第2話 涙ですっきりしたから  

店長は自分の分のモーニングをテーブルに置くと

「腹が減っては戦ができません。まずは食べましょう。それから何があったか話してくれませんか」店長の目は真剣でいつもの人懐こい笑顔だった。


「何がって何があるっていうの。そうよ。」

彼女は力が抜けていくように、そのままパイプ椅子に座った。

その瞬間思い出した。

思い出したくないこと。

現実逃避してきたこと。

それからは涙がひとりでにでてきて止まらなかった。

ひとしきりなくと、ぽつりぽつりと語りはじめた。


店長は、いつもの常連さんの危機にいち早く気が付いていた。そして休憩室に連れていくようにいった。

その代わりにこのくそ忙しい時間帯に、僕が店の厨房と接客で忙しく動き回るはめになったが…。


そして40分近く経った頃、僕と交代で店長は店に出た。

彼女の血の気のない思い詰めた顔が、いつもの顔に少し戻ったのを見て安心した。


「彼女は心配かけたわね」と少し唇をほころばせる。

この瞬間、僕は高揚感に包まれる。


目の前のティッシュの山は、すっきりした残骸。


店長は、常連さんが一人かけても落ち着かないという。

僕はこの店に来たのは5年前で、店長の境地にはまだまだなれない。


だが、この店のお客一人一人が僕を育ててくれたようなものだ。

特に暇を持て余した爺さん婆さんの中でキャリアウーマンの彼女はかっこよかった。服装も気合が入ってて流行りの色や型を意識していつも、素敵だった。

パソコンを広げては仕事前のチェックも怠らない。

その姿は僕の以前の姿と被るところもあった。

だからこそ、ここでの時間は見守ってあげたかった。



しばらくして彼女は俺たちに何度もお礼をいって、店の子が忘れていったズックと傘を身につけ出ていった。

そのあと店長に彼女のことを聞いた話では、係長になった頃から片頭痛や緊張のためか胃の痛みが増してきたという、それでも頑張りつづけてきた会社からリストラにあった。

その重みははかりしれない。

しかも年齢だけが上の仕事ができない同僚が居残ることになっていた。今まで張り詰めた糸が切れた。頭の中が怒りと絶望でこれからの人生どうしたらいいのかわからなくなっていったそうだ。


店長は、何人かの客が帰るときに渡された名刺を僕に見せてくれる。

彼女へのメッセージも添えられている。

そうこの店。

いっけん、時代に取り残されたような外見だが某有名会社の会長や社長が常連で何人もいる。

彼女の真摯な姿を、ずっとみて応援してきた人たちが。

僕も前職は某有名企業のトップ営業マンだった。

自信に溢れていた時期から、やがてお客が増えなくなって仕事に疲れてこの店にやってきた一人。

なぜか、僕のスカウトマンは店長だけだったけど。



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クースケ @kusuk

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