第37話 異変

 森を出れば陽はすでに沈み、夜となっていた。


 俺はこの世界の、王国の外の情報を手に入れる為に、特級しか入る事が許されていない森へ入った。

 これといった変わった情報を手に入れる事は出来なかったが、特級が調査中というだけにまだ危険かどうかが判断出来ていない事に対しては、それに関する情報は得られただろう。


 俺の判断としては、"森の所有者の話を聞き入れれば"安全だ。だが、これも安全かどうかは特級と国が判断する物。先ずは勝手に入ってしまった事に対する謝罪をするべきだろう。

 俺は森に入る前に出会ったフィーリアと共に魔法学院の特級のクラスへ行った。


 特級のクラスは下の上級、中級、下級の様に時間別で授業が有るのではなく、生徒一人一人の個人部屋が用意され、各属性魔法に特化した教官がそれぞれの教室と部屋が一緒になった場所で待っているようだ。

 そこで俺はフィーリアに案内されてウィルの部屋の前まで行った。


「お兄ちゃん〜? 私だけど」


 フィーリアがウィルの部屋のドアを軽くノックすると、扉の奥から声が聞こえる。自分の妹の声であれば直ぐに分かる筈だと思うが、返ってきたウィルの声調は、妹と聞いて喜ぶ声ではなく、かなり真面目で真剣そうな声だった。


「入れ」

「はーい」


 ウィルの部屋に入ると、かつて俺が行ったウィルの屋敷と同じく、アンティーク調の高級感のある家具と床には真っ赤に燃える炎の様に赤い四角い絨毯が敷かれていた。

 部屋は幅広めの長方形で、入り口から反対側のレンガの壁に暖炉が作られ、右側の壁一面には本がぎっしり詰まった本棚とその目の前に仕事机。左側は応対室のような長ソファーが二つ向かい合わせに置かれていた。

 そしてウィルは暖炉の前に置かれた椅子に座りながら上の空だった。


 フィーリアの言っていた隣国調査で何かがあったのだろうか。疲れ切った表情で、部屋に入ってきたフィーリアに対しても溜息を吐くだけだった。


「ウィルよ何かあったのか?」

「あーカオスか……ちょっとさっきの調査任務で色々あってな。大丈夫だ。お前らは心配しなくても良い。それで? 俺に何か用か?」

「えーっとあのーそれが……」


 恐らく言えばウィルに怒られるとでも思っているのだろう。フィーリアはいつまで経っても口をモゴモゴとさせるので俺が説明する。


「王国外にあるとてつもなく暗い森へ入った。勝手に入った事に対する謝罪と、その中であった出来事を伝えに来た。フィーリアも証人の一人だ」


 そう説明すれば、ウィルは突然椅子から起き上がり大声で怒鳴る。


「馬鹿野郎!! 彼処はまだ特級が調査中で、危険かもしれない場所なんだぞ!? カオス、フィーリアも証人の一人とはどう言う事だ?」

「俺が一人で入ろうとした所にたまたま合流してな。当然フィーリアも俺を止めはしたのだが、勝手に付いてきたのだ」

「フィーリア! 何も怪我はしていないよな?」


 ウィルはフィーリアに寄り添い、心底心配そうな表情で言う。


「う、うん……」

「なら良かった……それで? 何があったんだ?」

「恐らく特級が調査中なら知っているかもしれないが、森の中には無数の悪霊がひしめていた。道中、襲ってきた悪霊を何体か神聖魔法で浄化はしたのだが……その中で悪霊の管理をしており、ペテスと名乗る呪術師と出会った。

 何が目的かは知らないが、悪霊を一つの場所にまとめて人を無差別に襲わないように、理不尽に浄化されないように守っているようだ。

 そしてこの金色の鈴を渡された。これは周囲にいる悪霊に来訪者のことを伝え、ペテスにそれを更に伝える役割を持つようだ。

 つまり、これが有れば誰でも自由に森に入れるかも知れない。これが調査結果だ」


 俺が森であった一連の出来事を話すと、ウィルは顔をあからさまに青ざめる。


「ペテスだと……? カオス、お前今ペテスと言ったな?」

「あぁ……それがどうした?」

「不味いぞ……! ペテスと言ったら古くから有る悪魔信仰の宗教集団の幹部の名前じゃないか! 通称、オルコ教と言ってな。昔からある宗教なんだよ。

 無数の悪霊が集まる場所にペテスかぁ……厄介だ。厄介すぎる……今日の調査といい、ペテスの存在と言い、問題が山積みだ。だが、ペテスに関してはまだ後回しでも大丈夫だな……とりあえず報告はするが……」


 オルコ教団。どんな存在で何が問題かは分からないが、どうやら要らぬ仕事をウィルに押しつけてしまったらしい。

 それと、隣国の調査任務か。恐らくは特級の間のみの機密事項なのだろうが、何とか事情を聞けないだろうか。

 もしかしたら今俺が問題視していることに関係があるかも知れない。


「ウィル。さっきの隣国についてなんだが……今俺が問題視している事に関係がありそうなんだ。少しでも教えてくれないか?」

「ダメだ。それに問題ってなんだよ。上級生でも首を突っ込んで良い話じゃない」


 仕方が無い。此処は権力の力を借りよう。グロースも俺の事情を知っているからな。


「グロース。あんたの趣味は覗きか?」

「は? グロース? 急にどうしたんだ?」


 そういうと俺の背後から魔力回廊を開き、グロースが現れる。


「ほっほっほ。カオス君は私の魔法を完全に見抜く程に成長したようじゃのぉ」


 その突然の登場にフィーリアが畏まる。


「へあっ!? グロース理事長! こんばんわ!」

「は、ははは。グロース理事長をあんた呼ばわりとは、いつからそんな仲になったんだ?」

「それはさておき、グロース、隣国で何があったんだ?」


 そう言えばグロースは一つ咳を払って説明し出す。


「オホン。うむ。まず何から話そうかのぉ……。まず我々が調査に向かった隣国とは『ヴァンクール帝国』と言っての、昔から軍事力に長け領地も広く、幾度も他国からの領地略奪に全勝無敗の国なのだ。

 しかしそんな国が最近になって更に戦力を上げ始めた。周囲の弱小町村を片っ端から取り込み、更に遠くても中小都市にも攻め込み、仮の軍事基地を所々に建設している。その期間が経ったの一週間足らずで行われているのだ」


 元々大きかった国が突然更なる急成長を遂げたか……。それも全勝無敗の軍事国。弱小町村から中小都市までを取り込み、いつ他の大きな国が狙われるかが分からない。王都ユーラティアも例外では無いということか。

 確かにこれ程までに厄介な問題は無いが、他に特に帝国内で変わったことは無いだろうか?


「そうか……帝国内で他に変わったことは無かったか?」


 俺のその質問にウィルが答えた。


「そうだな……そういや帝国の人達がみんな様子がおかしかった。良くヴァンクールには遠征の時に通過地点として泊まることがあるんだが、無敗の国にしては帝国内の人達は穏やかな性格をしているんだ。

 なのに今はまるで何かに取り憑かれたかのように『アルヴァス様万歳!』って……ああいうの洗脳って言うのかな? あんまりヴァンクールに宗教があるとか話は聞いたことが無いんだけど……」


 俺はアルヴァスと聞いてかなり思い当たりがあった。いや、恐らく本人に間違い無いだろう。

 戦争の神『アルヴァス』。神界でも血気盛んで、争いや支配することを重んじる神だ。誓約は自ら火種を撒かないことと、罪人には必ず相当な罰を下すことである。

 更にアルヴァスが授ける加護は、精神状態問わず兵士の士気を高め、軍事発展と一人一人の戦力が上がるものだ。


「アルヴァス万歳か。確定だな。厄介は厄介だが、それ以上にこれを放っておけば最も最悪な事態は必ず起こるだろう」

「カオス? 一体どう言うことなんだ?」

「帝国の人間が言うアルヴァスとは、戦争を司る神の名前だ。アイツには宗教なんてものは関係無い。人間の戦闘意欲を高め、遅かれ早かれ、何処かで戦争か略奪が起こる事は間違いない。そこはグロース、どう対処するつもりなんだ?」

「既に他国と話を合わせ、連合軍結成の話は付いておる。これ以上の無駄に領地を広げる真似をやめさせる為に連合軍でヴァンクールを抑え込む作戦だ」


 あぁ、なんということだ。人間は争いには争いでしか解決方法を見出せ無いのか。確かに戦争を話し合いで解決できたら、今までの全ての世界に置いて、戦争の無い世界なんて簡単に実現出来るが、やろうとしても出来ないのが人間の性だろう。

 なんて言った所で俺も単なる話し合いで解決させるつもりは無いが……。特に相手はアルヴァスだ。連合軍なんか作って抑えられる訳が無いだろう。


 ヴァンクール帝国は全勝無敗の力を持つ事で有名な国だと言う。そこに更に戦争の神が降臨したのだ。勿論アルヴァスに敗北の文字は無く、俺でさえ聞いた事が無い。

 つまり、連合軍は完全に無駄であり、無駄な死者が大量で出るだろう。そう、全滅は必至だ。


「……。グロース。今すぐその連合軍を解散させる事は出来ないか?」

「何を言っているんだカオス君。当然無理に決まっておる。私一人が連合軍から離脱した所で、他の国は一致団結しているのだ。今更説得など不可能だ」

「はぁ……そうか。なら決行は明日だ。アルヴァスに会いに行こう」


 今すぐに行かなければいつ手遅れになってもおかしくない。ルルド、カロウ、フィーリアに全て事情を話し、協力して貰わなければ。

 そう俺がウィルの部屋を発とうとすると、ウィルは俺の事を慌てて止めた。


「ままま待て! 一体何がどうなってるんだ? グロース理事長も俺らの事をきっちり言っちまうし。カオス! 明日決行ってどう言う事なんだ!?」

「分かった。ウィルにも全て伝えよう。丁度フィーリアも近くにいる。ただし、俺の話を聞いたからには手伝って貰うからな」

「わ、分かった。何となくお前がアルヴァスってのを止めようとしているのは分かるから、それならとことん手伝ってやるよ」

「なら言おう……」


 俺はウィルとフィーリアに自分が本当は創造神のカオスであること、今は事情があって神界に戻れないこと、そして俺が不在の神界で他の神が好き勝手やろうとしていることを全て包み隠さず話した。


 当然ウィルもフィーリアも驚いて信じられないと言っているような顔をしていたが、意外とすんなりと信じてくれた。

 理由としては、俺がウィルの屋敷で、フィーリアを貴族から救った時に、『神の威厳』で襲撃者をひれ伏せさせた時、俺は自分で自分の事を創造神カオスであると言っていたからだそうだ。


「まさか本当に創造神だったとはな……」

「え、ちょ、お兄ちゃん! 神様にその言葉遣いは失礼だよ!」

「いや、今まで通りで良い。今の俺はあくまでもユーラティア王都魔法学院の生徒の一人だ。神様だからって畏まる必要は無い」


 そう俺は話して、ウィルへの報告と隣国ヴァンクール帝国の話を終え、次にルルドとカロウの説得に向かった。

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創造神の異世界冒険録 Leiren Storathijs @LeirenStorathijs

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