零余子

1-1 和菓子職人とホッチキス


 年越しの迫るこの時期に、時雨は続いていた。

 雫が窓硝子を伝う。雫の一粒が一枚窓の中腹で失速し、留まったかと思えば、後から這い落ちてきたもう一粒と合流して、再び地を目指す。


 こじんまりとした和菓子屋「阿部」は細雨を受け止め、静かに佇んでいた。一口サイズの甘さ控えめの和菓子が売りの店だ。

 個人経営であっても少数ながら従業員を雇える規模の店舗だった。年配の客が多いが、最近は比較的若い女性客も足を運んでくれる。


 阿部ムカゴは、おじさんの叱責を浴びながら厨房と商品の陳列棚を忙しなく、けれど商品を傷付けないよう注意深く往復していた。

 ムカゴは現在、高校三年。背丈も成績も平均。クラスメイトには「根暗」と呼ばれる。睫毛にかかる程の前髪を今は、頭に巻いた三角巾に押し込んでいた。おじさんの経営するこの和菓子屋を継ぐつもりで今日も仕事を手伝っていた。


 出来立ての和菓子を一つ一つ並べていく。

 栗の黄と羊羹の光沢ある黒が鮮やかな栗羊羹。きな粉、黒蜜、餡子などが容器別になっているわらび餅セット。特製粒餡つぶあんを隙間なく挟んだ最中もなか。一般に想像するより小さなおかきや煎餅せんべい各種を詰めたおやつ用小袋。良くも悪くも品揃えは王道のものばかり。


 開店早々、自動ドアが開いた。湿った寒風が一瞬頬を撫で、すぐに暖房に溶けた。

 本日の一番客は二十代の女性だった。二重のせいか童顔だが、ふわりと程良くカールした肩までの髪によって落ち着いた空気を帯びていた。


「抹茶ケーキを注文していた森野ですが……」


「あ、はい!」


 杏と栗きんとんの抹茶ケーキはムカゴが考案した商品だった。おじさんがあくまで一口サイズの和菓子に拘っていたところを、「試してみないと売れるか分かりませんよ」と押し通した。

 注文通りにケーキを箱に詰め手渡す際、話しかけてみた。


「クリスマスに抹茶のケーキというのは珍しいですね」

 これも接客の練習だ。女性の顔がほころんだ。


「彼氏がこのお店の和菓子、大好きなんです。それで」


「今年はお二人で過ごされるんですね」


 恥じらいと嬉しさが混じった仕草で、女性は首肯した。そして、


「そうでした。これ、イツキ先輩から渡すように頼まれてたんです」

 初対面のお客様からよく知った名前が出てきて、ムカゴは一瞬、困惑した。


 「イツキ」というのはムカゴが大学のオープンキャンパスに行った際にお世話になった大学生だった。森野イツキ、今は大学四年生だったか。オープンキャンパスの交流会で連絡先を交換して以来、ムカゴを気に掛けて偶にメールで雑談に誘ってくれる。

 それならこの女性はイツキの彼女か、と納得した。


 女性が包んでいた両手を開けばそこには、何の変哲もない藍鼠あいねず色のホッチキス。


「道具があなたを選んだんですよ」


 意味深に女性が付け加えた。ムカゴは不思議と受け取らなければならない気がした。

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