第3幕 スペア

 ――そして。


『さぁ、遂にやって参りました! 世界中が注目するエンターテインメント、男と男の真剣勝負!』


 巨大スタジアムは超満員、リングの近くには幾つかのテレビカメラ。前々から聞いていたが、確かに注目度は高いようだ。リングの中央に立つアナウンサーが、観客の熱狂をさらに煽っていく。リングアナは片手をこちら側に向け、選手の紹介に入る。


『それでは選手の紹介に参ります! 片や弱冠15歳、身長169cm体重59㎏! 中学3年生の平均です! しかしスピード、パワー共に十分以上! 新進気鋭のバーサーカー、夜久霧矢――ッ!!』


 途中から訳が分からないことになってきたが、あえて突っ込まずにリングに上がる霧矢。相変わらず乱れた黒髪がライトを浴びて輝き、肩に垂らされた襟足が揺れる。浴びせられる歓声には適当に片手を上げて応じ、対戦相手がリングに上がってくるのを待つ――が、その前に視界に映ったのは、何故か、大鍋だった。


(……は?)


 場違いにも程がある。何故、こんなところに鍋があるのか。しかもやたら大きい。そのまま風呂に使えそうなほど大きい。そして、それを抱え上げる三人の男。短く切り揃えられた黒髪、褐色の肌、黒いサングラス。全く同じ顔立ちが、三つ。近くには同じ顔をした男がさらに三人。リングの上の霧矢を見つめる二人と、何故かスマホをいじっているのが一人。それらが視界に映った瞬間――MDC代表取締役社長、直属の上司たる唯の言葉が蘇った。


『六人で一人の男? 最終的に硫酸に溶かされて死んでたわ』

「はァん……テメェか」


 口元が三日月形に歪む。社長が勝てなかった相手。最終的に死んだとはいえ、勝負である以上は勝利が全て。つまり、これは代理のリベンジマッチというわけだ。


『片や六人で一人、一体につき身長175cm体重90㎏! 機械のような精密動作と圧倒的な集中力が持ち味です! 六体のDクラスフィクサー、その名もカーク・ガンカッター!!』


 リングの上の霧矢を見つめていた一人が、おもむろにリング状に上がる。観客の歓声には機械的に応えながら、彼は淡々とした視線で霧矢を見やる。霧矢も三白眼で彼を見返しながら、思考を巡らす。


(重量級……リーチは向こうの方が上……おまけに精密動作が得意で集中力が高いってこたぁ、難敵だな)



『それでは、Ready――Fight!!』


 開戦のゴングが鳴り響くと同時、霧矢は勢いよく右ストレートを放った。対し、カークは軽く身を捻って回避し、カウンターの一撃を放つ。霧矢はそれを腕をクロスして受け――両腕に、鉛玉のような衝撃が走った。しかし怯むことなく、霧矢は思考を巡らせる。


(やっぱ体格差だな……リーチもパワーも向こうの方が上だ。だが、勝機は絶対にどっかに転がってるはずだ)


 即座に反撃に転じ、一歩踏み込むと、カークの懐に入った。浴びせられた先制のパンチを拳で受け止め、その腹部に重い拳を叩きこむ。それはあっさりと回避されるけれど、それすらも織り込み済み。次の行動を見切り、カークが動く軌道上に一撃を叩きこむ。


「……ッ!」


 その一撃はカークの腹部に命中し、彼は一歩よろける。どうやらスタミナはそこまでないらしい。ならば動きを見切り続けて、予測し続けて、力で押し通せば――。


「らぁッ!」


 次々と放たれる拳がカークを狙う。あるいは避けられ、あるいは受け止められつつも、高速で放たれる拳のいくつかは彼に命中していた。腹部を打ち据え、胸部に叩き込まれ、肩口を殴りつける。だが。


(……全然、足りねェ!)

「「「「「「……ただものではない、か」」」」」」


 精神的には堪えた様子もなく、カークは呟く。肉体には少なからずダメージがあるようだが、精神を削ることはできていない。と、真正面から放たれたのは、弾丸のような右ストレート。反射的に腕をクロスさせて防御するけれど、その一撃は骨を砕かんとばかりに重く。


「ぐっ……!」

(思いっきりドーピングしてこれとか……向こうもやることやってやがんのかァ!?)


 だが、それをここで指摘する意味は薄いだろう。彼のすべきことは、この試合で勝利することだけ。歯を食いしばる霧矢とは別に、彼を俯瞰するような意識が現状を冷静に分析する。


(向こうは既に若干息が切れている……こっちには『施療』がある。スタミナはこっちの方が上だ。だったら長期戦が有利か? だが、1ラウンドは3分……あんまり長引かせるわけにもいかねえ。こっちにはドーピングで得たブーストがある。それを存分に生かして翻弄し、向こうがヤバくなりかけたタイミングを見計らって……決める!)


 ファイティングポーズを取りながら、息を整える。まだ『施療』を使うほどは疲れていない。傷もそこまで深くない。一旦カークから距離を取りつつ、冷静に思考を巡らせる。



 第1ラウンド、残り30秒。必死に拳を叩きこみながら、霧矢は冷静にカークの様子を観察する。今のところ彼は防戦一方、引きつった口元からは焦りが見て取れるが、それを必死に隠そうとしている感じがする。どうやら感情を見せるのが好きではないらしい……しかも、真冬のように感情が凍っているわけではなく、あえて感情を隠そうとしているような。

 一撃。鋭い右ストレートを叩きこむ。完璧なガードが崩れた瞬間、彼は三白眼をカッと見開いた。


「ここだァッ!!」


 一気に懐に入り込み、カウンターの拳を片腕で受け止める。もう片方の上で放つのは、抉り取るようなアッパー。それは見事にカークの顎に命中し、彼は仰向けに倒れた。すかさず審判が近づき、カウントを開始するが、カークは動く気配はない。そのまま10カウントが終了し、1ラウンド先取――審判の声に、霧矢がほくそ笑んだ瞬間だった。


「「「「「では、次は『スペア』を出そう」」」」」


 ――五つの声が重なる。不気味なエコーがかかった声が響く。顔を上げると、同じ顔をした男たちの一人がリングに向かって歩き出していた。倒れたカークをリングから引きずり出し、スペアの男がロープの外からファイティングポーズをとる。


 まさか。


「テメ……そんなん、アリかよ」

「「「「「我々は六体で一人。同じ『カーク・ガンカッター』なのだから、選手交代は問題ないだろう? なに、ばれなければ問題はない。試合を続けよう」」」」」


 ふざけた理屈を大真面目に語る、五重の声。

 ひどく冷静な十対の瞳に観察されながら、霧矢は奥歯を強く噛みしめた。

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