第3幕 斬る者、操る者

「……あれは?」


 市街地の中心からやや南東の大通り。何体ものゾンビを打ち倒しながら、唯祈いのりは顔を上げた。先程から響く整然とした足音は、このゾンビパンデミックが発生した都市には似合わない。


(……対戦相手? ゾンビを使役している……?)


 ゾンビに親玉がいるという話は聞いていない。そう考えると、やはり対戦相手なのだろう。両手に握った朱色の槍を火車のように回し、周囲のゾンビを薙ぎ払う。それはゾンビたちの首を正確に貫き、灰色の身体は糸が切れたように倒れ伏した。彼らの接近を防ぐために槍型にしていた武器を直刀に戻し、唯祈は金色を追うように走り出す。


 彼女の特殊能力に、『斬魔刀』というものがある。攻撃が全て魔物特攻になるという、この状況にはうってつけの能力だ。戦闘の中で見極めていたが、どうやらこのステージのゾンビにも効果を発揮するようだ。もう一つ、『武器変形』。それを用いて直刀を槍の形に変化させ、ゾンビの接近を防ぎながら戦っていた。


(相手は恐らく精神操作能力の……それも、使役系の能力者。下手に近づくと私まで洗脳されかねない。けど……向こうの発動条件がわからない以上、慎重に動いた方がよさそうね)


 対戦相手をあえて避けながら、唯祈は洋館に向かって駆けてゆく。その唇が引き結ばれ、ギリ、と歯を食いしばる音がした。


(それにしても卑怯な手……到底、許容できるものじゃないわ)



「ふぅん……ここが目的地の洋館ね」


 金髪のツインテールを揺らし、唯は視線を上げた。ゴシック調の外装を見上げ、おもむろに腕を組む。


「センスとしては、まぁまぁって感じかしら……さて、ここでヒントを集めて吊り天井の広間を突破して、ピアノで月光を弾いて以下省略、ってわけね」


 先程ラジオから流れてきた音声を反芻しながら、唯はツインテールを揺らして振り返る。マリンブルーの瞳に映るのは、無数のゾンビたち。ガソリンスタンドを突破した時以上に、数を増やしている。一様に虚ろな表情をしたそれらを眺め、唯は演説でもするかのように両腕を広げた。その全身には傷一つ、ゴスロリの綻び一つない。それもそのはず、どんな攻撃も配下にしたゾンビで受け、あるいは攻撃を受ける前に洗脳してしまったのだから。


「適当に七、八人は私と一緒に来なさい。中を探索するの。他の連中は館の前で待機。もう一人の参加者を追い払って。それじゃあ……行くわよ」


 唯は不遜に振り返り、洋館の扉を押し開ける。

 その口元を、確信に満ちた笑みが彩った。



「……やっぱり」


 洋館に辿り着くと、唯祈は深く息を吐いた。周囲を固めるのは無数のゾンビたち。一般的なゾンビには、そこまでの理性はないはずだ。そう考えると……やはり、もう一人の参加者が彼らを操っているのだろう。


「私は洋館の中にすら入れずに、悠々とワクチンを手に入れるつもりね……」


 効率優先、ということだろうか。だが、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。彼女とて、勝利を望んでいることには変わりないのだ。

 朱色の双刀が、ほのかに桜色の光を宿す。槍の形に変形したそれをもたげ、唯祈は切っ先をゾンビたちに向けた。大きな瞳が凛々しい光を宿し、ゾンビたちを見回す。


「――私が鹿島唯祈、あなたの主人の対戦相手よ。かかってきなさい!」


 武士のように堂々と名乗り上げると、ゾンビたちは灰色の波のように彼女に向かって歩き出した。その数はざっと三十体といったところだろうか。彼女へと一直線に向かってくる彼らに、知能は付与されているのだろうか。それはわからないけれど――と、唯祈は片足を引く。大きな瞳が凛と輝き、片足が勢いよく地を蹴った。


 刹那――その姿が、紅い閃光となって掻き消えた。ゾンビたちには何が起こったのかすらもわからなかっただろう。一瞬ですべての首が飛び、灰色の身体はこと切れて倒れ伏す。その向こう、洋館の扉の前で長い黒髪の少女が振り返る。彼女――唯祈はふっと微笑みを浮かべ、こと切れた屍たちを視界に収めた。


「……『殺戮の光刃』。ごめんなさい、あなたたちに時間を割いていてはきりがないもの」


 それは、一瞬で最大数十メートルの距離を駆け抜け、すれ違いざまに敵を両断する技。それをまともに受けたゾンビたちは、残らず首を飛ばされてこと切れている。唯祈は彼らから視線を外し、目の前の扉を見つめた。そのドアノブに手をかけ、警戒に目を細めながら……ゆっくりと、押し開く。

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