない、とかね」
「……そんなものですか」
「ええ。人間て複雑なようでいて意外と単純で。でも、そこがね、愛しい生き物だと思うんだけれど」
静かなやわらかい手つきで優しくシャンプーをされる。この人、シャンプーがとても上手だなあと初めて思う。
「……さ、出来たわよ。ちょっと鏡を見てみて」
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