第42話 研究者は語りが止まらない


 設計図が完成した翌日、ロイフェルトとトゥアン、それに何故かミナエルも加わって研究室に集まると、早速、飛行用魔導ボードの作成に取り掛かることになった。


「まずは昨日の内に加工しやすい様に加工液に漬けといた甲百足ヘイムセンピードの外骨格を取り出そう」


 ロイフェルトはすっくと立ち上がると、研究室の素材倉庫へと足を向けた。


「加工液とはなんですの?」


 疑問を口にするミナエルに、ロイフェルトは素材倉庫の扉を開きながら答える。


「魔虫の外骨格は、金属素材と違って熱して叩いたり伸ばしたりは出来ない」


「それはそうですわね」


「だから加工するときは、削って形を整える必要がある。だが良い素材であればあるほど、硬度が高くてなかなか削れない」


「そこで登場するのがその加工液と言う訳ですの?」


 その問い掛けに、加工液に満たされた樽の前にたどり着いたロイフェルトは、コクリと肯定の頷きを返す。


「そうそう。魔虫由来の素材は高濃度のマナを通す事で加工出来るようになる。だが、加工できるほど高濃度のマナを通すとなると、かなりの量のマナ……具体的には上級結界魔法を一日張り続けるくらいの量のマナを消費する事になるし、何よりそこまでのマナ量を保有する人間が、わざわざこの手の職人になったりしないだろう」


「まぁ、その通りですわね。そもそも国がそれを認めないでしょう。そこまでのマナを保有しているのであれば他の要職に就く事になるでしょうし」


「だろうね。だから魔虫由来の素材はしばらくの間、開発が進まなかった。精々、翅をなんとか形を整えて刃物代わりにしたり、外骨格で人間の体に合う大きさのものをつなぎ合わせて鎧の代わりにしたりする程度だった」


「そそそれでも、安価でしたので、おおお金の無い成り立て冒険者達が次の段階に進むまでのだだだ代替え武具として人気があったそうですね」


「そうそう。貴族の間では全く広まらなかったけど、庶民の間ではそれなりに人気があったみたいだね。だけどこの加工液が開発された事で、魔虫由来の素材の評価が一変する」


 研究者リサーチャーとしての説明好きの血が騒ぎ出したロイフェルトは、ノリノリになって話を続ける。因みにそれ見たトゥアンは、アチャーと額を抑えているが見て見ぬふり。


「この加工液を生み出したのはそれまで無名だったいち冒険者だ。元々は、とある魔物が吐き出す粘液が外骨格系装備の表面を僅かに溶解させたところを見て、その粘液を何かで薄めれば手入れを楽にできるのではないかと考えて作り上げたワックスのような物だったそうだ。お金の無い冒険者の生活の知恵ってやつだな」


「基本、装備の手入れを他者に任せている貴族では、魔物の粘液を利用するだなんて思い付きもしませんわね」


「だろうね。んで、しばらくその……仮に簡易ワックスと名付けようか……その簡易ワックスを使って武具の手入れを続けていた冒険者だったが、ある日その事・・・に気が付いたんだ……その自分が作った簡易ワックスで磨いた武具に、微かにではあるがマナが集まり出している事に! ホントに微かな量のマナだったらしいんだけどマナはマナだ。マナ量の少ない平民階層の冒険者にとっては、微かではあってもマナを集められるってのは大きな効果だ」


「確かに、魔法に依らずマナを集束出来ると言うのであれば、大きな効果ですわね」


「だろう? 他の人間も勿論そう考えた。それでそれから色々研究がなされた訳だ。切っ掛けが魔物の粘液だった事から、色んな魔物の粘液で簡易ワックスを作り始め、様々な配合が試され、何がマナ集束に影響してるのか、如何すれば集束の効果が高まるのか、どんな素材にこの効果が付きやすいのか、少しずつ研究が進み、やがて細分化されていった」


「とても興味をそそられる話ではありますが、わたくしが知りたいのは、加工液とは何かと言う話ですわ」


「まぁ、聞けよ。ここからが面白いんだ。この頃なんだ、魔虫由来の素材の加工には高濃度のマナが必要だと言う事が広まったのは。その細分化され研究の一つがこの加工液の開発に使われたという訳だ。この加工液に漬け込んだ素材は、その表面に大気中のマナを集束する性質が生まれ、同時に素材が持つマナに対する抵抗力を中和して加工に必要なマナ濃度のハードルを下げる・・・性質が付け加えられる。集束されたマナ利用して、抵抗力が中和されている素材を砥石で削ったり、金属の板のように曲げたり、研磨剤で表面を磨いたり、表面に神代文字ルーンを刻んだりする訳さ」


「…………要するに加工液とは、その硬度とマナ抵抗力により加工しづらい魔虫由来の素材を加工するため、マナの集束とマナへの抵抗力の中和という二つの効果をもたらすよう配合された液体と言うところですか?」


「その通り。この加工液の開発のお陰で、今まで大した加工も出来ずに素材その物を無理矢理武具に仕上げていた代物を、立派な装備として加工できるようになったんだ。元々魔虫の素材から作られていた武具ってのは、金属製の武具に比べてもマナを通しやすいって特徴があったんだが、如何せん加工のしづらさから見た目が素材そのままなんで、特に女性冒険者には人気が無かった。でも、ある程度加工に自由度が出てきた今では、ミスリル製の武具の代替品としてなかなかの人気商品になっている」


「良いところ尽くめに聞こえますけど、それならばもう少しわたくし共の間で普及している筈ではありませんか? わたくしの身近には、魔虫由来の装備を使用している者はいらっしゃいませんが……」


「そりゃ、貴族は実用性だけで装備を整えたりしないからだろ。同程度の性能であれば、やはり金属製の装備の方が価値が高いしね。それに加工液には欠点もあるし」


「欠点ですか?」


「そう。加工液に漬け込み過ぎると素材が変質して折角の硬度が失われるんだよ。だから漬け込む時間には最大限の注意を払わなくちゃならない。しかもその効果を素材に定着させる事は出来ず、一定時間が経てば自然とその効果は失われていくから、出来るだけ効果が持続するように見極める【眼】が必要になる。加工内容によって、必要なマナ濃度も違ってくるし……。要するに、加工の幅は広がったけど作成難度は高く、作れる者が限られるから量産は出来てないって訳だ。だから装備一式を統一する騎士団なんかでは扱いづらいし、冒険者とか傭兵とか、組織に所属している人間より、個人で動く人間の方に需要が固まるんだよ」


「それに金属製の装備に比べると、全く同型の物を作るのは難しそうですわね。確かに量産品として市場に出すには不向きな素材ですわ」


「まぁな。武器にするにしても防具にするにしても、元が生物由来の素材だけに大きさも質もバラバラだし、それを無理矢理同じ大きさに加工したり、同程度の質の素材を揃えたりするのはかなりの手間だ。簡略化も出来ないし職人もそんな手間の掛かる作業はやりたがらない」


「数打ちの武器や防具は、平均的にそれなりの性能を備えているものです。それは、数多く造り続ける事で職人の技量も上がっていくからでしょう。そうやって鍛冶職人は育っていくものだと思っていましたが、その常識が魔虫素材を扱う職人の間では通用しないのですね」


「そうなんだよなぁ。魔虫素材に関しては、ある程度経験のある鍛冶職人が取扱うから、駆出しが関わるような工程が存在しないんだよね。素材を扱う職人が少なければ、装備の普及が進まないのも当たり前だよなぁ。店でもあまり品揃えは良くないし」


「そうなんですの?」


「そうなんだよ。冒険者からの需要は間違いなくあるんだけど、売る立場に立つと、数を揃えて価格を抑えられる金属製の武具を中心に店に卸すのも分かるんだよなぁ。卸して売れ残ったら不良在庫になるし」


「不良在庫……商いという観点から見れば、そう呼ばれてしまうのですね。それでは魔虫素材の武具は、職人がいる工房に直接作成を依頼する形になるのですか?」


「そうだな」


「それでは、ほぼオーダーメイド品と言う事になりますわね。なかなか広まらないのも当然ですわ」


「だよなー…………いっその事、鍛冶屋スミスじゃなくて道具屋アルケミストが作った方が、広まるのも早いかもな」


「何故ですの?」


「魔虫素材の加工は、マナの扱いに長けている必要がある。加工液の作成にもマナが必要だ。鍛冶屋スミスより、道具屋アルケミストの方が………」


「マナの扱いに長けている……という事ですか。それは確かに一理ありますわね」


「だろ? とにかく魔虫素材を加工出来る人材をたくさん育成できれば、その中から武具を専門に扱う職人が出てくる事になるだろうし…………」


「なんとも気の長い話ですわね」


「…………よくよく考えてみれば、俺、別に魔虫素材で金稼ぐこと考えてるわけじゃないし、魔虫素材職人の行く末まで考える必要皆無だったわ」


「ビックリするので、唐突に正気に戻らないで下さいまし。ここまで話しを膨らませたのはロイさんでしょうに……」


「話しを振ってきたのはアンタだろ…………まぁ、いいや。武器が欲しけりゃ自分で作ればいいんだし」


「そそそそそそそそそうですよロイさん! ろろロイさんなら自分で武器も防具も作れるし、なな何より今は飛行用魔導ボード作成に集中しなくちゃじゃないですか!」


「そう言えば、ロイさんは魔虫素材の加工に自信がお有りですの?」

「ぁ………」


「当然だろ。んじゃなきゃこれを使ってボード作ろうだなんて思わねーよ」

「ぃ………」


「ですが、今までロイさんが魔虫素材の装備品をに付けているところをご拝見した事は御座いませんが……今までのお話を聞いた限りでは、加工にはかなりの技術が必要なのでしょう?」

「ぅ………」


「魔虫素材を加工するにはマナの扱いが重要だって言ったろ? この国で、俺以上にマナ操作が出来る奴、どんだけ居るんだよ。今からアンタに加工液の作成から実際の加工の仕方まで、全部詳しくレクチャーてやっても良いんだぜ?」

「ぇ………」


「それはなかなかに興味をそそられるお話しですが、わたくしが満足出来る程の理性と知性に満ちたご説明をお聞かせ頂けるのですか?」

「ぉぅ………」


「ほほう………そこまで俺の話を聞きたいとはな。良いだろう! その耳かっぽじって聞きやがれ!」

「…………」


「下品な仰り方が些か気になりますが、わたくしを満足させる自信がお有りならやってみれば良いでしょう!!」










「…………シクシクシク…………」


 その後、二人の会話は更に深まり、気付けば日をまたぐほど時間が過ぎていた。


 その事にようやく気付いたロイフェルトとミナエルの二人は、満足気な表情浮かべて(ロイフェルトは好きなだけディスカッションが出来たことに満足し、ミナエルはロイフェルトとあまり喧嘩もせずに会話出来たことに満足した)研究室から立ち去ったと、最早灰となった某研究員トゥアンは話しておりましたとさ。


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