1話 俺がヒーロー!?


 俺は綺羅星高校一年の桜木さくらぎそら。特筆した能力もなく、容姿も可もなく不可もない平凡な男だ。強いて言えば、運動はできる方であるということくらい。

 そんな俺だが、つい先程特筆した能力を不本意ながらも手に入れた。それは「魔法少女」に変身できるようになったこと。こんな能力なら平凡なままでよかった。



 さて、不本意だが魔法少女としての物語を始める前に、男の俺が魔法少女に変身できるようになった原因を回想していこうと思う。












 時を遡ること三十分前。








 今日は小鳥の囀りと朝日の眩しさと共に起きた。とても清々しい朝だった、時間を見るまでは。







「…八時十五分?



 ……………寝坊した!!!!!!」






 始業時間は八時三十分。登校にかかる時間は三十分。完璧な寝坊である。時計を見て絶叫した俺は五分で準備を済ませ、パンを咥えてチャリをかっ飛ばして学校へ急いで向かう。


 いつもは景色を楽しみながら川沿いゆっくり漕いでいく。今は川沿いの桜が満開で、桜がちらちらと舞っている。その中を通り抜けるのがここ最近の通学の楽しみである。しかし、今は楽しむ余裕などない。自転車のペダルを爆速で漕ぎ、桜絨毯の道路を駆け抜けていく。いつもは三十分ぐらいかけて通っているが、今日は十分で行かなければならない。いつものに倍速の速さで回転する俺の足を信じるしかない。

 曲がり角な差し掛かり、減速させずに曲がろうとハンドルを切る。タイヤからは摩擦熱で煙が上がり、自転車は遠心力で外側へ押しやられる。俺は遠心力に負けないよう体を反対側に倒し、漫画さながらの大勢で見事に曲がりきった。

 曲がり角で減速した分を取り戻そうと足に力を入れて進み出すと、進行方向から顔面目掛けて何かが飛んできた。



「いだぁっ!!!!!」


「きゃんっ!!!!!!」




 突然の衝撃に耐えきれず、俺は自転車と共に盛大な音をたてて倒れた。声がしたからぶつかって来たのはなんかの動物みたいだが、額の痛みと倒れた時にぶつけた体の痛みに悶絶中の俺は、顔を上げて確認することも声をかけることもできない。それはぶつかって来た方も同じようで、どちらも声を出すことができない中、カラカラカラと自転車のタイヤが回る音が虚しく響いた。






 やっとのことで痛みが引いた額をさすりながら顔を上げると子犬らしき生き物が目を回して倒れているのが目に入った。犬種には詳しくないが、茶色くて丸くてモフモフしてるから多分ポメラリアンなのだろう。それにしてはなんだか間抜けな顔をしている気がする。




「迷子の犬か?

 てか死んでないよな」



 とりあえず息をしているか、首輪があるか、怪我をしていないか、モフモフの体を撫でくり回して確認する。結構、雑に触りまくったけど起きる様子がなくて本当に死んでいるのかと思ったが、鼻に手を当てると息をしていることを確認することができた。また、子犬の毛は汚れもなく、フワフワの触り心地の良かったから、野良ではなさそうだが首輪はない。あと血も出てないし、骨にも異常はなさそうだった。どちらにせよ病院には連れて行った方がいいかもしれないが。



「うぅ〜ん…

 一体何が起きたポン…?」


「あっ、目ェ覚ました!

 いや、ちょ、ちょっと待て、今喋った!?」



 子犬が目を覚ました安堵も束の間、俺は驚愕した。子犬が人間の言葉を喋り出したのだ。もしかしたら幻聴かもしれない。いや、幻聴じゃないみたい。すぐに状況を把握したらしい子犬が俺を見つめて喋りかけてくる。犬語じゃなくて日本語で。




「さっきはごめんポン!

 急いでて前方不注意だったポン…」


「あ、や、ご、ごめん、俺も急いでて前方不注意だったから…

 い、いや、それよりもこ、こ、子犬、しゃ、喋って…!」


「僕は子犬じゃないポン!

 狸の姿を借りた妖精、ポコ太だポン」




 動揺しすぎて噛み噛みになってしまった質問に子犬は丁寧に答えてくれた。けど言っている内容が理解できない。ポコ太ってやつが子犬じゃなくて妖精(狸)って言うのも意味がわからない。喋れること以外妖精感まるでないし。なんで姿を借りる相手に狸をチョイスしたんだよ。妖精ならもっと妖精らしい姿しろよ。




「はっ!こんなことしてる場合じゃないポン!

 早く一緒に戦ってくれる人を探さないとだポン!!

 …いや、待つポンぬよ…」


「え、ちょ、飛んだ!?」




 ポコ太はフヨフヨと浮き上がり俺の周りをくるくる回り始めた。羽らしきものはついてないけど空を飛べるのか、やっと妖精らしいところの発見だ。

 ポコ太は俺を下から上へとくるくる回りながら俺の顔の前でピタリと止まった。そして俺の顔をじぃっと眺めてからポコ太は「よし、決めたポン」と呟く。





「僕の相棒になって、ヒーローになってほしいんだポン!」


「えーと、どういうこと?」


「そのままの意味だポン。ヒーローになって世界の平和を守ってほしいんだポン!

 というわけで、君のスマホ貸してポン」


「え、スマホ?なんで?」


「後で説明するから早くするポン!!」





 ポコ太の勢いに押されて渋々スマホを渡した。まぁ、スマホを渡したところでパスワードがかかっているから何かヤバいことはされないだろう。パスワードも誕生日とかじゃないから簡単には解けないはずだ。

 しかし、俺の思いとは裏腹に、ポコ太はスマホを受け取ると、教えてもいないのに一発でパスワードを解いてしまった。




「ちょっとなんで一発で解けてんの!?」


「妖精の力だポン」




 ポコ太はよくわからない理屈を述べると、不器用そうな狸の手で器用にスマホを操作をしていく。やべぇ、昨日えっちぃの検索していた気がする。狸に見られるのはまだいいとして、言いふらされる可能性がある。あと単純にメールとか写真とかを見知らぬヤツに見られるのはなんとなく嫌だ。そう思ってスマホを取り上げようとしたが、ポコ太はその手を避けると俺の手が届かない高さまで飛んでしまった。




「ここをあーしてこーして、これを入れて…

 よしインストール完了ポン!

 はい、返すポン」


「何許可なくインストールしてんだよ!」




 ポコ太から返してもらったスマホの画面には知らないアプリのアイコンが一つあった。そのアイコンはピンク色の背景に赤いハートが描かれおり、アプリ名には見たこともない文字で書かれている。見た目はメルヘンチックだが、どことなく不気味なのは気のせいだろうか。

 こんな怪しいアプリはさっさと消去するに限ると考え、すぐにそのアプリを消そうと長押しする。しかし、いくら長押ししても消去マークが出てこない。色々な方法を試して消去を試みるが結局アプリを消去することができなかった。





「うそでしょ、このアプリ消去できないじゃん!!」


「当たり前ポン。

 ヒーローになるために必要なアプリだから簡単に消されたら困るポン」


「だったら尚更ちゃんと許可を取れ!」


「別に許可なくても人間ならヒーローになれるって言えば喜んで無条件で協力してくれるんじゃないポンか?

 あの子はそう言ってたポン…」


「その子にも言っときな、人間そんなチョロくないよって…」





 妖精の常識なのかポコ太の言うあの子の常識なのかわからないが、ポコ太の中では人間はヒーローを謳えば簡単に釣れるチョロい生物という位置付けのようだ。ポコ太は兎も角その子は人間のことを舐めすぎである。




「いいか?

 まず、他人のスマホに許可なくアプリをインストールするのもダメだし、ましてやアンインストールできないものを入れるなんて以ての外なんだからな」


「うぅ…ごめんなさいポン…」




 しゅんと頭を項垂れて謝罪するポコ太。俺の言葉を否定することなく受け入れる辺り素直な性格をしているようだ。そのせいで間違った常識を鵜呑みしてしまったのだろう。

 もっと怒りたい気持ちもあったが、これ以上怒っても意味がないし、ポコ太も反省してるようなので話を先に進めることにしよう。




「んで、このアプリ一体なんだよ」




 俺の質問にポコ太のしょんぼりした表情が喜色溢れる表情へと一気に変化した。切り替えの早いことで何よりだ。




「コホン、まずはアプリをタップするポン」


「正直アプリ起動させるの嫌なんだけど…」




 俺がアプリを起動させるのを渋っているとポコ太の耳がどんどん悲しそうに下がっていく。人語を喋る摩訶不思議な妖精のポコ太だが、見た目はそこら辺の動物と変わらない。だから、そんな悲しそうな表情をされると罪悪感が半端ない。

 俺は罪悪感に負けてアプリをタップすると、スマホの画面が真っ白になってしまった。





「ねぇ、画面真っ白になったんだけど」


「大丈夫だポン。

 最初はロードに時間がかかっちゃうんだポン」


「ふーん…」





 故障したわけではないようなので深く追及することはせず、またスマホの画面に目を向ける。

 多分、初回ロード的な感じで時間がかかっているのだろう。真っ白な画面を見続けていると『ダウンロード完了』と無機質な音声がスマホから流れてきた。




『今から初期設定を行います。


 使用者、桜木空を契約者として認証します。契約者の性格より属性を光属性とします。契約者の適正を鑑みて魔術師に設定します。身体、精神ともに正常値、変身適性あり。


 設定完了いたしました。

 これより変身へと移ります』




 設定完了のアナウンスと共にスマホの画面が眩しく輝き出し、あまりの眩しさに目を瞑る。何が起こっているかわからないが、これは絶対に先に説明されるべきことだと思う。




「おい、ポコ太!何が起こっているかちゃんと説明しろ!!」


「あ、えっと、ヒーローになるための設定が終わって、今ヒーローに変身してる最中ポン!」




 ポコ太は俺の大声にビビったのか、俺の周りをワタワタ飛びながら今の状況を説明した。確かにこのアプリは何なのかと俺は聞いた。てっきり、アプリを起動させてから色々弄る必要があると思っていた。実際はどうだ、タップしただけで設定も完了して勝手にヒーローになろうとしている。

 ポコ太には怒りたいし、言いたいことが色々あるが、これだけは言っておかなければいけない。





 

「こういう大事なことは事後説明じゃなくて事前説明しろー!!!」


「ご、ごめんなさいポーン!!」





 ポコ太を叱りつけた俺はスマホから発せられる眩い光に飲み込まれていく。

 眩しくて目を開けて確認できないが、確かに何かに変身しているようで体がムズムズしたり服が着せられている感じがしたりと変な感覚が体を襲う。その感覚が徐々に収まると光も徐々に収まっていく。

 ポコ太にはヒーローになりたくないと思わせる態度を取っていたが、ここまで来るとワクワクした気持ちもある。小さい頃に憧れたヒーローに自分もなれるかもしれないとなれば誰だってワクワクしてしまう。

 きっと、ヒーローっぽいカッコいい衣装を着ているに違いない。俺は心躍らせながら目を開くと衝撃の光景を見てしまった。






「はぁ!?俺なんでワンピース着てんの!!?

 しかも、めっちゃフリフリ!!!」





 フリルのついたピンクのふんわりワンピースをバサバサと仰ぐ。なんか裏にもめさんこフリルがついているんだが。後ろを確認すると背中には大きなリボンがついていた。脚は真っ白のタイツに覆われていて、これまたピンクの光沢のあるストラップがついたパンプスを履いていた。

 待て待て、こんな可愛いフリフリの服を男の俺が着てたら大問題なんだが。いや、それよりも





「俺の体…なんか細くなってないか?」





 足や腕、腰、その全てが細い。いつも見てる俺の体ではない。恐る恐る二の腕を触るとプニプニ。肌はスベスベ。ささやかにあった胸筋はふわふわの二つのお山に。なんだか嫌な予感がする。

 俺が認めたくない事実から目を背けようとしていると、ポコ太が震えながら鏡を向けて事実を突き付けてきた。




「あのな…とっても言いにくいのだポンが…

 ヒーローじゃなくて魔法少女になってるポン!!」


「はぁ!?俺が魔法少女!!!?

 おいポコ太!一体どいうことなんだ!!」





 ポコ太は「僕もわからないポーン!」とついに泣き出してしまった。泣きたいのは俺の方だよ、コンチクショウ。

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魔法のさんかく! ランコ パナキ @rannpana

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