第31話 外道

 俺は力の復活を急ぎ、光と闇の魔法の授業を終えた。別に上級魔法科に昇格せずとも、自ら王都を出て、問題の場所へ行く事も出来るが……。魔力の感知に特に長けているフィトラでさえ俺がすぐにカオスである事に気付かなかったぐらいだ。


 もし今の俺が他の神を説得しようなら、神に反する一端の人間として簡単に叩き潰されるのがオチだ。

 そうなる確率を少しでも下げる為に、このユーラティア王都魔法学院の生徒として、仲間が必要だ。人間が神に反するなど、この世界の人間は決して考えないだろう。

 だが、問題を説明してやればきっと着いてきてくれる筈だ。特に初級で知り合いになった人間ならば……。


 俺は二対の魔法を終えた後、直ぐに特殊魔法の授業に移った。が教室に入ると、教師が一人と今入ってきた俺が一人、たったの二人しか居なかった。


「……。まだ授業は始まっていないのか?」

「なんという事だ!! 私の授業に一人でも生徒が来てくれるなんて!! 安心したまえ、授業はもう始まっている。好きな席に座ると良い」


 教師は真っ黒なワイシャツと黒のスーツズボンの上に、羽織る様に白衣を着ており、短い黒髪に金メッキの丸ゴーグル。そして決め手はいつまでも崩れない、口角が限界にまで引き上がった屈託の無いにやけ面。


「あ、あぁ……」

「申し遅れた! 私の名は、ヘレティック・クレアール……此処、精神と状態異常の専門さァ。此処が何故、特殊と分けられているのか。私のとしてはとても遺憾だが……もっと非道や外道魔法と名付けて欲しいネェ……。まぁ、私が好きでやっている事に外道や非道と言うのも可笑しいが、この私の! 魔法が一般的に恐怖を感じてくれるのならば、それはそれは大いに私としては望む所だ」


 俺は今初めて特殊魔法を精神と状態異常の魔法を合わせているのだと知った。それと、この教師が言う事も納得出来る。

 外道魔法。確かに使い方次第ではそうとも言える。これから外道魔法と呼ぶ事にしようか。


「ヘレティックか……。それで? 何故こんなにも生徒が居ないのだ?」

「んー、それは私にも分からない……。相手の精神を犯し、状態異常で喰い殺す。苦しみ、悶える姿はまさに芸術! なのに! 何故、誰もこの魅力が分からない!?

 廊下を歩いていても挨拶される所か後ずさりする者ばかり! そうだ。君はどうかな?」


 教師本人まで嫌われる始末か。確かに、言われて見ればそんな反応するのも分かる。もし他の場でもこの引き攣った笑顔を見せているのなら、生徒との関係を取り戻したいのなら今すぐ何か対策するべきだろう。

 それと、外道魔法の魅力は分からなくも無い。ただヘレティックの言う芸術とはかけ離れているが、外道魔法は戦闘魔法や支援魔法でも十二分に使える魔法だ。何故、敬遠されているのかは不明だ。


「確かに。これらの魔法はより戦闘を、スムーズ進める事も出来る。使い方次第では危険な魔法ではあるが、それ以上に使い道が無数に有る。それに、今の精神・状態異常は既に多くの対処法が作られているが、これもまたこの魔法は、『開発』が出来るからな」

「素晴らしい!! 君の知識はとても興味深い……あぁ、これだけ詳しいのなら外道魔法について夜まで語り尽くせそうだァ……」

「それと……生徒とお前の関係だが、先ずその顔が問題だろうと俺は思う。仮面でも被ったらどうだ?」

「おぉぉ……仮面か! 良いアイデアだ!! 次回からはそうしようではないか!!」


 そう授業前のヘレティックの挨拶が終わると、特殊魔法を言い換えて、外道魔法の授業が始まった。


 最初に教えられたのは授業異常の中で最も汎用性の高い『猛毒』だった。


「それでは授業を始めよう! 最初に私が毎度授業で使う物を紹介しよう。それは、実験用マウスと泥人形だ! この泥人形については、後で説明するとして……このマウスは状態異常系の魔法を試す時に使う!

 可哀想? 馬鹿目が! そんな事を思っていたら、人間相手も出来ないだろう!? それに、生徒同士の実験は、私が間違って殺してしまうかも知れんからなァ!?」

「そうか。俺は心配無い。鼠を殺す事に抵抗は無い。続けてくれ」

「宜しい。では、最初に教える物は……猛毒だ!! 同士よ、猛毒の作り方は分かるかな?」


 魔法は火も出せる、水も出し、傷も回復出来る。と、魔力をイメージで具現化させ、様々な場所で結果を事から万能だと言われがちだが、外道魔法は違う。

 ヘレティックが猛毒の作り方はと聞くが、そんな物は無い。

 外道魔法である精神・状態異常魔法は属性魔法の様に直接作るのでは無く、他の魔法の過剰効果によって引き起こされる魔法なのだ。だから特殊魔法と分けられるのだろう。


「作り方は……無い。猛毒に値する力の出し方は分かるが……」

「その通り! 実は猛毒魔法とか言って、猛毒を作る方法は無いんだ! ならば良く見たまえ、今からこのマウスに実験しようではないか」


 そう言ってヘレティックはマウスを軽く手の平で掴む動作をすると、マウスに向かって急激に高濃度の魔力を送り込む。あれほどの魔力。人間でさえも最早猛毒の範囲を超えている。

 結果はこの先を見れば分かる。そう、異常な魔力によってマウスは一瞬にして形が保てなくなり、『溶けた』。


「ああーっと、ついつい力を出し過ぎてしまったァ……しかし! 何度見ても良い!! 私の手の中で、恐れを感じる事も間に合わず一瞬にして溶けていく姿。そこから感じる物は……そう、虚無。何もないという美しさは何にも言い難い……」

「……」


 俺は何故この授業に生徒が来ないのか。それが分かった気がした。


 猛毒のを教えると次にもう一つの状態異常を教える。石化だ。


「次は石化はどうだろう? 数ある状態異常の中で最も発動時間が長く、完全に対象が石化するには、十秒程掛かる。その前に薬を飲まされては、簡単に対処されてしまう。

 しかし! 私はこの魔法について知ったのだ! 完全に石化する前にクスリで対処されてしまうのなら……内側からやって仕舞えば良いじゃ無いか!」

「内側から?」

「そう、こうやるんだ」


 ヘレティックは隣に待機させていた泥人形に手を触れると、強力な防御力支援魔法を身体の中心に向けて放つ。


 攻撃力、防御力、俊敏力、それぞれの支援魔法は一見では違いは分からないが、他人から外へ流れる魔力を正確に感知できたらの話だが、実は色が違う。

 自然の神フィトラが着ていた装束の様に、身体の中心から多種色の魔力が流れていたのは正にそれだからだ。

 緑は魔力の本来の色で、何らかの攻撃や回復魔法を放つ際に見える。

 そして支援魔法を使うと、攻撃力支援が赤、防御力支援が青、俊敏力支援が黄となる。つまりフィトラが着ていた服は、アレだけで、力が増幅し、耐久力に優れ、身が軽くなると言う事だ。

 確かフィトラが自作した人間用の装備があった筈だが……。


 ヘレティックがそうすると、限りなく人間に似せて作られた泥人形は突然、喉を掻きながら悶え始める。


『ごぇっ!? ゔぎ……あ"あ"あ"ぁぁ!』


 ヘレティックの言った通り、内側から石化した。石化する時に見られる灰色の石が、叫び口を大きく開ける泥人形の喉奥から広がっているのが分かった。

 これも見ていて気分の良い物では無い。しかし、ヘレティックは逆の様だ。


「ヒャハハハ!! これで、終わりだァ!!」


 ヘレティックは狂った様に笑い出すと、何処からかスレッジハンマーを取り出し、思いっきり石化した泥人形の頭部を横薙ぎに殴り、粉砕。

 そして、頭の無くした泥人形に更にハンマーを振り下ろし粉砕。砕く。砕け散った。


「あぁ、何度やってもストレス発散になる!! 同士もやってみないか?」

「いや、俺は遠慮しておこう」


 俺は勧めを拒否するとヘレティックは何処か悲しそうな表情になる。

 

「お前は何処までも悪趣味だな。だから生徒が寄り付かないのでは?」

「ほう! それは無理な提案だ。私が性格を捻じ曲げてでも授業を続けろなど、正に拷問! 絶対に無理だ! ならば一生生徒は寄り付かない? ああああぁ!! どうすれば良いんだああああ!!」


 奇声を上げるヘレティックはすぐに態度を直す。


「ふぅ……見苦しい所を見せたな。さて、次は精神異常かな? 同士は何をしたい?」


 精神異常魔法。これは最早魔法の類いではない。相手を精神的にどんな手段を使っても犯す事を目的としている。恐怖、混乱、怒り、魅了。又は、更に無数の精神的な負の力を合体し、開発も可能という優れながらも掛けられた側としては厄介極まりない魔法だ。


 そこで俺はヘレティックの質問に『恐怖』を選ぶ。

 恐怖は相手の精神力によって最も防がれやすい精神異常だが、相手に掛かる条件が最も簡単な上に、精神力だけではどうにもならない事もあり得る。

 どんなに硬い鋼の様な精神を持っていたとしても、その恐怖に耐える経験や、目の前の強大で不可思議な存在を理解できる知識が無くてはそれも無意味となる。


「相手を恐怖に陥れる。最も単純だが単純なだけにどうにでもなる……」

「恐怖か! 良い選択だァ……さぁ、同士はどうやってその恐怖を与えるのだ? 次はこの私が実験台になってやろう……」

「相手を遥かに上回る『絶大なる力』を見せつけるのだ。ヘレティックよ、俺の魔力を感知して見せろ」


 ヘレティックは目を瞑り、俺は心臓辺りに力を込め封印された力を少しでも吐き出そうとする。

 だが、あくまでも封印されている為、前にグロースの力を借りて封印の蓋を少し開けた時と同じで、余り無理をすると体が痛む。


「くっ……!」


 するとヘレティックはカッと目を見開く。


「ほおぉう!! 最高だ! 何と素晴らしい力なのだ! この力は正に神に近い! いや神と同等か!! これは恐怖では無い、興奮だぁ!!」

「お前はそう思うか。だがこの圧倒的な力は……」

「あぁ、相手を恐怖に陥れるには十分すぎる力だな。しかーし! 使うタイミングが重要だなこれは。初っ端からこれを相手に使ってみろ。もし同士が私の殺すべき敵だった場合……こんな力を見せつけられたら逆に闘争心が燃え上がるぞ! もっと別の方法で相手を怯ませてから使うのが効果的だろう!」

「そういう物なのか。分かったそうしよう……」


 そう精神異常魔法の教えが終わると、ヘレティックはそろそろ時間だと言って授業を終了させた。もし、もっと知りたければいつでも来いとの事。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 これにて全ての属性魔法の授業を修了した。本来なら同じ授業を何度も受けて更なる魔法の知識を深める様だが、俺にはその知識自体は既にある。次は上級魔法科への昇格試験を受けられる権限が与えられるだろう。

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