第39話 研究者は語りが止まらず探索が進まない


「この洞窟が、目的の魔虫がいる洞窟ダンジョン?」


 ロイフェルトがトゥアンに吐瀉物を撒き散らし「そこだけ切り出すのは止めてくれない?」、トゥアンがそれに喜びを感じて危ない世界に片足を踏み込みかけた「ふふふ踏み込みかけてなんてないです!!」その翌日、二人はその時の話通り魔虫素材を集めるため、森に点在する洞窟ダンジョンのひとつにやって来ていた。


「ははははハイです。も、魔物モンスターの中でも魔虫の類が多く生息するだだだ洞窟ダンジョンで、この2階層の奥に、もも目的の魔虫、へへへ甲百足ヘイムセンピードの巣があるそうです。ままま魔虫の巣窟だけあって、女子生徒には不評のだだだ洞窟ダンジョンで、そそそ素材採集の穴場になってます」


「そう言ってる、認めるのは不本意ではあるけど一応は女子であることには変わりないトゥアンは、虫、大丈夫なの?」


「じょじょじょ女子と思っていただけただけでも、ここ今回は良しとしておきますぅ。あ、ああああたしは虫より、へへへ蛇の方が苦手でして……」


「ああ、何でも人間は大きく分けて、無脚な蛇嫌い派と多脚な蜘蛛嫌い派に分かれるらしいよね。両方苦手な奴でもより苦手な方があるとか無いとか」


「あ、きき聞いたことあります! ひひ人知れず忍び寄り背後から巻き付いて離さないようなねねね粘着質な恋愛を好む人間と、よよよ予測不能な動きで相手を翻弄して考える隙を与えず相手おとこ仕留める落とす、二種類の人間がいるとかなんとか」


「…………なんか俺が知ってる話しと微妙に違ってるような、それでいて合ってるような……まぁ別にそんな話はどうでも良いけど……」


 右手の人差し指でこめかみを抑えながら、眉間にシワを寄せるロイフェルト。


「ろろろろロイさんは、粘着気質な女性はおおおお嫌いでしょう? ああああたしは、ロイさんをししし縛り付けたりなんてしましんよ!! あああたしなら、学園を卒業してからのけけけ研究面での経済スポンサー的サポートも、同じけけ研究員として、助手アシスタント的サポートもきっちりかっちりここここなして見せます!! ででですから昨日の告白の件、ももももう一度再考して頂け……ってロイさん!! ままま待って下さいぃ〜」


 スタスタと洞窟ダンジョンへと足を向けるロイフェルトを見て、トゥアンは慌ててその後を追う。


「ろろロイさぁ〜ん……す、少しはあたしに興味持ってくく下さいよぉ〜」


「へ? あー持ってるよ、持ってるって」


「ふへぇ?! ほほほほホントですか?!」


「ほら、携帯食」


「…………」


「流石の俺でも、パーティ組んで洞窟ダンジョン潜るのに自分の分しか用意しないだなんてこと、するわけないじゃん。さ、行こう。素材採集に時間取られて研究時間を削られるのは、俺にとっては本末転倒だし」


「…………シクシクシク…………」


 ガックリと肩を落として哀愁を漂わせるトゥアンを背後に引き連れ、ロイフェルトは洞窟ダンジョン内部へと足を踏み入れる。


 洞窟ダンジョン内には明かりはなく、10m程進んだ先の曲がり角以降は、真っ暗で視界が悪い。


 ロイフェルトは、ポーチから何やら大きめの卵のような形の物体を取り出し、ゴソゴソとイジり出した。


 卵型の物体は、全体的に屑んだ銅色の金属で形作られており、腹の部分の一部がガラスのような半透明な物質になっている。


「な、何ですそれ?」


「灯り」


 ロイフェルトはトゥアンの問いに一言そう返すと、卵型ランプの頭の部分をグイッと押し込んだ。するとカチッと音が鳴ってその物体から光が溢れ出る。


 ロイフェルトは、その卵型ランプの上部に取り付けられているカラビナを腰のベルトから伸びている輪っかのひとつにに引っ掛ける。


「ままま魔導ランプですか?! で、でもそんな形の魔導ランプは初めて見ます……ど、どこかの新商品でしょうか?」


「俺に、魔導ランプを気軽に買えるほどの金銭的余裕があるわけ無いじゃん」


「まぁ、それは確かに……魔導ランプは素材が希少ですから高いですしね。そ、それではもしかして……」


「そう、自分で作った。それより、トゥアンも『灯りラーテイン』の魔法で灯り出してよ」


「そ、それは構いませんが……」


 そう言いながらも小首を傾げながら呪文を唱えるトゥアン。


『……灯りよラーティン


 魔法は正しく発動し、トゥアンの魔法発動媒体である魔法杖マジックステッキの先に魔法の明かりが灯る。


「……な、なんで二つも灯りを点けるんですか? あ、灯りに魔物が引き寄せられて、た、大変になると思うんですが……」


「洞窟の中で、灯りが無いと不利になるのは人間の方だろ? 洞窟に住み着く魔物は大体夜目が利くし、こん中にいるのが魔虫なら尚更だ。光源を一つにしておくと、それが何かのハプニングで消えた時、困るのは人間の方だ。だから洞窟ダンジョンの中では光源は二つないし三つ用意しておいた方が安全なんだよ」


「な、なる程……勉強になります」


「出来れば、魔法の光と一般のランタンみたいなマナを利用しない光源の二つを用意したほうが良いんだよね」


「ま、マナが使えなくなった時のことを、そそ想定してのことですね? で、でも今回は魔法と魔導具ですし……あ、あたし、一応ランタンも持ってきてますからそれをだだ出しましょうか?」


「いや、これ……」


 と言いながら卵型ランプを一旦腰から取り外し、目の高さまで持ち上げる。


「点けるとき以外はマナを使わないから、一回点けちゃえば暫くは問題無い。トゥアンは一般の魔導ランプの構造は知ってる?」


「い、一応、基礎的なものでしたら……た、確か発光する魔石を利用しているんですよね? まま魔石にマナを流し込むことで、石を発光させているとかなんとか……流し込んだマナをいい如何に魔石に留めておくかの技術的な問題と、それを可能にするきき希少な素材の所為でなかなか値段が下がらないと、父う……いえ、会長がボヤいてました」


「そうだね。あとは、『灯りラーティン』の魔法を直接石に封じ込めるタイプもあるけど、どっちも希少な魔石や金属を使うから結構な値段だよね。俺も実際にランプを作ろうと思った時には、素材を集める段階で資金不足で一旦頓挫したんだよね」


「そ、それ、会長も言ってました! うちの商会でも作りたかったんですが、そそ素材が高すぎて例え作っても元が取れないとかで、かか開発を断念してました」


「そんな高い魔導ランプを誰が買うのかって話だよね。貴族は基本自前の魔法で灯りを点けるし、マナを扱えない一般人には使えないし……使うのは珍しい物好きの好事家と、ある程度稼ぎのある冒険者位だから、あまり市場には出回らない」


「そ、そうですね」


「んで、俺はそこで考えた。あまりマナに頼らないそれでいて安価な素材でランプを作れないかと」


「ま、マナを使わないのでしたら普通のランタンでよよ良いのでは?」


「シャラァーーーーーーーーーーップ!!!!!」


「しゃ? しゃらぷ?」


「【黙らっしゃい】と言う意味だ。今ある物を超えて、新しい物を作り出してこその魔導錬成士アルケミストだ。トゥアン……君のいまのセリフは魔導錬成士アルケミストととして……研究者リサーチャーとしてあるまじきセリフだぞ?」


「あ、あたしは魔導錬成士アルケミストでも研究者リサーチャーでもなく、しょ商人志望なのですが……」


「…………さて、この魔導ランプだけど、実は発光原理が魔導ランプとは違ってだね」


「すすすスルーですか?! ま、まぁいつもの事ですが……」


「一般的に言われている魔導ランプは、君の言うとおり魔石がマナと反応して光ってる。要するにマナの無い所では光らないし、光を維持できない。ランタンは、燃料を燃やして炎を光源にしてるからどうしてもそれなりの大きさが必要になるし、手に持っていなくちゃならない。燃料の持ち運びも大変だしそれに係る費用も馬鹿にならない。だけどこれは違う!」


 と、いったいどこに向けてのものなのか、バンッと卵型ランプを突き出しドヤ顔を決めるロイフェルト。


「これはマナに頼らず扱えて、しかも素材が魔導ランプよりグッと安価! ランタンのように燃料を必要とせず、一度点ければ持続時間もかなり長い!」


「た、確かに魔導ランプより安価に、ららランタンよりも使い勝手良い灯りというのは、みみ魅力的ですね。な、なら材料は何を使っていてどうやって光を発してるのですか?」


「よくぞ聞いてくれた!!」


 ロイフェルトは、卵型ランプをドンっと突き付け吠えるように声を上げると、トゥアンがビクンと震えるのをよそ目にそれの解説を始める。


「この卵型の入れ物の中には、とある魔物から取れた繊維質の物質を撚り合わせ、特殊な加工を施して更にそれを格子状に編みあわせたものが発光体として入っている」


「まま魔物の繊維物質?」


「そう! 何を隠そう、それは鉄甲蟻アマントンの触角の繊維さ!」


「ああ鉄甲蟻アマントンというと、こここの国にも多く生息しているきょきょ巨大蟻の事ですね?」


 普段は見る事のできないロイフェルトの高いテンションにちょっと引きつつ、トゥアンはそう問いを投げ返す。


「そう、その巨大蟻! 鉄甲蟻アマントンはの触角は、硬い外骨格に覆われているんだけど、その中身は繊維状の物質で出来ている」


「は、はい……」


「その繊維状の物質は、ある珍しい特徴がある。トゥアンは鉄甲蟻アマントンと言えばどんな特徴を思い起こす?」


「あ、鉄甲蟻アマントンですか……まずはその硬さですね」


「そうだね。慣れれば何処を突けば刃が通るか分かるけど、初見だと単純に剣を振り下ろした程度じゃ、硬い外骨格に弾かれ反撃を受ける。初見殺しと言われる所以だね。それ以外では?」


「そ、それ以外ですか……ひひ比較的熱に強いところでしょうか?」


「そうそこ……そこだよトゥアン君!」


「トゥアン……君?」


 訝しむトゥアンを置き去りにして、ロイフェルトの話は進む。


「俺は、その【鉄甲蟻アマントンは熱に耐性がある】という特性に着目し、それを詳しく分析した。鉄甲蟻アマントンを解剖し、どの部分がどの程度熱に強いのか実際に火にかけて確認してみることにしたんだ。初めは只の興味本位だったんだけどね。でも、するとどうだろう……外骨格は炎を弾き、それによって上昇する表面温度を外骨格の内側にある繊維物質が吸収し始めたんだ! 特に触角部分の熱吸収率がずば抜けて高かった! しかもだ……しかも熱を吸収した繊維物質がなんと光り始めたんだ! 俺は狂喜したね! これがあれば魔導ランプに使われる魔石に代わる光源足り得ると!! 恐らくはルミネンス型の発光で、それほど熱くはならないことは直ぐ分かったから、後はどれだけ強い発光を生み出し、どれだけ長く発光を維持できるかが鍵だった! そして実験に次ぐ実験を重ねて有無出したのが、この卵型ランプだったって訳さ!」


「…………っ!!」


 遠のきかけてたトゥアンの意識が急激に呼び起こされ、ハッと意識を取り戻して慌ててロイフェルトに向き直る。


「そそそそそそそれでは、そそそそそのランプの中身はそのあああ鉄甲蟻アマントンの触角を加工したものという訳ですね。そ、それではその…………その、ランプ自体はどのようなざざ材質で作られているのですか?」


「……それじゃ、ソロソロ洞窟ダンジョン攻略と行こうか」


「こ、ここに来て、まままたスルーですか……ああ鉄甲蟻アマントンの触角は確かに安価に仕入れられますが、ららランプ自体にはそれなりにおおお金をかけてるってことですね?」


「じじ自分で採集した素材なんだから、実質タダだもん!」


「【だもん】って…………みみ見たところ金属部分は銅板の様ですが、そのががガラス張りの部分は普通のガラスじゃありませんよね?」


「うぐっ…………き、金属部分は銅とミスリルの合金で、ガラス部分は地竜の眼球の水晶体を加工したものだ」


「どどどどっちも一般人には手に入れることが出来ないここ高級素材じゃないですか!!」


「てへっ」


「さ、散々偉そうなこと言っといて、けけ結局趣味に走ってオーダーメイド品になってしまったんですね……」


「さーて、ソロソロ行くか。あんまり遅くなるとボード作る時間が無くなる」


「い、いきなり素に戻らないで貰えませんか? ちょちょちょっとロイさん! ひひ一人でどんどん先に行かないで下さいよ! ま、待って……ロイさん待って下さぁぁぁぃ…………」


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