傘豚のカサブタ

幸 石木

第1話 恐らく二足歩行の豚

 私は豚が嫌いだ。と言っても別に、太っている人や性根の腐った人のことを指してるわけじゃない。

 語弊の無いようにハッキリ断言すると、私は豚カッコ一般に食用として飼育されているカッコトジが嫌いだ。豚肉とかもってのほかだし、なんなら見るのもムリ。気持ち悪くなっちゃう。

 そう、あのブヒブヒ鳴いて意外と頭良くて実はきれい好きの、豚。意外といろんな料理に使われててオイシソー! と思ったカップ麺にも使われたりしてて食べれなくてクソッ! ってなる。許すまじ。

「はぁ……」

 一人の帰り道はちょっと憂鬱になる。雨も降ってるし。

 今日は結構失敗しちゃったなぁ。授業中に寝ててビクッてしたし。この容姿だから目立っちゃうのは仕方ないけど、悪目立ちはごめんだ。

「傘重たー……」

 すごい気だるげな声が出るし。雨降ってるし。

 ――私、実は雨女だったりする。てか、イヤなことがあると必ず雨が降ってくる。これマジ。

 それでもう一つ、こういうとき、私は変な物を見る。

「はぁ……やっぱ居た」

 電柱の影にドンッと露わに、今日もソイツは立っていた。

 ブサイク、ブアイソ、ピンクな肌に、キグルミみたいなビッグな体。そんでヒヅメで傘を持ってる。

 私はコイツを傘豚って呼んでる。


 いつからかは分からない。でも小さいときからずっとそう。嫌なことがあったとき、傘豚は雨と一緒に私の前に現れる。

 小さいときってさ、それが普通だと思うじゃん。それで、ねーあそこに豚がいるーなんてお母さんに言ったら怒られて、それから誰にも言ってない。でも傘豚から太っちょな人がすり抜けて来た時は笑った。まさか向こう側に人がいるなんて思わないじゃん。見えんし。

 それで気がついた。あ、私にしか見えない豚だーって。

 ま、そんなわけで、私は今日も傘豚をスルーすることに決めた。周りに変なやつって思われたくないじゃん。

「……」

「……」

 目の前を知らんぷり。するといつものようにジトっと見てくる。

 ――はぁ。

 仕方ない。かまってやりますか。

 周りに誰もいないことを確認、よし。クルッと反転して傘豚の横に並んで立つ。相変わらずデカイな。

「おっす」

「……」

 相変わらずの反応。ジトっと横目で私を見て、何も言わず正面に目を戻す。でもこっちの声が聞こえてないわけじゃない。

 小学校の高学年に上がったとき、いっつも丸裸のコイツに呆れて言ったんだ。

『ねぇ、豚。豚って、ヘンタイさんなの?』

『……』

 そう、無言。でも次の日からちゃんと服を着てくるところが憎い。今日も半そで半ズボン着てるし。

 そ、私は豚が嫌いなのだ。

 特にこの傘豚なんて、おっきいヒヅメが危ないし、どんな服着ても出べそしてるし、そもそも頭身おかしいし。どこのマスコットだお前は。許すまじ。

「はぁ……。ねぇ、豚ぁ。雨止まないんだけど」

「……」

 はい。ブアイソ。頷くくらいしろし。

「最近マジ雨多くない? あー、そういや梅雨だっけ。はぁ、萎えるー。――今日さぁ、またやっちゃった。あのビクッてするやつ」

「……?」

 おっ。興味示した。てか私の失敗談には必ず反応くれんだよね。やなヤツ。

「分かる? 授業中寝てたらさー、体がビクッてなって飛び起きるやつ。マジみーこにも見られてて恥ずかったー」

「……」

 はい。ゴソゴソし始めた。私から見えない位置でどっかからなんか取り出すんだよね。

 これは小学校の低学年のとき、水着を忘れて水泳の授業を休んだことがあった。私、泳ぎたくてさ、でも周りにもイジられて、めっちゃ落ち込んで、そしたら土砂降りになっちゃった。へへ。

 天気予報は大ハズレ。ランドセルを頭の上に持って帰り道の雨の中に飛び込んだら、まぁ、居たよね。

『いた! 豚だ!』

『……』

 私を見て傘豚は空いてる手を背中に隠した。そのゴソゴソしてるのが気になってのぞき込んだら、私に見えないように身をよじられた。

 そしたら私、ムキになるじゃん。見えない背中を追って傘豚の周りをクルクルまわって、傘豚もその場でクルクル回って。結局背中は見えなかったけど、傘豚はいつの間にか空いた手に傘を持ってて、私の顔の前にスッと突き付けた。

 どう思う?

 どうにかして背中に隠してたのかもしんないけどさ、私は何もない所から取り出したんだと思って、そのまま大きくなっちゃった。今もそう信じてる。そう、女の勘ってやつ。

 ――きっと傘豚はズブ濡れの私を見て、傘を取り出したに違いない。

 気を使える豚、うん。でも違うそうじゃないじゃん。まぁ豚だし、女の子の気持ちってのを分かってない。まったくこれだから……まぁいいや。

 今日は何を取り出すのかな。そんなことを考えてたら、いつの間にか目の前にヒヅメがあった。

 挟まっていたのは、よだれかけ。

「えっ? なぜに?」

「……」

 傘豚は無言。私は差し出されたそれを受け取った。

 傘豚がジェスチャーを始める。

「えーと、ヨダレが垂れてるだろうから、それを付けてれば制服が汚れなくて恥ずかしくない?」

「……」

 頷かれた。

「いや、そこじゃない。そこじゃないじゃん」

「?」

 どうやら分からないらしい。

 ――もう。だから嫌いだ。

「ふふっ……あ」

 傘豚が傘を畳み始めた。雨が上がったんだ。

「あーもう晴れちゃった」

 返事はもちろんない。ていうかもういない。雨が上がって傘を畳むと、パッと消えちゃうんだよね。

 ホント謎、傘豚。優しいけど、マヌケなのは豚だからしょうがない。

「ふんふーん」

 さーて、晴れたしサッサと帰るとしますか――。


「アメ、独りで何してたの?」


「へっ!?」

 私を呼ぶ声に振り返ると、傘豚の立っていたところにみーこがいた。

 ヤバイ。よりにもよって親友に見られるなんて。

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