幕間4 魔法使いの話


「色々一気に言ってすまん。分かった?」


「半分くらい、分かりました」


 イツキがニッと口の端を持ち上げた。


「ま、それでいっか。こんなん覚えても役には立たんし、つまんなかったろ? お付き合いありがと。あー、説明してスッキリしたーっ!」


 結局イツキは一通り説明して自分が満足したかっただけらしい。


 ……いや、違うのかもしれない。


 小さな問いがムカゴの口を突いて出た。


「……イツキさんは僕に魔法使いになって欲しいんですか? イツキさんの後継者にしたいとか?」


「……そーだな、下心が全く無かったわけじゃない。けど、無理してなって欲しいとは思ってねえなぁ。今は、クコちゃんと居られることが大事なんだろ?」


「はい」


 迷いなく首を縦に振った。


 イツキはその目に笑みを乗せた。


「なら、当分は俺の専属和菓子職人を継続な」


 ここまで明け透けなのは、イツキに悪意やムカゴを利用してやろうという作意がないからだろう。

 この人は信用できる、信用したいとムカゴは思った。


 いつの間にかほんの少し、人に期待できるようになった自分に気付いた。


 ホノカが食べ終えたシチュー皿を重ねながら、ムカゴに笑い掛けた。


「ムカゴ君。多分、突然人間でないと言われた怖さが一番分かるの私だと思う。だから何でも訊いて。全てに応えられるわけじゃないけど、きっと話せば楽になることもあるから……」


 殴られず明日が保証された生活。

 境遇の近い同士。

 無条件の親愛。


 ムカゴに足りなかったいくつかが当たり前のように提供されている現状に思い至った。


 この店は、ムカゴのような『はみ出し者』の避難場所なんだと強く感じた。

 この環境を整えるまでイツキは苦労したのだろうか。


「……イツキさん、ホノカさん。僕は早く仕事を見つけて恩返しをしなければならない立場ですけど」


「俺らは恩なんて売ってねえよ」


 イツキが不満そうに突っ撥ねた。


「それでも、やっぱり返さなければならないものは沢山あるけど、もう少しここに居てもいいですか?」


「好きなだけ。俺もその方が楽しいし」


 シンプルで実直。気負った口調ではなかった。


 窓外はすっかり夜で、簡素な街灯が点々と道路を照らしていた。

 ムカゴがそれに気を取られていると、ホノカが何気ない様子で告げた。


「あ、私、就職先決まりました。半年後からクコちゃんの幼稚園に先生として勤務します」


「え、は? 聞いてねえ!」


 目を白黒させたのはイツキだ。

 ホノカはサプライズに成功して破顔した。




 ムカゴは一連のやり取りを眺めながら、藍鼠色のホッチキスをカチッと鳴らした。

 それはホノカに初めて出会った時に渡されたものだった。


 これも魔法道具なのかもしれない。

 そして、この道具があったからクコは今無事でいられて自分もここで穏やかに暮らせているんじゃないんだろうか、と想像した。


 ――魔法の正しい使い方は抗酒薬だ。


 頭の中でイツキの言葉を復唱した。


 この道具はムカゴがここに来るきっかけだったかもしれないが、最終的に選んだのはムカゴの意志であり、今も選び続けているのだ。

 それを確信できた。


 イツキが語った魔法使いたちの世界に今後どれほど関わることになるかはムカゴには予測できない。

 何を知っておくべきかもまだ掴めない。

 クコと暮らせるようになるのかも分からない。


 だが、不思議と不安はなかった。


 窓から夜風と共に、大通りから車の走行音が滑り込む。店の背後はありふれた住宅街。

 生活感に溢れたリビング。点けっぱなしのテレビの喋り声。


 皿を洗いながら、水道の水が以前より温くなったと感じた。

 生活感の中に、爽やかな夏の予感が溶けて、ふわっと広がった。




(「幕間.魔法使いの話」終わり)





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