第2幕 手段は択ばない
「あぁもう!」
ミットを勢いよく殴りつけ、霧矢は苛立ったように赤い瞳を見開いた。鉛玉のように重いパンチを受け止める西田を睨みつけ、ラッシュと共に理不尽な罵声を叩きつける。
「おいテメェら! フッツーのボクシングしかしねーじゃねーか!!」
「いや普通そうだからな!?」
「あのなァ、この競技はフツーのボクシングじゃねーんだよ! ワケわかんねぇ敵がゴミのようにうじゃうじゃいるような競技だぞ!? それをフツーのボクシングで倒せるわけねェだろうが!!」
ボクシングの練習を始めて、間もなく二週間。遂に発狂したかと思われる言葉に、西田は助けを求めるように樋口に視線をやった。しかし樋口にも原因がわからないのか、彼はただ肩をすくめるだけで。最後に剛速球のような一撃をお見舞いし、霧矢は両手のグローブを高らかに打ち合わせる。
「なァ、テメェら! 話が通じないうえに、大した理由もなく巨大凱旋門に変身して爆走する女子と戦ったことあんのかよ!?」
「え!?」
「見習いのくせに圧倒的な戦闘力を誇るJKとは? 世界を滅ぼすレベルの情念を抱えた娘とは? 人間兵器とタイマン張れる実力を持った忍者とは?」
「待って下さい、君は一体何を――」
「あらゆる金属を自在に操る戦闘狂の妖魔とは? 六人で一人のなんかよくわかんねぇ男とは!?」
改めてまとめると滅茶苦茶な連中としか戦っていないな、と、霧矢の冷静な部分がツッコミを入れる。だが、そんなものに構っている暇はない。彼は何としても、勝利をもぎ取る決意をしたのだ。呆然と彼を見つめる二人に、霧矢はさらに叫びを叩きつける。
「そんな連中とバトるのに、フツーのボクシングで間に合うわけがねェだろうが!」
「……!」
「俺様はもう油断しねェ……絶対に、二度と恥は晒さねェ! 勝つためなら、手段なんざ択ばねェ。どんな手だって使ってやんよ!!」
言い放つ霧矢、その脳裏を前世の記憶が巡ってゆく。
前世、彼は『稀代の殺人鬼』と呼ばれた犯罪者だった。人を殺すことに生き甲斐を見出し、あるいは金のため、あるいは自身の欲求のため、老若男女あらゆる人間を殺し続けてきた。だが、転機は小さな油断。消し忘れた、ほんの小さな証拠。それを手掛かりに逮捕され、刑務所にぶち込まれて、絞首台に……そこまで思い出して、彼は勢いよく首を横に振った。ただでさえ乱れた黒髪がさらに乱れる。
そんな彼に、西田と樋口は顔を見合わせた。頷き合い、霧矢に視線を戻す。
「……わかった。そういうことなら、我々は全力でサポートするよ」
「あなたの事情は聞きませんが……絶対に負けたくないというのなら、こちらもサポートする準備はできています。ただ……一つ、質問があります」
「あァ?」
樋口の切れ長の瞳が霧矢を射抜く。彼が何を言わんとしているのか、霧矢には何となく想像できた。だから、先回って口を開く。
「俺様の回復能力のこと、かァ?」
「……はい、おそらく。詳細こそ不明でしたが、あなたが何かしらの能力者であることは確かでしたので」
「それなら期待すんじゃねェ。アレは対象に触れない限り、使えねェ外れ
彼の
対象に触れることで、あらゆる傷や病を癒すことができる能力だ。だが、逆に言うと対象に触れない限りは何もできない。というか、殺しに使えない。斬っては癒しを繰り返し、対象を長く苦しめることも可能といえば可能だが、そんな趣味は霧矢にはない。たまに指示を受け、仲間が受けた傷を癒すくらいしか、使い道はない。
「この競技において、この
――はずだった。
「そこでアウトボクシングですよ」
「アウトボクシングなら、敵と距離を保ったまま試合を行うことができる……距離が離れていれば、自分の身体に触れている間に攻撃を受けたりはしない。必要に応じてインファイトスタイルに切り替えることも可能だし、スピードとパワーのバランスが良い君ならいけるんじゃないかな?」
「でも俺様、リーチ短ぇぞ?」
……忘れがちだが、夜久霧矢は15歳である。
いくら殺人鬼の転生体とはいえ、あくまで中学3年生である。
身長も年相応なもので、170cmにすら到達できていない。もし相手の身長やリーチが自分より長ければ、アウトボクシングスタイルは使えないのだ。
しかし、と二人は言葉を続ける。
「そこをスピードで補うんだよ」
「相手より小柄なら小回りが利きますし、動き回って相手を翻弄することは禁止されていませんから。それに無駄に体重を増やしてしまうと、『スピードとパワーの巧みな切り替え』という霧矢くんの持ち味が死んでしまいますから」
「有名なプロボクサーも『最低限のガソリンだけを積んで勝負にいった方がいい』と言っていた。だから、そこまで無理をすることはないと思う。君の持ち味を生かす方向で調整していくよ」
「……成程なァ」
頷き、霧矢はグローブの中の片手を握りしめた。『施療』の
……麻薬?
ふと浮かんだ比喩に、霧矢は三白眼をかすかに見開いた。同時に脳裏に浮かぶ言葉は、『ばれなきゃあイカサマじゃあねえんだぜ』。この二人さえ説得すれば、やりようはいくらでもあるということだ。
唇を三日月形に歪め、彼は静かに問いかける。
「なァ――この試合、ドーピング検査はあんのかァ?」
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