第11話 研究者は通りがかりの喧嘩仲間とサンドウィッチを食す


「ととと取り敢えず、ぶぶブラッドリリーが食べれそうであああ安心しましたね」


「まぁね……つか、何で付いて来るの? 君は総合学科なんだから棟が違うでしょ」


「そそそそそんなこと言わずに……どどどうせ午後の授業はままま間に合いませんし、おおお王女様のご厚意で授業はめめめ免除扱いになったんですから……」


 あの後、一行は百合根の収穫と処理を行い一旦解散となった。


 ブラッドリリーに関しては、秘密裏に行わなくてはならず、更に言えばマナの影響受けやすいあの百合根を運ぶ為にマナを通さない袋を持ち込んだりしなくてはならなくなり、思いの外時間が掛かってしまった。


 故に午後の授業は、欠席になってしまう (授業の欠席には罰則がある) とガックリしていた所に、今回は王女の要請でそれに従事していたと話しを合わせる事を提案され、二人はそれに飛び付いたのだ。


 ツァーリが負傷していたので、王女の話しには信憑性があり、そもそも王族が平民にそこまで考慮することはないだろうという大前提もあったので、すんなりそれが認められたのだった。


「たたた楽しみですねぇブラッドリリー……おおお王族をもととと虜にするっていう伝説の食材……ジュル……」


「……うっかり他人に漏らさないようにね。俺はともかく、あの人等相手だと、周りに漏れた瞬間に消される可能性もあるからね」


「ここここ怖い事言わないで下さいぃ……」


「貴族……つーか王族と関わるってことはそれだけ危険な事だからね。君は商人志望なんだから、否が応にも関わることになるだろうけど、俺はこれっきりにしておきたい」


「……おお王族と関わり合わないようにししししょ商人になる方法ってないですかね?」


「ストリーバ商会の後ろ盾で商売するんなら無理でない? ま、ここで関わった以上、姫さんの頭にはしっかり君の名前が刻み込まれたと思うけどね」


「……ああああたしの事は、ロイフェルトさんのつつつつついでになってると思いますけど……ろろろロイフェルトさんこそ、あのおおお王女様とご縁はききき切れなそうな気がしますね」


「…………」


 全く反論出来ない話だったので、ロイフェルトはその話をそこで打ち切りスルーする事にした。


「ととと所で何処に向かっているのですか?」


「暇になったから研究室に行くんだよ」


「けけけ研究室? こっちにああああありましたっけ?」


「貴族からも平民階層からもハブられてるからね、俺は。あまり他の人間が使わない様な場所に研究室を割り当てられたんだ」


「ななななるほど……ろろろロイフェルトさんがどんなけけ研究してるか気になるので、ごごご一緒しても良いですか?」


「構わないけど邪魔だけはしないでね? あと俺の研究、他に流したら、死んだほうがマシだって目に合わせた上で奴隷商人に売っぱらって死ねない様に呪で縛った上で更に人としての尊厳を剥ぎ取った上で泣きながら『殺して下さい』って自ら言っちゃうような目にあわせてやるから」


「ヒィィィィィ!! わわわわわ分かりました! ぜぜぜぜ絶対口外致しませんですぅぅぅぅぅ!!」


 ガクガクブルブルとしているトゥアンを連れて研究室に向かって行ると、別の棟から近付いてくる足音が響いて来た。


 その足音に嫌な予感がするロイフェルト。


「あら、貴方……」


 悪い予感は当たったようで、現れたのはロイフェルトの天敵と目される、ミナエル・フォン・ベラントゥーリーだった。


「チッ……ミナエル・フォン・ベラントゥーリー……」


「いちいちフルネームで、しかも呼び捨てないで頂けますか……愚民さん。そもそも舌打ちしたいのはわたくしの方ですわ」


 眉を顰めてそう言い返すミナエルだったが、そんな彼女にトゥアンが目を輝かせてズィッと詰め寄った。


「みみみみミナエル先輩ですね! 学園2年総代の! ああああああたしミナエル先輩のふふふふファンなんですぅ!! 良かったら握手を……」


 『え? は? な……誰……え? はい?』とトゥアンの勢いに押されて戸惑いを見せるミナエルだったが、その勢いに流されいつの間にか握手を交わしていた。


「ちょっと待てトゥアン! コイツは君が憧れるような存在じゃない! コイツはな……コイツはくるみパンを買い占めた犯人なんだぞ!!」


「エエェェェェェ!! そそそそそんな……ま、まさか……庶民の味方のくるみパンを貴族のミナエル先輩が買い占めるなんて……」


 信じられないとばかりに唖然と一歩身を引くトゥアンの様子に、ミナエルはコテンと小首を傾げると、小脇に抱えていたバスケットに掛けられた布をチラリと捲って中身を見せる。


「……食べます? そのくるみパンを使って作ったサンドウィッチですが……」


「たたたたたたたたたたたたた食べていいんですか!! ミナエル先輩のサンドウィッチを?! ワタクシめが?!」


「は、ハイどうぞ……どうせわたくし一人では食べ切れない量ですので……」


「ああああ有難う御座います! ロイフェルトさん! やややややっぱり、すすす素敵な方じゃないですかミナエル様は! こここここんな素敵な女性に対してしししし失礼ですよ!」


「騙されるなトゥアン! そんな懐柔にやすやすと乗ったらストリーバ商会の名前に傷が付くぞ!」


「すすすすストリーバ商会の名前なんて、さささサンドウィッチの前ではポポイのポイです!」


「ぐぬぬ……なら……」

「貴方も食べます?」


 セリフを遮られ、サンドウィッチを目の前に差し出されて、ロイフェルトは押し黙る。


「…………頂きます」


 食べ物には逆らえないロイフェルトなのであった。











 3人は中庭の一角にある東屋に立ち入り、ベンチに腰を掛けた。


「所であなた方、午後の授業はどうしたのですか?」


「あ、それは……」

「王女に…第三王女に所要を仰せつかって、それに時間を喰われちゃったから午後の授業には間にあわなかったんだよ」


 余計な事まで言いそうなトゥアンを遮って、ロイフェルトがそう答える。


「あなた方が……第三王女から?」


「疑うなら、第三王女に直接聞くといい。教師の許可も得た上での欠席だ」


「そうですの……別に疑っている訳では有りませんわ。ただ、第三王女という所が引っ掛かっただけです」


「ああ、君の家は確か第一王子の派閥の貴族だったもんね」


「……何故、平民である貴方が、貴族の派閥の内情に精通しているのですか?」


「誰でも知ってるだろ?」


「ああああたしは知りませんでした。と言うか、たたたた多分この学園にいる平民学生はだだだ誰も知らないと思いますよ? ろろロイフェルトさんは、だだだ第三王女のなな内情にも詳しそうでしたが、どどどどうやって知ったのですか?」


「君、ストリーバ商会の人間だろ? 何で知らないんだ? 商人同士の繋がりから、取り引き相手とのやり取り……取り引き内容とか、それがどう流れてるとか、調べようと思えば幾らでも調べられるし、それを繋げれば想像もつくだろ。君、ホントに商人になる気あるの? 商人には全く興味の無い俺でさえ、人の噂を繋ぎ合わせて推論を組み立てられるぞ?」


「ろろろロイフェルトさんはスパイかなんかですか?! 何でそんなこと出来るんです?!」


「関わり合いにならないために、相手を知っておく必要があったから、必要最低限の情報を仕入れただけだよ」


「そそそその割には、ガッツリおおお王女様に関わってしまってしまっていますが……」


「……それ食っていい?」


 都合の悪い事は聞き流し……と言うかこれから先の事を思い煩い現実逃避して、真顔でミナエルにそう問い掛けた。


「……どうぞ」


  溜息をついて、差し出されると、二人は我先にと食べ始めた。


「お味はどうですか?」


「モグモグモグ……おおおお美味しいですぅ」

「ング……悔しいけど美味い……挟まれている野菜は新鮮で、この焼いた鶏肉との相性も抜群だ……マスタードも効いてて飽きが来ない……クソッ……文句の付けようが無い……」

「まままマスタードなんて、ああああたし達ではなかなか食べられませんもんね……」


 親の敵でも見ているかのようにサンドウィッチを睨み付けながら、それでも素直に賞賛の声を上げるロイフェルト。


 どんな憎い相手でも、美味しい食べ物を前にしては、彼は兜を脱がざるを得ないのだ。


 美味しいは正義。


「……それは良かったですわ」


 そっと安堵の溜息をつき、サンドウィッチに夢中な二人から顔を背けるミナエル。


「それより二人はどういう関係ですの? 愚民さんがスヴェン様以外の方とご一緒されてる所をお見かけした事はなかったのですが……」


「どう言うって……ストーカー?」


「すすすすストーカーってどういう事ですか?! ひひひ酷いです! おおお同じお芋を食べた仲じゃないですかー」


「あれが大きな失敗だったな。見捨てときゃあ良かった。そうすればここまで付き纏われることもなかったろうに」


「そそそそんな事いいいい言わないで下さいよぉ……あたしも友達少ないので、ここここれを機会にお近付きに……」


「『あたしも』ってなんだよ『あたしも』って……まるで、俺に友達がいないみたいじゃないか」


「スヴェン様以外に居ましたっけ?」

「スヴェン様以外の方はお見かけしたことは御座いませんが?」


「グヌヌ……そ、そんな事より、アンタは何故ここに居るミナエル・フォン・ベラントゥーリー! アンタだって授業が有る筈だろう!」


 友人の話題では旗色が悪いロイフェルトは、そう露骨に話題を変える。


「だから、いちいちフルネームで呼ばないで下さいまし! わたくし達2年はこの時間帯は選択制なのですわ……あと今後は、わたくしの事はミナエルとお呼びなさい」


「……アンタ一応この学園の先輩だろ……1年のしかも平民の俺が、呼び捨てでアンタの名前を呼んだら、周りからどんな顰蹙買うか分からんだろうが」


「愚民さんが、そこを気にしているとは思いませんでしたが?」


「俺自身は気にしなくても……元々が、周りにどんな風に足を引っ張られるかまだ分からん状況の頃の話だったからな。難癖つけてくるアンタを先輩付けで呼ぶのも癪だし、敬称付けするのも嫌だった。フルネームで呼べば敬称付けなくても可笑しくないし、気付いたらそれが定着しただけだ。今更変えられん。そもそもアンタがここまで俺に難癖付けてこなけりゃ……」


「難癖とは何ですか! そもそもは貴方に非がある事ではないですか! 貴方があんな場所にいるから……」


「あそこは俺が研究室として割り当てられた場所で、そこで昼寝をしていただけの俺に一体どんな非があると?」


「わわわわわたくしの……わたくしのららら裸体を見ておきながら非がないとは何ですの?! わたくしの裸体を見てよろしいのは、わたくしの夫となる殿方だけなのです! それを……」


「見たんじゃなくて無理矢理見せられたんだ! 勝手に服を脱ぎだしておいて俺の所為にするとは何事だ!」


「あそこは当時、まだ空き部屋だったではないですか!!」


「その空き部屋に未許可で勝手に入り込んでいたアンタに、俺を非難する権利は無い!」


「グヌヌヌ……」

「フヌヌヌ……」


「つつつつまりは、お二人の馴れ初めは……」


 角突き合う二人の様子を見ていたトゥアンが、話を纏めようと口を挟む。


「……わわ割り当てられたけけけ研究室を確認しに行ったつつつつついでにお昼寝をしていたろろろロイフェルトさんの前で、とと突然服を脱ぎ始めたみみみミナエル先輩を、ろろロイフェルトさんがじっくりごごごご覧になってしまわれたと……」


「じっくりなんて見てないわい!」


「なっ……じっくりどころかねっぷり全身なぶるように見回していたではないですか!」


「寝起きで意識がハッキリしていない所に、突然服を脱ぎだす女が現れたんだぞ?! そりゃ、何の罠なのかって確認くらいするわ!!」


「ほーら、やっぱり見ていたのではないですか!!」


「ひとを覗き魔みたいに言うな!」


「覗き魔とどこが違うというのですか?!」


「グヌヌヌ……」

「フヌヌヌ……」


 つまりは、不可抗力とはいえ、未婚の女性の裸を見た事への罪悪感があるロイフェルトと、優等生である自分が校則的にかなりグレーな事をしていた事に対する罪悪感がせめぎ合い、若い二人の素直になれないあれ的なあれがいつの間にか絡まり合い、今の状況を作り出していたのであったというだけの話だ。


 それに気付いたトゥアンは、未だ角突き合う二人に生温かい視線を送りつつ、二人の出会いと今までのやり取りをスヴェンを交えた三人の三角関係形式で脳内妄想を繰り広げ、ゲヘヘへと下衆な笑みを浮かべてその妄想に耽るのであった。












「………ギャフンと言わせる事ができましたわ…………わたくしが作ったサンドウィッチを食べて美味しいって……ウフフ……」


 その後、時間切れでその場から離れた三人であったが、二人が研究室に向かって行くのをこっそり見送り、ミナエルはそう呟きつつ授業を受ける為に踵を返した。


 通りがかりにすれ違い、異様な程にご機嫌なミナエルを首を傾げて怪訝に思いつつそれを見送る生徒がその後続出したことは、また別のお話。


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