幕間1 魔法使いの話

 阿部ムカゴは高校卒業後、イツキの好意で魔法道具店に和菓子職人として雇われた。

 実態は生活費を払ってもらう代わりにおやつを作るだけの居候だった。


 昨年末のこと。

 ムカゴの娘クコは、ある企業の令嬢――ヒガンに引き取られた。

 ムカゴとクコの面会日は月三回と決められている。


 この春、ヒガンの根回しによって幼稚園への入園許可が下り、クコは満二歳ながら幼稚園児となった。


 ヒガンは大手企業の令嬢として、最近忙しくし始めたらしい。




 クコが入園してひと月が経った。

 今日はクコの幼稚園の参観日で、子供たちが劇を発表するのだ。


 パイプ椅子に座ったムカゴは、舞台の上で魔女の格好をして、ピンクの杖を振るクコの姿を普段の数倍の熱量で見詰めながら、イツキに注意した。


「イツキさん。クコを撮って下さい、クコだけを」


「や、でもさ、あの子も演技上手だよ。皆、頑張ってんな~」


 ムカゴの指示で撮影用カメラを操作しているのはイツキだ。

 丁度、軽やかな音楽がかかって、舞台の子供たちが踊り出したところだ。


「他の子はいいのでクコだけを、うちの子だけを撮って下さい」


 舞台の上のクコが「“妖精たちよ、かぼちゃの馬車を用意しなさい”」と、劇の台詞を一生懸命喋った。


 イツキが眉根を寄せた。


「他の子も映さないと話追えないけど、」


「劇の内容はどうでもいいんです。僕の娘が、頑張ってる姿だけ、収めて下さい」


 圧をかけてムカゴが繰り返すと、イツキは不服を唱えた。


「そんなん言うならお前が撮れよな」


「嫌です、肉眼で見たいので。録画はあくまで永久保存用であって、僕はクコの頑張りを直接目に焼き付けたいんです」


「…………あー」


 イツキが文句たらたらなのは分かるが、そんなことより娘だ。


 だって、もう後数年でこんな姿は見られなくなるのだ。

 勿論、数年後もクコは素晴らしく可愛らしいのだろうが、三歳になってしまったら二歳のクコはもう見れない。


 ティンカーベルが三人、シンデレラが四人も登場する奇妙な劇だったが、ムカゴは大満足だった。




 娘のクコをヒガンの屋敷に送り届けて、ムカゴは魔法道具店に帰宅した。


 店の外壁は無機質そうなコンクリート。一階の玄関側は硝子張りでブラインドが下がっていない窓からは清潔そうな室内が見通せた。

 金色の文字で『魔法道具店 ~スキュラ支店~』と書かれたプレートがムカゴを出迎えた。


 その店は表向きは法律事務所だが、ある特殊な厄介事を携えた客が扉を叩く時のみ店の看板が『魔法道具店』に書き替わる。


 ムカゴは裏口から、「ただいま」と扉の向こうに呼び掛けた。


「お帰り」と応じたのはイツキだった。


 ――実は、イツキは今年度からこの『法律事務所』兼『魔法道具店』に泊まり込みで働いている。


 以前は隣町のアパートから自転車で大学に通っていたと言うが、今年から別キャンパスの大学院に通うのでここに住んだ方が利便が良いとか。


 法律事務所の人間には決して感知されない、二階の隠し扉の奥にムカゴの居住スペースがあった。

 イツキとホノカもその隣室で寝泊まりしていた。


 帰宅後、ムカゴは二階の共有リビングで、録画した劇を三回続けて観賞して、やっと一息吐いた。


 イツキが呆れ気味に肘でつついた。


「ほんとムカゴは親バカな」


「……普通ですよ。少なくとも僕の中ではこれが普通です」


 イツキが若干苦笑しながら、納得という顔をした。


 丁度会話の切れ目でホノカがキッチンから顔を出した。


「二人とも、晩ご飯にしませんか?」




 卓袱台でシチューを頬張っていると、向かいで胡坐を掻くイツキが神妙な面持ちになった。


「突然でアレなんだけど」


「はい」


「俺はさ、その、魔法使いを、してんだよ」


「知ってます」


 イツキはもどかしそうに言葉を詰まらせた。


「……ちゃんと話したことあったっけ?」


 ムカゴはイツキとの会話を思い返してみる。


「……ないですね。でも察してはいました」


「そっかぁ。……けど実際どーなのか気になんない?」


 期待の籠った顔。


「あまり……」


 ムカゴの返答に、がっくり肩を落としたイツキ。


「……実はさ、ずっと俺、説明責任果たしてないじゃんって思ったんだよ。それじゃ駄目じゃんって。

 けど、アレじゃん。訊かれてもないのにわざわざ名乗ったりとか恥ずいってか、痛い奴だし。だから何?とか言われたらショック過ぎるっつーか……。

 だから、そっちから訊いてくれないかなってソワソワして、今日まで待ってみたけど、訊いてくる気配すらないし。

 てか、ムカゴさ俺に興味無さ過ぎ。流石にちょっと凹むっつーか……」


 グダグダ並べるイツキに、ムカゴは切り込んだ。


「説明、したいんですね?」


「……ムカゴは聞きたい?」


「あ、まあ、はい」


 数秒の沈黙。


 イツキが鞄から縦横約九、十センチサイズの長方形の写真を取り出した。


「先々週お泊りに来たクコちゃんのスナップショット」


「見たいです! 見たいです! 見せて下さい!」


 ムカゴは毟り取るようにイツキから写真を受け取った。

 写真に映るクコの笑顔に、はあ、と溜息を吐いた。


 さっき別れたばかりなのに会いたい気持ちがしんしんと積もる。


「…………」


 イツキが不貞腐れて見ていた。

 クコのこととそれ以外に対する関心の落差が気に食わないらしい。


 ムカゴは咳払いを一つ。


「……あの、イツキさんの説明聞きたいです。魔法使いのことは多分僕にも無関係ではないですし、知っておくべきだと思ったので」


 イツキは「出来るだけ簡潔に話すからちょっと付き合ってよ」と話し始めた。





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