第2話 恐らく超常の豚

 みーことは高校になって始めて知り合った。隣の席だし、めっちゃ気が合う友達。いやもう親友なんだけど、もちろん傘豚のことは話してない。むしろ親友にこそ話せないじゃん。

「へっ? えっ!? いつから!?」

「手によだれかけ持ってるところから」

 セーフ! 豚とか言ってるの聞かれたらおしまいだった。

「なんでホッとしてるの? もっとヤバイことやってたの?」

「ち、違う違う! えーとほら、これアレ、アレだよ! 親戚の子へのプレゼントだから!」

「ヤバ……それをニヤニヤしながら見てたんだ」

「えっ」

 どうやら私はニヤニヤしていたらしい。

 みーこの顔がますます歪んでいく。あぁ、変なやつだと思われてるよ。

「アメ、大丈夫。私は人の性癖に口は出さないよ。態度に出るけど」

「ちょーっと! それ一番キツイやつじゃん! 待って! 聞いて!」

「とりあえずそのよだれかけ掛けなよ」

「なんで!?」

「制服が汚れなくて恥ずかしくない、でしょ?」

 そこまで言って、みーこは堪えきれないみたいに腹を抱えて笑いだした。

「み、みーこ?」

「アハ。自分が言ったこと忘れてる? よだれかけ持ってニヤけながら呟いてたでしょ」

 あー。そういえばそうだった。傘豚のジェスチャーを翻訳したんだった。

「なのに親戚の子のプレゼントとか言い訳しちゃって……慌てすぎでしょ」

 みーこはいつもの調子で笑ってる。もしかして、

「ひ、引いてない?」

「うん。引いてるよ」

 クソッ! 一瞬喜んだ自分が憎い。肯定でも否定でも「うん」できる質問の仕方だった。これだからジャパニーズは!

「アハハ! 変な顔! ほんとアメっておもしろいよね。――で、それどうしたの?」

「ど、どうしたの?」

 質問の意味がわからなくてオウム返ししてしまった。

 さっきまでのからかうような態度から一変して、真剣な表情でみーこが言う。

「どっから出てきたの? それ」

「え」

「私にはパッといきなり現れたように見えたんだけど。どうして?」

 へー周りからはそう見えるんだ。初知りー。――ヤバイじゃん。

 真っ青になって黙っていると、みーこが訳知り顔になって言う。

「やっぱさ、私ら気が合うね」

「え?」

 どういうこと? 会話の流れがつかめない。

「いいんだよアメ。ホントはもう分かってる」

「な、なにが?」

 みーこの顔が徐々に近寄ってくる。圧。圧がすごい。

「私の目に間違いはなかった」

「み、みーこ、ち、近いって」

 キスされそうな勢いに、勝手に頬が熱くなってきてる。青から赤へと。私ながら忙しい顔だなぁ。

 ……っていやいや、マジヤバイって!

「――わ、私まだっ、実は、は、初めてだからー!」

「霊、感じるんだよね」

「……えっ?」

 思わずつむっていた目蓋を開けると、カブトムシを見つけた男の子みたいに瞳を輝かせたみーこの顔が間近にあった。



「なるほどなるほど。傘豚、かー」

「……し、信じてくれんの?」

「アハ。言ったでしょ。私、霊感あるから」

 みーこはそう言って笑った。

 そう。なんと私の親友みーこには霊が見えるらしい。そんなみーこが傘豚の強い霊気を感じて、興味本位で辿っていくと私を発見した。ということらしい。いや、ニワカには信じらんない話だけどね。

 でも私は傘豚を知ってるし。みーこは親友だし。信じて話してみることにしたんだ。誰にも言えずに隠してた分、けっこうスッキリした。

「ねぇみーこ。傘豚って霊なの?」

 みーこの話を聞いてから、一番気になっていたことを聞いた。霊、ゴースト、なんか危ない感じあるじゃん。でも私はそんな風に思えないんだよね。

「うん。神霊でしょ」

「神霊?」

「そうそう。良い霊だよ。――アメにだけ姿を見せて、私は感じることしかできなかった。この私でも勝てるかどうか」

「なにそのキャラ」

 瞳をギラつかせたみーこにそうツッコんだところで、店員が料理を持ってきた。私がトイレ行ってる間に注文したのかな。ここのファミレス、制服が可愛くていい感じなんだよね。――てか待って、それ、

「……豚丼」

「アメの話聞いてたら食べたくなっちゃった」

「サイコパスかな」

 みーこは私の言葉なんて全く耳に入ってないみたいに丼にがっつき始めた。……美味しそう。

「……アメって豚好きでしょ」

「はぁ!?」

 大声出ちゃった。周りを確認しておずおずと口を閉じる。――うわー、視線が痛い。変なやつだと思われてるかな。騒がしくしてスミマセン。

「初めは宗教上の理由かなとか思ってたけど。アメって、嫌い嫌いって口では言ってる割に、いっつもニヤついてるし。食べられないのだってかわいそうだからでしょ」

「ん、んなことないし」

「……」

「……」

「……えっ、終わり? なんかもっと言うことないの?」

「……」

 ヤバイ。なんも思い浮かばない。

「あら〜そんな顔真っ赤にしてまぁ」

「違うから、これは怒りだから。アイムアングリー」

「素直じゃないね。多分そのせいかな」

 みーこが豚丼を食べ終わってごちそうさまをする。もっと味わって食べないと失礼だぞ。というツッコミは言わないでおいた。

 真剣な顔でみーこが言う。

「傘豚は、きっと自分を受け入れてほしいんだね」

「どういうこと?」

「世界で一番豚が好きな人に、ちゃんと食べてもらいたいんだと思うよ」

 え、いやそれは言いすぎ。――ってかそれって、どうなの。

「そんな嫌そうな顔しないでよ。神霊が特定の人の前に何度も現れるなんて、何か理由がないとアリエナイからさ」

「……だからって」

「うん。ま、勘だよ。――豚って賢いから、自分がこれから食べられることを理解してる。ってアメが前に言ってたでしょ。そういうこと」

「?」

「つまり、食べられる覚悟をして逝った豚たちも愛してくれってこと。食べてあげないとさ、何で死んだのかってなるでしょ」

 みーこの意見にはちょっと同意できない。

 その考え方って人間本位じゃん。それに、そもそも私は豚が嫌いだ。

 ――あぁ、でもそうだ。さっき私、みーこと同じような考え方をして、みーこにツッコミ入れようとしてた。

「……アメ、そんな難しい顔しないでよ。神霊と人間が頻繁に出会ってるなんて異常だから、何か変なことが起きるんじゃないかって私、心配なんだよ」

 ここで話が終わって、みーこと別れて私は独り家に帰った。

 空を見ると曇って来てて、でも雨は遅くまで降らなそう。良かった。いまは傘豚に会いたくなかったから。

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