第26話 神の威厳

 翌日の朝、昨日は真昼間から学院の実技訓練場を借り、次の朝が来るまでずっと魔力の純度を高める訓練をしていた。

 自然魔力を吸収し魔力の純度を高めるこの方法は、簡単に言えば体内魔力の保有量と、この世界で言う第○規模魔核によって決められた魔法の威力の限界を超えさせる方法なのだ。

 そうは言っても一気に上げられる訳ではなく、『限界』とされている壁に外側からミリ単位で新たな壁を貼り、内側から古い壁を壊す事で少しずつだが、限界を超えさせている。

 もしこの方法で力を付けようとするなら、その効果は微々たる物だが、コツコツと限界を超えていくこの方法は、空き時間にやる訓練法としては最適だ。


 さて、そろそろ時間だ。貴族街へ行って、グラーフ侯爵に挨拶をしにいかねば。

 俺は学院を後にし、貴族街のアデルフィア家の邸宅に向かった。


 アデルフィアの家の扉をノックすると、一昨日出会ったウィルの両親が顔を出す。


「おやおや、カオスさんじゃ無いか。何か忘れ物かい?」

「いや、ウィルは居るか?」

「うむ、居るぞ。あれから自室で閉じ籠ってある。カオスさんからも何か声を掛けてくれると有り難いのぉ」

「そうか。失礼するぞ」


 俺は両親の前を通り過ぎると、真っ直ぐウィルの部屋の前に行く。

 フィーリアはウィルの唯一の妹だ。フィーリアをグラーフ侯爵に渡したのをあれほど後悔していたのだ。連れ戻すのなら、同行させるべきだろう。


「ウィル。侯爵の家に行くぞ案内しろ」


 そう声を掛けると、扉の奥からまるで生気の無い声が聞こえた。


「分かった……。今行く。玄関で待っててくれ……」

「分かった」


 俺はウィルに言われ、玄関で待っていると、大階段から少し表情がにやけたウィルが降りてきた。


「カオス、フィーリアを連れ戻すってどうするつもりなんだァ? 暴れるってんなら今、やる気はマンマンだけど」

「あぁ、暴れるのは全てが明確になってからだ。それまでは俺が全てやる」

「あいよ」


 どうやら何かに吹っ切れたのか。ウィルの表情は明るく、フィーリアを連れ出した侯爵に対して暴れられる事に陽気になっている様だ。


 そうして俺は、ウィルにグラーフ侯爵の家まで案内して貰った。

 そして静かにノックする。すると扉からは無用心なのか、グラーフ侯爵自身が顔を出す。


「これはこれは! ウィル・アデルフィアさんと……昨日、家に居た方ですねぇ?」

「カオスだ。昨日此処に連れられた筈のフィーリアに会いたい」


 そう言うとグラーフ侯爵の表情は一瞬だけ歪む。


「あぁ〜、それに付きましては、フィーリア様は今、誰にもお会いしたくないと申しておりまして……」

「そうか。失礼するぞ」

「は!? え、ちょっと! 勝手に入って貰っては!」


 グラーフ侯爵の邸宅に入ると、それはそれは眩しかった。金、金、金。何処を見回しても金。柱と床に所々に設置された燭台の炎の光が、大広間の金とい金に乱反射を起こし、視界がまともになるのは少し時間が掛かった。


「うっ……。なんて眩しさだ……」

「ハッハッハ! 此処が私、グラーフ・マニスの邸宅でございます。これらは全て混ぜ物無しの純金です」

「そんか事はどうでも良い。フィーリアは何処だ」

「いえいえ、ですから会わせる事は出来ませんって」

「てめぇっ! フィーリアになんかしたのか! あぁっ!?」

「落ち着けウィル。俺が全てやる。此処で待っていろ」


 連れて行こうと決めたのは俺だが、これ以上はウィルには待たせておこう。いつブチ切れてもおかしくない。


「ならば声だけなら聞いても良いだろう」

「え……えぇ! 何も答えないでしょうが、声だけなら良いでしょう」


 そう言うとグラーフは俺を快く案内し、途中の廊下で立ち止まった。


「此処で良いでしょう。こちらの壁の奥にフィーリア様はいらっしゃいます」

「何故部屋の前では無い?」

「いやはや、先ほどの様に勝手に扉を開かれては困りますので」

「なるほど。まぁ、良い。俺の声さえ届いていれば良いのだから」


 どこまでグラーフはフィーリアに合わせたく無いのか。それとも本当にフィーリアはウィルの迎えすら待って居ないのか。

 どちらにせよだ。神の威厳を使うしかないようだ。この時の為に神の威厳の使い方を知った訳では無いが、『強制的に』という方法ならこれしか方法は無い。

 ウィルを頼って強行突破も良いが、学院でグロースが言っていた通り、敵に回すと厄介なので適切では無いだろう。


 俺はまずフィーリアが奥に居るであろう壁を手を触れ、察知魔法を発動する。

 確かな魔力を察知した。この魔力はフィーの物で間違いない。

 さて、最初は普通に話そうか。


「フィーリアよ。そこに居るのだろう? 約束通り迎えに来たぞ」

「……」

「フィーリア。ウィルも一緒に来ている。そこに居るのは分かって居るが、何でも良い。返事をしてくれ」

「……」

「フィーリア。気分が悪いのか? それともグラーフに何かされたか?」

「……」

「ほらほら、何も答えないでしょう? あまりしつこいとフィーリア様にも負担がかかるでしょうし……ねぇ?」

「お前は黙っていろ」


 なにも返事が無いか。そもそも声が聞こえているのかも分からない。もし聞こえていないのなら、神の威厳でさえも意味がなくなってしまうが……先ずはやってみるか。


「ささ、もう良いでしょう。お引き取り願えませんかねぇ?」

『フィーリア、返事をしろ』

「……っ!?」


 微かに声が聞こえた。俺が感じている魔力の流れには特に異常は感じないが、若しくは声が上手く出せない状況なのか?

 ならば無理に声を出させようとしても本当にフィーリアに負荷を掛けるだけになる。ならば行動させるか。


『フィーリア。お前の意思は知らん。戻ってこい。少なくともウィルはお前が戻ってくる事を願っている。動け。そして此処から脱出しろ。それからの問題はいくらでも俺が解決しよう』

「……っ!! んんんん!」


 俺がそう言うと壁の奥から口籠った声と共に、廊下奥の扉が勢いよく開かれる。

 行動の強制。俺がグロースにやった事と同じだ。相手の意思関係なく、例え走ったり、攻撃したり激しい動きでも強制させる。

 フィーリアは口が布の様な素材で縛られており、本当に声が出せない状況で、服装も破けた布一枚に両手も後ろに縛られた状態。更には足枷までも。

 たった一日でも非常に酷い扱いだったと言う事が分かった。まるで奴隷だ。

 そして、フィーリアは驚いた表情で、俺を足枷を無理矢理引き摺りながら通り過ぎて行った。

 その様子にグラーフは慌てる。


「お、おい待て!! そいつを捕まえろぉ!!」


 その掛け声に周囲にいたグラーフ邸宅の住人か、体格のしっかりした男達が急いでフィーリアを追いかける後ろ姿が見えた。

 グラーフもそれを追いかけ、俺も様子を見るために追い掛ける。


 そうしてフィーリアはウィルが待つ大広間の扉を強く蹴り破る。


「んんん!!」


 しかしそこでフィーリアを追い掛ける男の一人に捕まり、思いっきり頭を床に叩きつけられる。


「大人しくしろよオラァ!!」


 不味い。この状況をウィルにでも見られたら……そう思ったがもう遅かった。

 腕を組んで玄関で待つウィルはこちらを振り向き、頭を床に叩きつけられるフィーリアの姿を見る。


「……っ!? ぶっ殺してやる……。いや、燃やしてやる!! うおおおおぉ!!」


 ウィルが怒り、突然叫び声を上げると異常な魔力を感じた。流石は特級魔法科か。叫び声だけで急激に大広間の室温が上がり、全て黄金色の邸宅でも元の素材が木で作られた部分から燃え始める。


「死ねええええぇ!!」


 ウィルは両手を重ね前へ突き出し、フィーリアを押さえ付ける男に向ける。

 この構えに俺は見覚えがあった。俺が初級の他種魔法の授業を受けている際に襲ってきた巨体の化け物。アレに撃ち込んだ初撃。燃える両手から放たれる炎のビームだ。

 そしてその記憶は正しく、ウィルの両手から炎のビームが放たれ、男を一瞬で焼き殺す。


「ぎゃああああっ!!??」

「ひいいいぃ!? 応援、もっと応援をよべぇ!」


 男を殺し貫通したビームは、フィーリアが蹴破った扉を過ぎて、俺の背後の廊下の壁を燃やし始める。

 しかしそんな事態も構わずウィルを抑える為に集まってくる応援は、ウィルに走り向かうが、ウィルの怒りは収まらず、次にウィルは自分の立つ真下の床に両手を当てる。

 なにをするのかと思えば、次は俺の立つ床さえも急激に温度が上がり、気づけば邸宅全体の床が灼熱と化していた。


「んんっ!?」

「あちちちちち!? 熱い熱いッ!」

「死ね……」


 ウィルがそう言うと床が熱くて暴れる応援に来た男達は瞬く間に火達磨と化する。

 いやそれ以前に、あまりの怒りのせいなのかウィルは気付いていないのか。フィーリアさえも床を転げ回っていた。


「おいウィル! フィーリアさえも燃やす気か!!」

「うおおおお!!」


 駄目だ。話が通じない。これでは台無しだ。なるべく穏便に済ませようと思っていたのだが、今や周囲は火に包まれ、正に地獄絵図。

 ウィル。怒りを抑えるんだ……。


 俺は叫ぶ様に言葉を発する。


『静まれぇ! そして平伏せ!』


 ウィルの発する炎は一気に鎮まり、グラーフと周囲にいた男達が一斉に、強制的に床に伏せる状態になる。


『俺の名は創造神カオス! 俺は今までこれらの人間の姿を、これが人間の真の姿であると見逃して来たが……。人間の身体になってしまった今では、どうも感情の制御がし辛くなっているようだ。

 今の俺は今まで以上にいかっている。俺が誓約を破る前に……此処から去れ』


 そう言うとグラーフとその部下達がそそくさと逃げて行くが、俺はグラーフだけその場で止める。


『お前は待て……。もう二度と、こんな事が出来なくしてやる』


 俺はグラーフの頭に手を触れ、創造の権限ではなく、破壊の権限を行使する。

 今の俺なら出来そうな気がした。記憶を抹消するなど造作も無いと。


「う、うわあああぁ………あぁ……」


 一瞬で死んだ魚の目の様な表情になるグラーフ。どうやら成功したようだ。

 これは別に殺してなど居ない。俺の誓約は決して人間を殺さないという物だが、違う言い方をすれば、『殺さなければ良い』のだ。

 俺が人間にどのような罰を与えようとも、殺しさえしなければ良い。


『行け。そして今までやった事に対して一生後悔するが良い』

「はぁあ……」


 グラーフは背中を向き、おぼつかない足取りで、無気力さを感じさせながら俺の前を去って行った。


 俺は此処ではっと意識を覚醒させる。改めて辺りを見回すと、ウィルとフィーリアまでもが床に伏せていた。

 ウィルの怒りは収まったものの、俺にヘラヘラと笑っており、フィーリアは目を見開いたまま固まっていた。


 俺は今の今まで完全に周囲にまで意識が及んで居なかった。ただ人間に怒り、グラーフの記憶まで抹消させ、更には周囲の無関係な人間まで怯えさせてしまった。

 まさか神だった時もそうだったのでは? 何故一言で俺を見る人間は全員平伏していた? 俺は……今まで神としてあるまじき行動をしていたのでは無いだろうか……。


 あぁ、本当に後悔すべきは俺ではないだろうか。神と言えど、立場を悪用していのはどちらだろうか……。

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