3-13 カーバンクルと撮影機

 疑念を解消するために、イツキを問い質したかった。


 だが、その前に一つ、ムカゴには問うべきことがあった。


「……あなたは……女郎蜘蛛さんは何で僕にそのことを話すんですか?

 何処まで知っていて何を企んでるんですか?」


 彼は即答した。考える素振りすらなかった。


「イツキは私の計画に邪魔だ、排除したい。

 だが、彼は手強い。彼の背後には『不老の魔法使い』が居るからだ。

 イツキの排除を確実にするために君に私の仲間になり、スパイになって欲しい。

 そうすれば君に娘との安全で平穏な暮らしを保障できるだろう」


「もし断ったら?」


 女郎蜘蛛は片手で、ムカゴの左側を指した。


 黒い空間に、貧弱そうな男の子が立っていた。


 外見は五歳くらい。

 その小さな背に、硝子の破片を人の背丈ほども背負っていて、重たそうに引き摺っていた。


 彼の引き結んだ口からだらだらと血のように、黒いものが垂れていた。


 世の全てを、何より彼自身の生を、憎んでいる目だった。


「あれは魂の残骸を、ちょっと弄ったものだ」


 女郎蜘蛛は言葉を噛んで含めるように、ゆっくりムカゴに浸透させた。


「君が断われば、クコも、こうなる」


 瞬間、ムカゴは「死んでしまえ」と言葉を吐いた。


 以前、ヒガンに対して麻酔代わりに使った能力だ。

 恐らく催眠術の一種。


 ムカゴ自身、その能力は未知数だった。

 まじない、もしくは呪いと言い換えて良いものかもしれない。

 いや、一番適切な言葉は、恐らく「魔法」だ。


 つまり、ムカゴは女郎蜘蛛に催眠魔法を掛けた。

 自殺を仕向けたつもりだった。


 だが、彼は青白い閃光を放つ何かを掲げた。


 ムカゴは眩しさに目を瞑るしかなく……。




 目を刺すような眩しさが止んだ。


 薄目を開けてみれば、入り組んだ路地だった。


 西欧風の建物が並び立つ。まず日本ではないだろう。

 すぐ側に道路の舗装工事の行われている跡があった。


 路地の奥へと歩みを進めると、作業着を着た男たちに行き当たった。


 確かヒガンの屋敷に女郎蜘蛛と共に来ていた連中だ。

 こちらには気付かず、下卑た笑いを響かせていた。


 彼らはただの人間だと分かった。


 ホノカは匂いで人間か魔物かを判別するが、ムカゴは直接見れば、人間と魔物では何かが違うと感じるようになってきていた。


 ムカゴの頭内が奇妙に澄んでいた。 

 カラカラと歯車のように思考が噛み合う。


 女郎蜘蛛と名乗った男性は、何故彼らのような魔法が使えるわけでもない人間を使っているのだろう?

 思うに彼らは単純に利用されているだけで……。


 作業服の男性の一人が、何かの液体の入った瓶を手元で転がしながら、仲間に向かってがなり立てた。


 液体は恐らく魔法が込められた、魔法道具の一種だ。


「な、おい。やっべぇ。生き物の成長促進だって」「何?」「あの子いたじゃん、何だっけ? あの屋敷の」「ちっちゃい子、女の子の方だろ?」「これ飲ませたらどーなると思う?」「二十歳くらいがいいよな」「いや俺十六」「その場で成長するってことだろ。いくらで売れるかな?」「異世界の相場をまず調べて」「“人間”は売り買いされてないだろ」「じゃあ俺たちで奴隷ビジネスを立ち上げればいい。お嬢さん俺が温めてあげましょう」


 げらげら、げらげら。


 浅ましい錆びついた笑い声が、ムカゴの最も大切なものを穢そうとした。


 ――奴らを永遠にクコの下に辿り着かせてはならない。


 クコに加害を及ぼす前に、最も確実な方法で阻止しよう。


 ここが何処なのか。女郎蜘蛛は何を意図してここに放り出したのか。イツキらはどうしているのか。

 そんな疑問は些細な事だった。


 ただクコの無事だけが最優先事項だった。


 ムカゴは路地の入口まで戻って、工事現場の脇に止めてあるトラックの荷台を覗いた。


 丁度良いところに、鉄の棒があった。躊躇いなくそれを握り込んだ。


 ムカゴは作業服の男性らに、魔力を込めて命じた。


「――僕に殺されるまで一歩も動くな」





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