理由

「聞いてもいいか?」


「ええ」


ヒステリックモードから立ち直った逢坂と何故か背中合わせに昼食を食べ進める最中俺はとある疑問を言葉にした。


「何で昨日あんなとこで泣いてたんだ?」


逢坂と出会うきっかけになった出来事。頭の中ではあらかたの推測は立っていたが、勝手に結論付けるのは些か自分勝手では無いかと思い、逢坂本人の口から直接確認をとることにした。


「やっぱり、気になるのね」


逢坂の声質は一段階下がった。


「嫌なら無理にとは言わない」


「いえ、良いの。いつかは話すつもりだったし、それに協力してくれるあなたに隠し事はしたくないもの」


そう言うと逢坂は覚悟を決めたように口を開いた。


「あなたも薄々察していると思うけど、私は今【いじめ】にあっているわ」


案の定と言うか予想通りと言うか、しょうもないこの上ない。

逢坂がいじめにあっている事は確定した。それならば、理由は?

これにもある程度の推測は立っていた。


「それなら理由は、怨恨とかか?」


いじめの原因で一番多いとされるのが、怨恨もしくは嫉妬関連。言うなれば人間関係の事だ。


「その通りよ。全くくだらないわよ」


逢坂の口調からは心底呆れている事が読み取れた。

泣いてた理由。原因が分かった。と、言うことは逢坂をいじめているのはあいつらか。


俺は昨日の放課後の記憶を呼び起こす。


体育館の影から出て来た三人の女生徒。おそらく。いや、確定であいつらだろう。

となると、茶髪ロングヘアーが主犯格で間違い無いだろう。


「友達を作るよりも先に解決させる問題が出来たな」


「そうね。と、言いたい所だけど、それは辞めた方が良いわ」


逢坂は忠告をするように口を開く。


「どういう事だ」


「私を虐めている主犯格の祝莉奈は父親がとある企業のお偉いさんで彼女はそこの一人娘。どう足掻いても勝ち目はないわ」


「手を出そうものなら即退学ってか、詰みじゃねぇか」


結局世の中地位と金と権力か、本当にくだらない。

口から漏れた溜息は呆れで出来ていた。


「そういう事よ。それに協力関係であるあなたを私の問題に巻き込みたくは無いの。だから諦めて頂戴」


俺はその言葉に驚いた。


あの逢坂が他人を気遣っている事に。


いや違う。


全てを諦めている事に。


俺が今まで鏡から聞いた逢坂はナポレオン並に【不可能】を嫌う。そんな人物だったはず。

勿論それは嘘かもしれない。

そうやって理想を押し付けていたかもしれない。

それでも、短い間しか関わっていない俺ですら言える。

逢坂は絶対にこの程度で諦める人物では無い。

賭けたって良い。


「誰かに助けを求めたりは」


「しないわよ。それが私だもの。周りが見たい私は泣き顔一つ見せない完璧人間だもの。誰かに助けを求める弱い私は見せたくないの」


それが逢坂のプライドなのか、確固たる意志を感じる。

確かに、俺も逢坂と会う前は噂に踊らされ、何に対しても完璧で負けを知らない強い少女だと思っていた。

しかし、いざ蓋を開けてみるとどうだ?


誰にも見つからないように人知れず泣いて、素直に人に甘える事も助けを求める事も出来ない。

『肥大化された理想』の鎖に縛られている可哀想な少女だった。


「それに私を助けてくれる人なんて居ないわよ」


逢坂は諦めと自虐の意を込め言葉を吐き出す。


「一人いるだろ」


「えっ……」


俺の言葉に逢坂は驚く。


「同情なら辞めてちょうだい。それで救われるのは自分の心だけよ。中には救いを求めない人もいるもの」


理解した。その上でも出てくるのはやはり罵倒。


「諦めるんだな」


「そうよ」


「もっと強い奴かと思ってた」


「それは理想でしょ」


「そうかもな。でも、お前はそんなに弱くは無いはずだ」


「押し付けないで!!!」


背中から聞こえる怒声は泣いているようにも聞こえた。


「あなたに、あなた何かに私の何が分かるのよ!!!」


「さあな」


「分かるわけ無いわよね!!!あなたは私みたいに『理想』を押し付けられていないのだから!!!あなたに分かる?理想の道から外れた人の末路が!!!」


「分からないな」


「人の苦しみも理解してないのに知ったふうな口を聞かないで……くれる……!」


「俺はお前の苦しみを知ろうとは思わないし、お前の苦しみも理解出来ない。ただ、今の状況を変える事は出来る」


「あなたに何が……出来るのよ……!」


「いじめを無くしてやる」


「!何で……何で……あなたはそこまで……するのよ……!」


「助けたい。そう思っただけだ」


嘘はない。ただ、同情でも無い。


「それに、いじめなんてお前の作戦の障害でしかないからな」


その言葉を聞いたからかなのか、逢坂は泣き出した。


「ハンカチ使うか」


「うん……」


逢坂は差し出したハンカチを受け取り涙を拭う。


「撫でないのね……」


「俺の手はそんなに安く無いからな」


数分前に泣いた時は流れで撫でたが、今はそんな気も起こらない。

ヘタレだからね。


「だいぶ落ち着いたわありがとう。それで具体的にどうするつもりなのかしら?まさか、カッコつけた手前何の策も無いのかしら?」


「策はあるよ。ただ、証拠が無い」


いじめを証明するのに一番必要なのは証拠である。

被害者である逢坂本人が証言してもいいのだが、証拠が無ければまともに取り合ってもくれないだろう。

それに、今回に関しては校長や教頭が敵の可能性が高い。


「証拠さえあれば良いのね。なら、明日の放課後体育館の裏に行きなさい。彼女達はいつもそこで私をいじめるから」


「悪いな。嫌な思いさせるようで」


「これくらいどうって事無いわ」


無表情ながらどこか笑っているように見えた逢坂の顔に見蕩れてしまった。

やはり、彼女は……。

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