第41話 研究者は思考の奥深くまで沈み込む


「さて……コイツをどう加工りょうりしていこうか……」


 洞窟ダンジョンで採集した素材を前に、ロイフェルトは思い悩んでいた。


 先日、洞窟ダンジョンの魔虫から多くの素材を得た訳だが、目の前にあるのは甲百足ヘイムセンピードの外骨格だ。黒光りするその外骨格は、一見すると頭文字Gなアイツに見えるが、歴とした武具や魔導具などの材料となる特選素材なのだ。


 マナの通りが良く、神代文字ルーンを刻んで作った武具は、ミスリル製の装備には及ばないものの、武器としても防具としても高い性能を見込む事が出来る。


 ただ今回は武具の材料としてこの外骨格を求めた訳ではない。あくまで自分が空を飛ぶ為の魔導具を作るために洞窟ダンジョンまで足を運んだのだ。


「ま、魔虫から得たそそ素材は加工が難しいとおお仰っていましたが、ここ今回はどんな方法でかか加工するつもりなんですか?」


「基本は時間をかけて削るところから始めるつもり。いくつかパーツを分けて作って組み立てようと思ってる」


「そそそうなんですね。てっきり無理矢理いい一枚の板に加工するのかと……」


「どう考えてもそっちの方が難しいだろ。盾だってプレートメイルだって部品ごとに作って組み立ててるでしょ?」


「そそそう言われればそうですね」


「それに、壊れた時の事を考えてみな。一枚板だと壊れたら、また一から全部作り直さなくちゃならないだろ? パーツに分けて作れば、壊れたパーツだけ取りかえりゃ良い」


「ななななるほど! そそそそこまで考えて無かったです……」


「あとは、ボードを飛行させる為の細工も仕込まなきゃなんないんだけど、組み立て式の方が仕込みやすいって事情もある」


「た、確かに一枚板だと仕込みづらいかもしれませんね」


「問題はボードの形をどうするか…………やっぱ、サーフボード型かな? 見た目的に…………あ、でも揚力はどうやって生み出そう…………空気抵抗を揚力に変えて……なら、流線形にしないとだめだよな。更に作成難度が上がりそう…………推進力を俺の法術で強化して、更に大気にマナを送り込んで効率良く揚力を作り出して…………操作性を考えて足の接地面に………………」


「ろ、ロイさん…………ロイさん? んー…………また始まっちゃいましたか…………」


 自分の思考の中に沈むロイフェルトを見て、そっとため息を吐くトゥアン。これまでの経験上、こうなると彼の意識が浮上してくるまで、只ひたすら待つしかない事が分かっているからだ。


 じっとその様子を伺っていたトゥアンだったが、その表情が突然ぐひゃりと歪み、気色の悪い笑みが浮かぶ。


「……まぁ、なな悩む夫を黙って支えるのも、つつつつつ妻の役目ですし………つつ妻……妻………ぐへへへへ……………」


 そんなトゥアンの様子には目もくれず、ロイフェルトはペンを手に取って設計図を画き始める。


「ターンの事を考えれば、テールはムーン型の方が良いかな……でもそうするとまた作成難度が……無難にスカッシュ型の方が良いかな………流石にサーフボードより、幅広にしないと揚力付けるの難しくなるよな………なんか、サーフボードってよりはデカめのビート板みたくなってきたぞ? 断面図は流線形だけど…………あ、フィンは如何しよう。斜面を滑って推進力を生み出すつもりだったからなぁ。飛行中は必要だけど、滑ってる間は邪魔だよな? …………滑空し始めてからフィンが飛び出る設計にしようかな…………」


 そうして描き上った設計図を前に徹夜明けの研究員のやりきった感溢れる笑みを湛えるロイフェルトと、それをぐへへへぐへへへと薄気味悪く見つめるトゥアン。


 すると、トントンとノックが鳴らされる。ところが二人はそれに気付かない。


 まぁいつもの事であるが。


 研究に没頭すると全く周りが見えなくなり、何も聞こえなくなるのは研究者リサーチャーの性である…………とは、ロイフェルトの言葉だ。


 ノックをしたのは、何度も同じことを繰り返すロイフェルトに苦情を言った際にそう返され、柳眉を立てて怒鳴り返す事をそれこそ何度も繰り返す、雷帝ことミナエル・フォン・ベラントゥーリーである。


 ミナエルは、バタンと勢い良く入り口の扉を開くと、飽きもせずこれ迄と同じように怒声を上げる。


「ロイさん! 何度も何度も何度も何度も何度も何度も言っておりますが、ノックをされたら返事くらいはして下さいまし!!」


「…………それこそ……何度も何度も何度も何度も何度も何度も言ってるが、研究に没頭してると周りは見えなくなるし、何も聞こえなくなるんだよ! これは研究者リサーチャーの性だ!! アンタにゃ勝手に入ってこいと言ってるだろうが! 何度も言わせるんじゃねーよ!!」


「ノックをするのは儀礼上当然の事です! それに対して何かしらの反応をするのは人として当たり前のことでしょう?!」


「だから研究に没頭してると聞こえないんだよ! だいたいそっちの価値観を押し付けるんじゃねぇって何度も言わせんな!」


「価値観云々の話しではなく………っ?!」


 と、そこてふと、視界の片隅で微かに蠢く存在に気付いてビクッと身を震わせるミナエル。


 そのミナエルの様子に釣られて、その視線の先に目を向け同じくビクッと身を震わせるロイフェルト。


「ぐへっぐへっぐへへへ………つつ妻……妻…………妻! なななななんて甘美なひ・び・き…………『あなた………ご飯にします? お風呂にします? それとも…………』きゃぁぁぁぁぁ! はぁはぁはぁはぁ………だ、駄目……駄目よトゥアン………そこは……そそそそこは! 『お風呂であたしにしますか? ご飯はあたしにしますか? それともあたしにしますか?』……って結局全部『あたし』やんけぇぇぇぇぇ!! はぁはぁはぁはぁ……おおお落ち着いて……落ち着くのよあたし!!」


「「…………」」


「こここ此処は密室……みみみ密室なのよトゥアン! つつつ妻なら妻らしく…………いいい一服盛って既成事実を作り上げるのよ!! そそそそうすればガードの硬いロイさんも………『すまないトゥアン……前後不覚になっていたとはいえ、君の大事なものを…………しかし、その君の○○が忘れられないんだ! 責任は取る! 名実ともに俺の嫁さんになってくれ!』」


「「…………」」


「そんな………責任だなんて言わないで! 既に身も心も……あたしの全てはロイさんのものなんです! だから……だから…………」


「「…………」」


「『……トゥアン…………すまない。僕は君をそこまで追い詰めていたんだね…………分かったよ……分かったよトゥアン! 今日から僕は君のものだ! 君は僕を好きにし……へ? ンぎゃぁぁぁぁぁ!! 目がぁぁぁ! 目がぁぁぁぁぁ!!」


 ロイフェルトが放ったレモン汁攻撃が両目に襲いかかり、トゥアンは○スカばりのリアクションで床を転がり回る事になったのだった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「それで、貴方は今回、何を作っていたのかしら?」


「飛行用マジックボードだよ」


「要するに飛行の為の魔導具かしら?」


「そう」


「確か、貴方は神代文字ルーン神聖言語ホーリーワードも適性がなくて魔法が発動しないのではなかったかしら? 飛行術式を展開出来なければ、空を飛ぶ事は叶わないのではなくて?」


「俺が作ろうとしているのは、飛行術式を組み込んだ魔導具じゃなくて、結果的に空を飛ぶ事になる魔導具だよ」


「…………鳥が空を飛ぶように、かしら?」


「そう。まぁ、俺の『法術』を使って結果として『空を飛ぶ』という現象を作り出そうって訳だけど」


「『法術』と言うと、貴方独自のマナ操作法でしたわよね?」


「そうだよ。現象強化で揚力を作り上げて、滑空と推進を繰り返して結果として空を飛ぼうって訳だ」


「…………面白そうですわね。飛行魔法は術式が複雑で消費マナの削減もままならないのですが、飛行術式に頼らない飛行方法であれば、やり方次第で非常に低コストの飛行方法が確立出来そうですわ」


「俺が作る魔導具は、俺の『法術』を前提にして作るから、アンタにゃ使えないぞ?」


「魔導具の機能自体が使えなくても、理論は流用できますわ。その………『揚力』……ですか? その言葉は初めて聞きましたが、現象を強化出来る貴方の仰る言葉ですからそんな働きがある事は確かでしょう」


 ミナエルは、ロイフェルトが画いた図面を彼の肩越しに見ながらそう言うと、ロイフェルトからは見えな死角に身を起こし、ほんのり頬を染めながら、更に自分の考えを口にする。


「その図面からすると、正面からの風をその板で受け止めれば自然と上方向の力が生まれるのでしょう?」


「そうだね」


「貴方の場合、前方への推進力を斜面を滑り降りる力を利用して生み出し、それを板で受け止める事によって『揚力』を作り出し、それらを『法術』によって強化する事によって継続的に飛行するように見受けられます」


「この図面見ただけで、そこまで理解するのは流石だね。腹立つけど」


「…………ならば、わたくしは、魔法によって推進力を生み出し、風で宙に道を作ってしまえば、低コストの飛行魔法……いえ、この場合は飛行方法・・ですわね……それを作り出す事が出来るのではないかと」


「……出来るだろうね。悔しいけど、俺には不可能なアプローチの仕方だ。初見の理論を直ぐさま自分の能力に置き換えられるところは流石だね」


 珍しい、ロイフェルトからの自分に対する賞賛に、ミナエルは、何でもない風を装いつつ肩を竦めてくるりと身体を反転させる。


 ロイフェルトからは見えない所まで回ると、途端に嬉しそうに笑みを浮かべたのだが、そこで体育座りでこちらにジトリとした視線を向けているトゥアンとバッチリ視線がかち合って、ビクッと肩を震わせた。


 何か言おうとパクパクと口を開け閉めするが声にならないミナエルに、それをジトーっと見続けていたトゥアンだったが、突如トゥアンが両手を突いて半泣きでがっくしと肩を落とし、ミナエルはバタバタと手をバタつかせつつも結局は何も言えずにこちらも肩を落とす。


 因みにこの間ロイフェルトは、またもや自分の思考の海へと沈み込んでおり、二人のやり取りに気が付かなかったのだった。


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