3-12 カーバンクルと撮影機

 女郎蜘蛛が淡々とムカゴに囁いた。


「君の娘は、ダークエルフの生まれ変わりだ」


 思考停止した。驚愕したからではない。


 突拍子がなかったことと、「ダークエルフって何?」という疑問が浮上したせいだ。


 ムカゴは注意深く女郎蜘蛛から距離を取った。


 彼はムカゴに説明が必要なことを読み取ったらしかった。


「こことは違う、魔法使いたちの世界にエルフの国がある。

 住民はエルフが九割、ダークエルフが一割だ。ダークエルフは蔑みの対象だった。

 けれど、ある少女がダークエルフでありながら、女王と成り代わった。

 エルフ国は女王制なのだ。

 十四年だ。十四年間、彼女は国に尽くした。

 そして偽りの女王であることが発覚し、失脚させられた。

 直後、戦争が起こった。エルフ国と、その従属国であったドワーフ国の戦争だ。

 戦場で彼女は命を落とした。

 その場に魔法使いが居合わせた。それがイツキだ。

 ダークエルフの少女の名は、リーリュ。イツキはリーリュの生まれ変わりがクコであることを知っている。

 彼はクコを気に入っているわけではない。リーリュの魂のみを愛している」


 奇妙な倒置法が散布された語りで、日本語が苦手そうだったが、少なくとも文面上は理解できた。

 それが真実だと飲み込むには疑問点が多すぎるが。


 イツキがクコを愛していなかろうが、彼から受けた恩恵は変わらない、とムカゴは思った。


「……ムカゴ君、少しは自分の頭で考えたらどうだ。

 イツキはリーリュの魂を愛した。手元に置きたいと思っている。

 だが、彼は人間界に恋人と仕事と沢山のやるべきことを抱えている。

 では、クコを自身が管理できる環境に置き続けるためには、君に何と吹き込むことが最も合理的だろう?」


 ムカゴの頭にかっと血が上った。


 イツキは嘘を吐いたというのか。

 クコとムカゴに心を砕いて、最善を尽くしてくれようとしたのではないのか。


 ……ああ、でもそうだ。思い当たる節は、ヒガンのことだ。


 彼女についてイツキは「ただの人間だからクコが今後、異界絡みの事件に巻き込まれる可能性は低い」と説明しながら、結局人間ではないものの近くで暮らす現状に落ち着いてしまった。


 次いで、頭の端に想起されたのは、数日前のことだ。


 ホノカは半年後から、クコの幼稚園に勤めることが決まった。

 その入園祝いに、彼女は自分で革ジャンを購入した。圧倒的に似合わない。


 ポニーテールにすれば少しは見栄えのおかしさも減ったが、それにしても入園祝いにこのチョイスとは。


 イツキとムカゴは首を捻った。

 逆にホノカは清々しく言い切った。


「私、最近になって漸く、好きな服着ていいんだって気付いたんです。

 母親の呪縛がちょっと解けてきたというか。あの人に嫌な顔されないために地味目の服買ってたんですけど、あ、もうそんなの気にしなくていいんだーって」


 ホノカは溌溂はつらつと話したが、それ以上の説明をする気はないようだ。


 元は人間のホノカ。彼女は数年前に人間の家族とは縁を切ったらしい。


 イツキは「そっかあ」と笑って、そのままムカゴにも微苦笑した。


「聞き流してやって。同情買いたくて言ってんじゃなくて単にはしゃいでるだけだから。俺らは、へえ、そうなんだって感心してやるだけでいいんだ」


 しかし普通、気遣って欲しくてこういったことを話すものなのではないだろうか。

 疑問が顔に出ていたのだろう。


「ホノカはさ、同情して欲しい時は『同情して下さい』ってマジで頼んでくるくらいは図太いから」


 ……ムカゴは思い返した、イツキは余分な同情は決してしない人だと。


 ならば、ムカゴに肩入れするのは決して同情でも憐憫でもない、合理的な理由だ。





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