2-2 妖精と箸置き


 墓参り後、ヒガンは早々に古民家に帰ってしまったが、ムカゴはクコを少し遊ばせることにした。


 二人でタンポポ畑にしゃがんだ。花冠を作って、ほんの数瞬目を離した隙に、見知らぬ子供がいた。


「いっしょに、あーそーぼ」


 人懐こそうにクコに声を掛けたのは、三歳くらいの男の子。

 周囲を見回してもムカゴとクコと男の子だけで、他に保護者は見当たらない。


 男の子の親を探そうと思い立ち、口実として「そろそろお昼を食べに行こっかあ」とムカゴは立ち上がった。


 ふと子供が三人に増えていた。クコと一緒に遊んでいた男の子と手を繋ぐ、見知らぬ女の子。

 子供たち同士で勝手に、


「ばいばい」


 と手を振り合っていたはずが、歩き出せばムカゴとクコの後をついてきた。

 ムカゴが「お父さんかお母さんはいる?」と尋ねると、男の子たちは首を横に振った。


 仕方がないので早めの昼食をご馳走することにして、村の入り口辺りまで降り、ようやく定食屋を発見した。

 暖簾をくぐると、おかみさんらしき人が「五名様ですか?」と訊いてきた。


 ムカゴが目線を下げれば、見知らぬ少年がもう一人増えていた。かに思えたが、食事の席に着けば、クコと男の子の二人だけしか居なかった。


 ――そんな具合に、その後も増えたり減ったりする子供たちを前に、流石に普通じゃないだろうと気付いた。


 ヒガンのいる古民家に連れ帰って良いのか、警察を呼ぶべきか判断に迷っていると、喫茶店が目に入った。

 西洋風の喫茶店は瓦屋根の家に挟まれ、さらに異質だった。蔓草の這う白枠の窓。開店しているかも怪しい。

 扉には『魔法道具店』の看板が下がっていた。


 ムカゴは『魔法道具店』という店名に覚えがあった。知り合いの森野イツキという大学生のアルバイト先であったはずだ。


 てっきりイツキに会えるものと思って、扉を開けた。カランコロンと鐘の音が涼しげだ。


 ムカゴが覗き込んだ店の奥にいたのは、イツキではない知らない男だった。

 イツキと同年齢くらいの、眼光鋭い男は春先なのに重そうなローブを纏っていた。髪を緑に染めているのに地味な印象だ。


 店主らしきその男が、ムカゴに目を留めると無遠慮に顔を顰めた。


 同時にムカゴの隣から「おや、君たち。また面倒なものを持ち込んだようだね」と少年の面白がるような声が掛かった。

 肩までの金髪に金色の瞳の十四、五歳くらいの少年だった。


 彼らは一目でムカゴの困り事を見抜いたらしかった。

 ムカゴは試しに「この子たちは、何なんですか?」と尋ねてみたが、店主は「さあね」と返した。


「この子たちを放置したら何か害がありますか?」


 ムカゴが質問を変えても、「知らん」と素っ気ない。


 知らないなら仕方ない。ムカゴは一人で納得して踵を返そうとして、ついでにもう一つ。


「イツキさんを知ってますか?」


「……一応、俺の弟子だよ」


 深緑髪の店主が先程よりはムカゴに興味を示したように返した。

 金髪の西洋然とした顔立ちの少年が、観察するようにムカゴの背後にくるっと回り込んだ。


「イツキは魔女裁判所に呼び出しを食らっていたと思うがね。なるほど、そうか、君がムカゴか」


 その時、扉が開き、先程同様に心地よい鐘の音が鳴った。


 途端、本棚の間を魔法書が忙しく飛び交い、肉食植物が扇の葉を手のように振って牽制し、頭が三つある犬がケージから口々に吠えた。


「何やってんの、あんた」


 つかつかヒールを鳴らし扉から入ってきてムカゴを睨みつけたのは、ヒガンだった。

 彼女は店主に目を留めると、勘繰るように声を潜めた。


「もしかしてあんたが不老の魔法使い?」


 店主が苦々しく眼を眇めた。そのやり取りにどんな意味があったのかムカゴには分からなかった。


 ムカゴが振り返れば、いつの間にかあれほどいた子供たちは消え、クコだけがちょこんと立っていた。




 それ以降、謎の子供たちはヒガンのいない隙を狙って、昼も夕も夜も現れた。


 その度にタンポポ畑に連れ出された。そう、連れ出されるのだ。

 ムカゴたちが何をしていても放り出して子供たちに従ってしまう。

 そして、ヒガンが迎えに来て初めてタンポポ畑に自分がいることに気付く。


 子供たちがどういう意図で、ムカゴたちを遊びに誘うのかは分からず仕舞いだが、ヒガンを避けていることは確からしい。


 その晩、ヒガンが「一泊だけのつもりだったけど、数日延長させて」と申し出た。

 ムカゴとしてはクコと居られる時間が少しでも延びるのは嬉しい。謎の子供たちのことが懸案事項だが、今のところ害意はなさそうなので、異論はなかった。




 翌日、クコの口が消えた。


 例の如く子供たちに連れ出され、タンポポ畑で遊んでいる最中。ふっとクコの笑い声が途切れた。既に周囲には子供たちの姿はない。


 クコを呼んでこちらを向かせると、本来、唇があるべき場所は頬の延長の肌で覆われていて、口そのものが消えていた。

 まるで、のっぺらぼうだ。


 筆舌に尽しがたい恐怖が貫いた。


 ムカゴは反射的に、もしかしたら自分のせいかもしれない、と思った。

 自分が傍に居続けたために、クコはまともな人間の形から懸け離れていくのかもしれない。


 ムカゴは雨男という妖怪だ。雨神との説もある。

 人間の営みに溶け込むために無意識に魔力を振り撒いてしまうので、周囲の人間が魔力に中てられれば、正気を失い衰弱し、最悪死に至るという。

 そうならないよう細心の注意を払い、クコに触れることを制限してきたはずなのに……。


 今のクコの様子を見る限り痛みはなさそうだが、このままで良いはずはない。

 クコはただの人間だ。口がなければ食事ができない。栄養を取らなければ死んでしまう。


 どうしたらいい……? こういう時は……。


 頼れる相手と言って、一番最初に浮かぶのはイツキの顔。だが彼は今、人間の世界にいるのかも怪しい。


 ムカゴ自身が対処するしかない。この子の父親は自分だけなのだから。





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