第25話 貴族の権威

 翌朝目を覚ますと、ベッドの左半分、俺の隣にはフィーリアの姿は無く、既に起きている様だった。

 俺は静かにベッドから上半身を起こし、フィーリアの部屋を出る。昨日の夜、フィーリアの部屋にたどり着いた記憶を頼りに、長い廊下と入り組んだ邸宅を歩き、ウィルとフィーリア全員が集まる玄関が見える大広間に辿り着いた。

 随分と早起きなのだろうか。学院の適当な部屋で泊まって、自由に寝起きしていた時とは違う。


 そして俺は正面玄関へと続くTの字の大階段を降りてウィルとフィーリアの元に行き、挨拶をするが全員、玄関の方を向いてどこか表情が暗かった。

 これから客人でも来るのかと思えるような立ち方で、玄関の方を向いていた。


 するとそう思った直後に、玄関の扉がゆっくりと開かれ、外から肉厚でどっぷりと太ったにやけ面の男と、その護衛だろうか、二人の兵士が付き添って中へ入ってきた。

 太った男はどっしりとした足付きで歩いてくるとフィーリアに目線を移し、全身を舐め回す様に見つめると、にやけ面が更に増す。


 俺はこっそりウィルに近づき誰だ質問する。


「ウィル、誰だ?」

「グラーフ・マニス侯爵だ。貴族の中ではかなり上に立つ人で、下位の家に入っては、気に入った娘を強制的にめとり、その後娘の姿を見た者は誰も居ない。

 噂では自分の欲望を満たす為の餌にしているとか。必要無くなったら棄てているという噂もある……」

「なるほど。噂か……」


 グラーフ侯爵はゆっくりとフィーリアを満足するまで見つめると、一旦視線を逸らしゆっくりと口を動かす。


「いやはや、流石、アデルフィア家のフィーリアさんは良い娘ですねぇ。そこにいるウィル・アデルフィアさんの妹だとか。

 ウィルさん、今日は決断の時です。フィーリアさんを私に渡すか。それとも、拒否して私への反逆罪として一家全員処刑されるか。さぁ、貴方の答えをお聞かせ下さい……」


 ウィルは顔を俯かせ、目を瞑り、必死に悩む。


「俺は、どうすれば良いんだ……! 唯一の、雄一の妹を渡せる訳が無い……!」


 ……。俺もここで決断する。アデルフィア家を救おうと。

 俺はあくまでも人間を見守る立場だが、虐げられる人間を目の前に、指を咥えて見つめている程悪魔では無い。

 ただこの行動は俺に取っては気まぐれに過ぎない。アデルフィア家に情を抱いているつもりも無く、人間を無差別に救いたいという聖人的な考えを持っている訳でも無い。

 俺は昨日の夕飯の席で、家族全員を守ると言った。当初は冗談のつもりだったが、実現させても誰も責めはしないだろう。

 そう、ただの暇潰しだ……。


 俺は、俯くウィルの肩に手を置き、無表情で言う。


「ウィル、安心しろ。俺が救おう。昨日言っただろう? 家族全員を守ると」

「お前……」

「お前は、子爵の家系だから侯爵には逆らえないと思っているのだろう? ならば俺はそこには無関係の人間だ。無関係の人間が貴族の問題に首を突っ込もうが俺の勝手だろう」

「そうだな……本当なら止めとくべきなんだろうけど、お前が何をしようとも死ぬのは俺達だ」

「なら、一つだけ約束しよう。フィーリアは必ず連れ戻す。お前の言う噂を暴き、必要ならばこのグラーフを貴族の格から引き摺り下ろしてやる」

「ははは……フィーリアを連れ戻す。かぁ……。とっても有難い言葉だが……」


 ウィルは悲しげな表情で、言葉を言いかけながら、グラーフに視線を移し決断を口にする。


「フィーリア、ごめんな。必ず迎えに行くから……」

「それは、私に渡すという答えでよろしいのかな?」

「……」

「無言は承諾。ありがとうございます! 貴方は妹を捨てる決断をした! 素晴らしい! 自分の命の為なら、雄一の妹さえも棄てる覚悟! 感服致しました。では、もう二度と会う事は無いでしょう。フィーリアを連れ出せ」


 そう言ってグラーフ侯爵は背後の二人の兵士に命令すると、兵士はフィーリアの腕を掴み、強引に引っ張り連れ出そうとする。


「い、痛い! 止めて!」

「ほらほら、私の物だ。丁寧に扱え。あぁ、それとフィーリアさん。あまり抵抗すると、手が滑ってしまうので、大人しくした方が良いですよ?」

「お兄ちゃん! 絶対に迎えに来てよね!」


 ウィルは連れ出されるフィーリアを見ずに終始俯きながら、苦渋の表情をしていた。

 そうしてフィーリアは外へ連れ出され、玄関の扉が勢いよく閉まると、ウィルはその場で蹲り、嗚咽の声を漏らす。


「ああぁあ……ッ! どっちを選択しても結果は同じじゃねぇかよ……」

「決行は明日の朝だ。今日は俺はいつも通り学院に行く。ウィルはどうする?」

「暫く一人にしてくれ……」

「分かった」


 そうして俺は一人ウィルを置いて学院へ向かった。ただ俺は今日学院へ授業を受けに行くのでは無い。グロースに一つ教えて貰いたい事がある。

 俺はウィルの邸宅から魔力回廊を開き、学院へ行かずに、直接グロースの部屋に入る。


「いるか? グロース」


 声を掛けながら俺は部屋に入ると、グロースは丁度山の様に机に積み上げられている書類を片付けている最中だった。


「うむ? あー、カオス君か。今日は何の用事かな?」

「中級魔法科の生徒で、子爵家の貴族であるフィーリア・アデルフィアという者は知っているな? あの者が今日、侯爵のグラーフ・マニスという男に連れ出された。

 俺はこれからフィーリアを連れ戻そうと考えている」

「ほほう……。あのフィーリア君か。私は止めないが、貴族に喧嘩を売ろうとするカオス君の行動。流石に感心する。

 普通ならば、貴族に喧嘩を売ろうものなら、貴族はプライドが高く、政府を簡単に金で雇ってしまう程の権力がある為、なんとしても仕返しにくるのだ。

 それも恐れぬカオス君の精神。流石だのぉ」

「それで、救出する際に一つ。この『絶大なる力』関連で知りたい事がある。

 俺はたまに感情が昂ると『神の威厳』と言って、口に出した一言で相手を平伏させる力を発揮してしまう。

 そこでだ。それを制御する方法を知りたい」

「それは、自在に操るのか、それとも発作を止めたいのか。どちらかな?」

「勿論、自在に操りたい。封印された物をこれ以上押さえ込む必要は無いだろう」

「確かに……」


 グロースは俺から神の威厳について聞くと、椅子に座りながら腕を組んで唸る。


「うーん。言葉で相手を平伏させるか。一種の幻覚魔法かのぉ? 若しくは洗脳か。幻覚魔法とは回復魔法の発動と原理は同じなのだが……。幻覚魔法は多種多様で一つ一つ発動方法も異なる。

 それに、最もその話を聞いて可能性が高いと思えるのは『洗脳』だな。

 洗脳はたった一つしか無いから魔法とは呼ばすに洗脳という一言で表すのだが……。

 なにせ相手を下手すれば死に至らしめる物だからのぉ。うーむ、教えるべきか教えぬべきか」


 グロースはどうやら危険な魔法の為、生徒である俺に教えるべきか悩んでいる様だ。そこに俺は少しかまをかけてみる。


「グロースなら俺の力を知っているだろう? それに俺は絶対に人を殺さない。神に誓ってだ」

「……。分かった。教えよう。しかし、決してこの力を悪い様に使わないでくれ。もし、私の生徒が人を殺めたという話が上がれば、退学処分せざるを得なくなってしまう。再度入学は許されない。いいかな?」

「あぁ、分かった」


 俺はグロースの忠告を了解すると、グロースは洗脳のやり方について、俺の『神の威厳』の力を考えながら答える。


「先ず、カオス君のその神の威厳とやら力が、君が自覚している通りの封印された『絶大なる力』の一部ならば、それはこの世には存在せず、カオス君自身しか持っていない力。我々には不可思議な力となる。

 ただし、君の説明通りの『一言で相手を平伏させる』というのは、我々の知る洗脳の方法に類似しているのだ。

 それを踏まえて教える訳だが……何度も言うが、下手すれば相手を死に至らしめる力なのだ。

 では、説明しよう。洗脳は相手の体内魔力を自分の魔力と接続する事で操作し、相手の精神力問わず、意思を完全に殺す事が発動条件となる。どうやって魔力を繋げるだけで意思を殺すのかと言えば、そもそも我々は体内魔力を失うと気絶するのは分かるだろう?

 洗脳はそこに漬け込むのだ。相手の体内魔力を操作して一瞬で蒸発させる事で気絶まで追い込み、完全に気絶する前に、自分の魔力を相手に流し込み、常に接続状態を維持するのだ。

 つまり、接続中の相手は体内魔力が回復し全快状態であれど、自分の魔力では無く簡単に言えば魔核コアの 自動供給を停止させる事で、意識が朦朧とする中、辛うじて他人の魔力によって意識が保たれているという事だ。

 長々と話したが一般的には、ほぼ死んでいる人間の意識を強制的に保たせる事で診療所ではほんの僅かな間の延命治療という扱いになっている。

 して、これで何故死ぬ可能性があるというのは、体内魔力の枯渇で気絶しているとは言え、長時間の生命活動が行われていないと同じであり、身体が気絶ではなく、『死亡した』と勘違いしてしまうのだ。だから注意しなくてはならない。分かったかな?」

「あぁ、十分に分かった。その原理ならば俺の力で有れば死ぬ事は絶対にあり得ないと分かって安心した。グロースに試しても良いだろうか?」

「ううむ……分かった。だが万が一の為に多少は抵抗させてもらうぞ」

「それで良い」


 俺は理解した方法で神の威厳を実行しようとする。

 その方法とは、グロースの話が本当なら体内魔力が枯渇した直後の人間は、そのままの通り『空っぽ』の状態なのだろう。

 つまり、魔力による抵抗力が無くなる為、意思を殺す以前に、どんな軽い毒でも食らってしまうのでは無いだろうか?


 俺は、先ず察知魔法で体内魔力と空気中の自然魔力を接続し、グロースの魔力を察知する。そして察知した魔力と自分の体内魔力を接続し、操作可能状態に入る。まだグロース自体には特に変化は無い。

 ここからほんの一瞬だ。魔力操作でグロースの体内魔力を俺の身体に吸収、一時保存する事でいつでも戻す事を可能にする。

 そしてそれと同時に俺は声を発し、すぐに魔力をグロースへ戻す。


『伏せろ』

「っ……!?」


 グロースは体内魔力の枯渇と再生をほぼ同時にやられる事で意識は完全に覚醒させたまま、机に頭を付けた。


「な、何が起きたんだ……!? 抵抗する暇が無い!」

「暫くすれば徐々に戻る筈だ」


 暫くするとその通りになった。グロースは徐々に力を取り戻しながら、机にくっついた頭をゆっくり持ち上げ、正常な様子に戻る。

 ただ今神の威厳が行使された事は分かったが、言葉を発する時、俺は何も魔力を放出などする事も無く、単に若干語調を強めて言葉を発しただけだ。

 つまり、条件させ揃えばの話だが、俺の言葉には俺が元々神であるが故に、一言一言に微量な魔力が込められていると考えられる。

 何せ、本来なら人間が伏せろと言った所でそこに強制力は無いだろう。あるとしても偉大な権力やカリスマを持つ者だからこそ出来る物だ。


「なんという事か。軽く口で説明しただけなのに、それを完璧に応用して実行にまで移すとは……流石カオス君だ」

「あぁ、これほど簡単だったとは。これで本来の力の一部が取り戻せた気がする」

「うむ。これが君の『絶大なる力』の一部なのか」


 これなら、フィーリアを簡単に連れ戻す事が出来そうだ。

 俺は洗脳方法を教えてくれたグロースに感謝を述べ、グロースの部屋を後にした。

 明日の朝に決行する。特に準備する事は無いが、明日の朝を待とう。

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