炎将ボルトー

第16話・炎将ボルトー誕生

 これは、異界サルパ人のボルトーの幼少の頃から、ボルトーが『炎将』と呼ばれるようになるまでのお話──。



 炎将ボルトー【九歳】


 銀牙系に浮かぶ、別宇宙から惑星ごと転移してきたサルパ人の子星惑星【新・サルパ星】

 その星の中にある町に、裕福なサルバ人が所有する大きな屋敷があった。

 実業家の両親を持つ、幼きボルトーには、二つ歳上の兄『ラチェット』がいた。


 いつも独りで遊んでいたボルトーの、最近のお気に入りの場所は屋敷の敷地内にある林に建造中の神社と呼ばれる、不思議な建造物の建設現場だった。

 血球人や、ピンク肌に青い虎柄模様が浮かぶサルパ人の職人たちが、作業をしている光景を眺めるのが、ボルトーは大好きだった。


 今日も、今は砕けて小惑星帯になってしまった赤い海の星、血球出身の生粋の血球人宮大工の棟梁とうりょうが、カンナで木材を削って出てくる、薄い木の帯を魔法でも見ているような目で、赤い髪の少女は興味深く眺めていた。


 材木を削っている、宮大工の棟梁が、幼いボルトーに訊ねる。

「お嬢ちゃん、おもしれぇかい?」

「うん、おもしろい。まるで、魔法使いの魔法みたい」

「そうか、魔法使いか」


 棟梁は、ボルトーに自分は血球人最後の宮大工〔でぇいく〕で名前は『カスガイ』と名乗った。

「お嬢ちゃんの、お父さんから好意で宮大工の仕事を頼まれて、サルパ人には不必要な神社を造ってはいるが……これが、オレの大工でぇいくとしての最後の仕事になっちまうな」


 ボルトーは、大工の仕事音の中で林の中に響く木槌の音が大好きだった、木と木がぶつかって発する軽快な音にボルトーの心は弾んだ。


 やがて神社は完成の日を迎え、棟梁が去る日がやって来た。

 寂しそうな目で、最後の宮大工を見上げるボルトー。

「行っちゃうの」

「神社が完成したからね……もう、ここに居る意味が無くなった」

 少し涙ぐんでいる、ボルトーの頭を、姿勢を低くしゃがんだ棟梁は優しく撫でながら言った。

「お別れだ、何か欲しい道具があったらあげるよ……言ってごらん、もう大工仕事で使うコトもないだろうから」

 ボルトーは、棟梁が腰から吊り提げている、木製のハンマーを指差す。

「それが欲しい、木のハンマー」

 棟梁は木製のハンマーを、涙目のボルトーに渡す。

 涙を拭って、木製ハンマーを握り締めたボルトーが、今日でお別れの棟梁に言った。

「大事にする……宝物にする」

 最後の宮大工は、ボルトーに背を向けると去って行った。



 炎将ボルトー【十四歳】


 十四歳の誕生日の前日──サルパ軍の退役軍人で、功績を認められている英雄の祖父が、ボルトーに訊ねた。

「誕生日のプレゼントは何がいい?」

 ボルトーが言った。

「おじいちゃんが持っている、勲章の星が欲しい」

 ボルトーの祖父は、衛星級のクリスタル結晶宇宙船を、勲章としてサルパから贈られて所有していた。

 その輝く結晶宇宙船は、宇宙の宝石と称されるほどだった。

 普通の祖父なら、孫の要望でも。宇宙船を十四歳の孫娘に誕生日プレゼントで与えるコトは躊躇ちゅうちょするのが普通だが……さすが、異界サルパ軍の英雄は違った。

「そうか、そうか、おじいちゃんの勲章が欲しいのか……可愛いボルトーにあげるよ♪」

 ボルトーの祖父は孫娘に激甘の、極度の爺バカだった。

 こうして、宇宙の宝石はボルトーの個人所有物になった。



 炎将ボルトー【十五歳】


 ボルトーは、町の剣術指南道場に通っている、大好きな兄ラチェットを慕いボルトーも兄と同じ【次元流】の剣術道場に通いはじめた。


 次元流というのは、サルパ人に脈々と伝わる、原始呪術的な要素を含んだ、奇怪な特殊技能剣術で。

 数年に数名しか、奥義に辿り着く者がいない。

 空間を越えて相手に奇襲で攻撃をする……それが次元流の奥義だった。


 もっとも、奥義に辿り着けなくても。それなりの護身術的な剣技を身につけるコトはできる。


 あろうコトか、元々素質があったのか。ボルトーは道場に通いはじめて数ヶ月で兄ラチェットの腕前を越えて、次元流の奥義まで修得してしまった。


 道場にいた先輩門下生で、一人だけ奥義を得ていた成人のサルパ人男性が。

 ボルトーの才能を妬み、手合わせ試合を申し込んできた。

「本当に、奥義を得るに相応しい剣技の腕前なのか。オレが手合わせで試してやろう」

 男性には(生意気な小娘が……ここで潰してやる、天才はオレ一人で十分だ)

 そんな、強い妬み心と慢心があって。挑んだ手合わせ試合だったが……結果は十五歳のボルトーに、こてんぱんに打ちのめされ。

 その日を境に、道場には姿を現さなくなった、



 炎将ボルトー【十九歳】


 十九歳になったボルトーは、兄が所属する異界サルパ軍の軍人養成学校の、士官コースに入学した。

 寄宿舎で持参した荷物ケースを開けた時……ケースの奥から子どもの頃に、でぇぃくの棟梁からもらった木製ハンマーが出てきた。


(無意識に荷物の中に入れちゃったんだ……懐かしいな)

 軍人育成学校でもボルトーは、才覚を発揮して特例で学生の身分でありながら。

 戦艦を一隻指揮できて、戦場に出撃可能な上官階級にまで学生昇格した。


 順風満帆なボルトーの人生に転機が訪れる。

 兄のラチェットが、宇宙戦艦を一隻奪って。異界サルパ軍に対して反旗を翻した。

「軍事力で他の惑星の侵略を良しとしている、今の上層の考え方は間違っている!」

 ラチェットの起こした行動は、異界サルパ軍にとって規律を乱す重大な軍規違反で……ラチェットは反逆者のレッテルを貼られた。


 その、兄ラチェットの討伐を命じられたのが、妹のボルトーだった。

(そんな……実の兄を討伐するなんて)

 悩み続けたボルトーは、困惑した状態のままラチェットが乗艦している宇宙戦艦の包囲網が進行している星域へ。

 クリスタル結晶の衛星級宇宙船で出撃した。


 ラチェットの艦を陣形で取り囲みはじめた星域へ、跳躍航行で現れたボルトーは、いきなり結晶の槍を飛ばして。

 味方の戦艦数隻を串刺しにした。ボルトーの裏切り行為に。

 旗艦に乗っている、学校の教官〔先生〕が激怒する。

「ボルトー! 今、自分が何をやったのはわかっているのか! まだ間に合う、おまえには才能がある、サルパ軍の幹部にまで昇格できる才能が、考え直せ! 兄を討て!」

「先生……ごめんなさい、あたし、やっぱり実の兄を攻撃なんてできない……軍の育成学校も辞めます」


 ボルトーは、兄を包囲していた戦艦陣形を、串刺しで次々と崩し。

 脱出空間を作り、兄のラチェットを逃がし。自分自身も、結晶宇宙船で跳躍して姿を消した。


 この日から、ボルトーはサルパ軍から『串刺しボルトー』『炎将ボルトー』と呼ばれるようになった。


 炎将ボルトー誕生~おわり~

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銀牙無法旋律【プチ】 楠本恵士 @67853-_-

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