第38話 研究者は変態巨乳眼鏡に謝罪する?


内なるマナよイーサマーナ 我が意に従えマールフィーロゥ うら若き水の乙女達をウディネース 我が下へティミゥ


 トゥアンが口ずさむ詠唱と共に、空中に魔方陣が描き出され、そこからひと塊の水塊が湧いて出る。


水の精霊よウィディス 我が意に従えマールフィーロゥ 清渦となりてピュロルテゥクム この者を清め給えウィピュロア


 更に続いたその詠唱で、生み出された水塊が渦を巻く。


洗浄の渦ウィックス


 そして魔法名を唱えた瞬間、渦を巻いていた水塊が、トゥアンの全身を包み込み、それは数秒で水の渦は消え失せる。


 次いで……


風の精霊よシルフィデス 水の精霊の手を取りウィディーア 天へと到れヘゥアラィブ


 微風そよかぜがサッとトゥアンを包み込む。


乾燥の渦ディレックス


 微風そよかぜは、トゥアンの身体に纏わりついていた水分を一気に引き剥がし、空気中へと霧散させた。


「……トゥアンも魔法の腕がたいぶ上がったよね。あのミナエル・フォン・ベラントゥーリーの魔法を完コピ出来るようになったんだから」


 珍しいロイフェルトの褒め言葉に、トゥアンは眼鏡を軽く触りながら、照れた様子で口を開く。


「こここの洗浄魔法は、あああの後、ミナエル先輩にごごご教授頂けましたから……そ、それよりひひひ酷いです、ロイさぁん……」


「いやーごめんごめん。あんだけ激しく錐揉み状に転がっちゃうと、流石の俺でも酔っちゃうみたい」


 拝み倒すように謝罪するロイフェルトに、服をクンクンと匂いながらトゥアンは恨めしげな視線を向ける。


「うう……まままだ酸っぱい臭いが漂ってる気がしますぅ……少し口にも入っちゃいましたし……」


「面目無い。今回はマジで御免」


 更に眼鏡越しの上目遣いで、そんなロイフェルトを見やっていたトゥアンだったが、そこでハッと何かに気づいたかの様な表情を浮かべ、真面目な顔で思案する。


「でででもこれって…………これってもももももしかして間接キスってヤツですか?!」


「違うわボケ! そんな吐き気がするような間接キスがあってたまるかい!!」


「いやいやでも! ふふふ普段は絶対浴びることのできない物を浴び、くく口にする事のできないものを口に……ハッ!? そそそそそう言えば急だったので【ぶつ】吐き出してしまいました! ここここ今度はきちんと味わいますのでももももう一度ぅグベシッ……」


 台詞の途中から、表情がすっぱり消え去ったロイフェルトの拳が、尚も言い募ろうとするトゥアンの脳天へと振り下ろされた。


「……次、同じこと言い出したら、君の性癖で有ること無いこと……いや、殆ど事実だから有ること有ることか……今までの痴態を余すことなく語り尽してやるからな。露出癖があったり、妄想癖があったり、吐瀉物を味わいたいとか言い出す性癖があったりとか」


「そそそそれは多分に誤解が含まれてます! あああああたしが心ならずもそんな行動に走るのは、ろろろロイさんへの好意の裏返しです!!」


「そんなモノは要らん」


「ろろろロイさんは、あああたしに厳しすぎませんか?! と言うか、いい一応、ここ告白らしきものをしたのに、そそそんな反応なんですか?!」


「一体どんな反応しろと言うんだ。ひとかけらの喜びも湧きようのない、下手したら殺意が呼び起こされかねない今の告白を聞いて」


「…………ここ告白の仕方の問題なら、ごご後日改めて告白させて頂いも?」


「するのは構わないけど、好みじゃないから100%ひゃくぱー断ることになるけど?」


「ままま真顔でそそそそんなこと言わないで下さぃ!! すす少しくらい希望を持たせてくれても良いんじゃないですか!?」


「時間の無駄だし。出会ったときから言い続けてるけど、君は俺の好みからかけ離れてるんだよ」


「………シクシクシク…………」


 四つん這いで涙をチョチョ切らせるトゥアンから視線を離し、ロイフェルトは血に染まった大盾に目を向ける。


「何の血だろう……ん? この臭い……ゴブリンかな? 全く気付かなかったけど、どっかで轢き殺したのかな?」


 ロイフェルトは、気付かぬ内に轢き殺したらしきゴブリン達にナンマンダブと手を合わせ哀悼の意を示した後、今の失敗をブツブツと分析し始める。


「加速は問題なかったけど、速けりゃ速いほどボードの操作制御が激難げきむずになるなぁ……マナを単純に流し込むだけなら、ただの木の板でもある程度は可能だけど、操作性まで追求すると、ボードの素材も考えなくちゃ……それに、この大盾、やっぱり重すぎるよな……この大きさでこの重さだと、宙に浮くときのマナの必要量がかなり大きくなりそうだ。燃費が悪すぎて、飛んでられる時間も短くなるな、これ。訓練用の大盾だから、木製でもマナ伝導率が高い材質で、都合が良いと思ったんだけど、これを使ったのは失敗だな。軽くてある程度の硬度があって、マナ伝導率が高い素材を考えなくちゃ」


「けけけ軽量で硬度とマナ伝導率がたたた高い素材ですか? ま、魔物から取れる素材ならどうですか? そそそうですね……はは爬虫類系の魔物の革とか魔獣系の魔物の革なんかも良いですが……」


 まるで何事もなかったようにケロリとした表情でそう思案し始めるトゥアンの様子に、ロイフェルトは『なんだかなー』といった表情を一瞬浮かべるが、視線を外していた彼女はそれに気付いていない。


「……んー……や、やっぱり第一候補はこここ昆虫系の魔物の殻でしょうかね? あ、あれは硬度もそれなりにありますし、じじ実は木とか金属に比べるとかなり軽いんです。そそそれでいてマナの伝導率も高いですし、なななんと言っても安価なので他の素材に比べると入手がよよ容易でオススメです!」


 そう言って、眼鏡の縁を軽く抑えながら既に真顔に戻っているロイフェルトにズイッと迫るトゥアン。


 それに対してロイフェルトは、さりげない動作で身体をずらし、考え込む風体でくりると反転する。


「昆虫系の魔物……魔虫の殻か。確かに試してみる価値はあるね。加工が少し難しいけど……」


「あああたしは商人ですので、つつつ作る方は詳しくないのですが、ま、魔虫素材の加工はそんなにむむむ難しいのですか?」


「んー…………金属なら熱で溶かしたり叩いて伸ばしたりすることで加工するし、魔獣素材は革なら鞣したり牙や爪なら削って加工する。でも魔虫の殻は、熱すると溶けるんじゃなくて割れて最後には燃えちゃうし、叩いても強度が増す訳じゃない。普通に加工しようと思っても上手く行かないから結局はマナに頼ることが多くなる。素材にマナを通して変形させたり削っても割れないように調整していくんだけど、これが結構難しい。マナを通しすぎれば加工しにくいし、マナ量が足りないと割れる」


「いい痛し痒しって奴ですね。ままマナ操作の技量がかかか加工の難度を決めるということですね?」


「そうだね。まぁ、魔虫素材の武具なんかは、あんまり手を加えず素材そのものを刃にして柄だけ付けるとか、外骨格をそのまま重ねて鎧にしたりするから、加工技術も洗練されないって事情もあるんだけどね。魔虫素材を加工するより、金属を加工する方が武器も防具も強力な物ができるし、魔獣の革の方が防具に仕立てやすいから、腕利きの職人はそっちに流れるんだ。ただ、マナ操作に自信があれば、金属より容易にそれなりの強さの武具が出来るし、魔獣素材より強度がある防具も作れる」


「そそそれじゃ、こここ今回はどうします?」


「いや、せっかくだし魔虫素材使ってみよう。確かこの学園の森にも魔虫の生息場所が有ったよね?」


「は、はい。有りますが…………みみ店で買うんじゃなく、じじじ自分で取りに行くんですか?!」


「当然だろ? 君と違って俺は貧乏人なの」


「ままま魔虫は、せせ生命力が強く厄介だと聞きますが……首を落としても生き続ける魔虫もいるとかなんとか。ふふふ普通は魔法でもも燃やし尽くしますよね? ここ今回は素材採集がもも目的ですからその手は使えませんし……ほほ他の方とパーティを組んで、安全に倒して素材を手に入れるんですか?」


「いや、別にんなことしなくても、簡単に倒せるでしょ。つーか、なんでみんなまともにやり合おうとするのかね? 魔虫と言っても虫には変わりないんだから、普通に害虫駆除すれば良いんだよ」


「…………? どどどうやって倒すんですか?」


 小首を傾げるトゥアンに、ロイフェルトは肩を竦め返しながら歩き出した。


「今から実際に素材採集に行くから、気になるなら着いてくれば?」


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