第15話 お兄様の好みの女性のタイプって?
善は急げ。
まずは聞き取り調査だ。
アーノルドの好みのタイプを確認する。
会う前の段階で希望が一致しなかったら双方不幸だ。やたら無駄打ちをするより、アーノルドのほうからそれとなく歩み寄ってくれそうな相手に打診するのだ。
そういえば、アーノルドの好みのタイプの女性など考えたこともなかった。彼が結婚も交際もまったく臭わせてこなかったからだろう。
そもそもの段階で、レギーナは兄にもそういう願望や欲求がある可能性を一切考慮したことがなかった。
もしも本当になかったとしたら、そこでレギーナがしゃしゃり出てはただのお節介で、みんな不幸になる。特に当事者である兄は傷つくだろう。彼を幸せにしたくてやることだというのに逆効果だ。
まずは兄の希望を聞かなければ。
ただし、自分が花嫁探しをしているというのは伏せて、だ。バレたら余計なことをするなと怒られるに決まっている。
兄は自分が庶子であることを気にしている。
そんなの関係ない。結婚したくないのではなく、したくてもできないというのなら、結婚してほしい。
レギーナは普段アーノルドが剣の鍛錬をしている城の裏庭に向かった。
そこでは、筋骨隆々とした騎士たちがすさまじい闘気を見せて互いに剣を打ち合っていた。鍛練用に刃を潰した剣だが、それでも鉄の棒だ。重いし、打たれたら怪我をする。さすがのレギーナも震えた。
木陰に潜んで様子を眺めていると、騎士のうちのひとりがレギーナに気がついてくれた。
「レギーナ様? 何をなさっておいでですか」
「ちょっとお兄様とおしゃべりをしたいのだけど、お忙しいかしら?」
すると彼は歯を見せて豪快に笑った。
「アーノルド様にはレギーナ様のお話より大事な用事などございますまい!」
レギーナはちょっと頬が熱くなるのを感じた。兄は何をしていてもレギーナのなんでもない話を優先してくれるのだ。
仲間たちが剣を下ろし、奥にいたアーノルドを呼ぶ。
鍛練用のシンプルな服を着たアーノルドが、汗を拭いながら小走りで近づいてくる。
こんな状況で女性の好みを聞き出そうとする自分が浮ついた能天気なやつに思えてきたが、いまさらだ。
「ちょっと聞きたいんだけど、いい?」
「何だ」
「お兄様の思う理想の女性って、どういう雰囲気の方?」
アーノルドは面食らったらしく動きを止めた。
レギーナは慌てて両方の手の平を見せた。
「あっ、別に、ないならないでいいんだけど! お兄様が女性に興味がないとか、そういうことならしょうがないんだけど!」
「いや、そういうわけではないが、いざ問われるとあまり考えたことがなかったな……」
真面目な顔でひとり腕組みをする。
「そうだな」
レギーナはドキドキした。
「まず、騒々しいよりは静かで穏やかな方がいい」
ちょっと、うっ、となった。自分自身が静かで穏やかとは程遠い、騒々しいタイプだからである。
「刺繍や編み物が上手で」
また、うっ、となった。レギーナはけして不器用ではなかったが根気が続かないので、集中してやらなければならない作業が苦手だった。
「自分の父や兄をぶったり蹴ったりしない」
またまた、うっ、となった。ついさっき父に回し蹴りを喰らわせてきたばかりだ。
「婚約者候補を連れ回したり追いかけまわしたりしない」
つい先日までの自分の所業を思い出した。
「……お兄様……」
「何だ」
「遠回しにわたしではダメとおっしゃってない?」
「わかったか」
レギーナが下唇を噛み締めてぷるぷる震えると、アーノルドは珍しく声を上げて笑った。
「すまなかった。ちょっとからかってみたかっただけだ」
兄にとってはからかっただけのつもりかもしれないが、レギーナにとっては冗談ではないのだ。世の男性にそういう女だと思われているとなったらへこむどころの話じゃない。だから十回も婚約破棄されたのかと落ち込んでしまう。
「……申し訳ない」
沈黙し続けているレギーナが痛々しくなったのだろう。兄は大きな手を伸ばして、レギーナの頭を撫でた。
大きな、戦う者の手だった。
「言い過ぎた。お前を傷つけてしまったな。俺が考えなしだった」
「ロビン様も同じことを考えていたらどうしよう」
「大丈夫だ、あの男はあれでなかなか見所はある。それにこの程度で別れると言い出すような男ならこちらから願い下げなのだ」
レギーナは深く息を吐いた。
「ただ、まあ、静かでおっとりとした、落ち着いた女性というのは本当だ。これはお前への当てつけではない」
話がもとに戻ってきたぞ。レギーナも気を取り直す。心のメモに記入。
しかしよかった。兄はまったく女性に興味がないわけではないのだ。それならそういう女性を探し出して引き合わせる。ここからはレギーナの腕の見せどころだ。
それにしても――どこかで聞いたことのあるような女性だ。
「……ねえ、お兄様」
「おう」
「それって、お母様のことだったりしない……?」
アーノルドが一瞬悲しそうな顔をした。
「マグダレーナ様は、本当に素晴らしい女性だった。俺は幼心にああいう女性を良妻賢母というのだと思っていたものだ」
レギーナはまたもや落ち込んでしまった。
我が母のことながら、兄の理想が高すぎる。
「お前は深く気にしなくてもいい」
何を勘違いしたのか、兄が言う。
「マグダレーナ様は父上と結婚した時で三十、お前を生んだ時点で三十二歳だったのだ。成熟した大人の女性だ。まだ十七のお前が自分と比べるな」
「そういうものかなぁ……」
「ああ。お前も十年ほど経てばそういう女性になっているに違いない」
兄の手が、頭から頬に移動する。温かい、分厚い筋肉の、だが優しい手だ。
「お前はマグダレーナ様によく似ている」
「顔はね」
「少女時代もそういう雰囲気だったと父上がおっしゃっていた」
「そっかぁ。わたし、完成されたお母様しか知らないからなぁ」
「子供はそういうものだ」
そして微笑む。
「お前は今でも充分魅力的だぞ」
こうして誰にでもこういう優しい笑顔を見せてくれれば、と思う。
彼は他人と――普段は家族とも――顔を合わせている時はいつも眉間にしわの寄った険しい顔だ。これでは近寄りがたいと思われてしまう。本当は優しくて甘いことを知らない女性が怖がりはしないかと思うと、この先がちょっと心配だ。
兄が本当はこういう優しいところのある人だ、というのを、妹の自分が宣伝しなければ。
レギーナは決意を新たにしたが、兄は兄で勘違いしたまま話を続ける。
「何を言われたかしらんが、あまり落ち込むな」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「お前にそういう顔をさせるような男と結婚させるわけにはいかんな」
気がついたらロビンの評価が下がっていた。レギーナは慌てて首を横に振り、「わたしの話じゃなくて」と言いかけた。じゃあ誰の話なんだ、となるとまた話がこじれていく。途中で言うのをやめ、話を切り上げた。
「と、とにかく、わかったわ! 静かでおっとりとした、落ち着いた女性ね!」
「別にお前が目指す必要はないからな」
「わかってるわよ! ロビン様はありのままのわたしを愛してくださるもん! お兄様のバカ!」
「バカは余計だこのじゃじゃ馬!」
レギーナが小走りで庭を後にすると、妹の挙動不審に慣れたアーノルドはすぐ鍛錬の続きに戻った。
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