第10話 研究者は高級食材を前に思い悩む


 森の木々が途切れた先の、ちょっとした平地に出ると、トゥアンは立ち止まってクルリと振り向いた。


「こここ此処ですぅ……」


 辺り一面に広がるのは、美しく咲き誇るワイルドリリーの花畑……ではなく、既に季節が終わって枯れて萎れ始めているワイルドリリー達であった。


 その一角に、花がらや雄しべが引き千切られ、黄色く変色した葉のみが萎れかけている、後は収穫作業を残すのみ準備万端な処理済みワイルドリリーの一帯がある。


「……花積んで処理済みか……食べる気満々すぎるだろ……」


 百合根は花をそのままにしておくと、栄養素がそちらに吸い取られ、味が落ちてしまうのだ。


(この様子なら、ブラッドリリーに関しては、花が咲く前にきっちり花芽を積んで、百合根の味を良くする処理もしてあるんだろうな)


 ブラッドリリーは鱗茎りんけいも高値で取引されるが、花弁も薬の素材として効果が高く、高値で取引される。通常ならば花弁が開いてからそれを摘み、雌しべも処理して鱗茎りんけいの熟成に備えるのだが、それだとほんの少し味が落ちるので、利益を考えないのであれば、花芽の状態で取って熟成させた方が味が良いとされているのだ。


「わわわワイルドリリーの百合根も美味しいですからね……あ、こここれがブラッドリリーです」


「ほうほう。見た目じゃ区別がつかないけど……あ、香りが微妙に違う」


「よょよ良く気付きましたね! ははは花が咲く直前だともっとハッキリ違いが分かるんですけど……」


「アロマオイルを作るのに、香りの研究もしてるからね」


「あああ……あろまおいる?」


「花や草木から匂い成分を取り出して、それを軽く熱すると良い匂いがするんだけど、それを嗅ぐと寝付きが良くなったり、逆に覚醒したり、食欲が増したり色んな効果が期待できるんだ。その研究」


「ろろろロイフェルトさんは、まま魔法や魔導具だけじゃなくて、そんな事までけけけ研究してるんですか?」


「興味があることを片っ端からしてる感じかな? 別にそれで飯食ってくつもりな訳じゃないから、どれも中途半端だけど」


「かかか香りからのアプローチはししし市場ではあまり多くは見かけませんから、上手く広めれば大きな市場にななななるんじゃないですかね……」


「俺は商人じゃないし、自分用に研究してるだけだから。君がこのアイディアで儲けたいってんなら止めないから好きにしなよ。ただ、香りの効能の研究は自分でしてね」


「むむむ……みみ魅力的なお話ですね……そそそ相談くらいは乗ってくれますか?」


「そりゃ報酬次第じゃない?」


「ななななるほど……ちちちょちょっと本気でかかか考えさせてもらっても良いですか? じ、実は、自分がなな何を売って商売をしたいのか、まままだハッキリ決まってなかったので……ああ兄達や親とは違うほほほ方向性を考えたいので……」


「……将来が決められちゃってるってのも大変だね? 商人以外は考えないの?」


「うう家は、ししし商人以外の道に進むなら、いいい一切支援しないと言われてるんです。そそそれに、ああああたしも別に商売そのものにききき忌避感はないので。ただあああたし、しょしょしょ商才無いんですよね……ははは………」


 力無く乾いた笑みを浮かべるトゥアンに、ロイフェルトは追い打ちを掛ける。


「そうみたいだね。度胸もなけりゃ行動力もない。目端は多少効くみたいだけど、それを商売に活かす為に必要な経験とか人脈とかを身につける機会を尽くスルーしちゃってるみたいだし。君、ホントに商人になる気あるの?」


 グサリグサリと言葉の刃で斬り付けられて、トゥアンは死に体の状態だ。


「はははっきり……おおおお仰るのですね……ちちち父にもおおお同じ事……言われました……」


「そりゃ、言いたくもなるんでない? 今のままだと、商売は疎か結婚相手探しも難航しそうだもの」


「うぐぐぐ……ははは反論できないです……」


「事実だしね」


「はぅ……」


 トドメを刺されたトゥアンは、涙をちょちょ切らせてガックリと頭を垂れる。


「それよか、さっさと収穫して戻ろう。他人に見られたくないし」


「それもそうですね」


 百合根の事を思い出し、直ぐさま復活を果たしたトゥアンに、ロイフェルトは呆れたような視線を送るが、完全に脳内が百合根一色になってしまった彼女はそれに気付かない。


 目端が効いて、あざとさもあり、切り替えの速さも有るんだから、後は度胸と行動力さえ伴えば、何とか一廉(ひとかど)の商人になれるだろう。経験も人脈もその過程で身につく物だ。


 そうは思ったが、ロイフェルトとしてはそこまで入れこむつもりは無かったので、肩を竦めてスルーした。


 二人は黙々と土を掘り返し、ブラッドリリーとワイルドリリーの鱗茎りんけいを収穫する。


「これ……どうやって食べるの?」


「そそそそそれは……ろろロイフェルトさんはご存知ないですか?」


「こんな高級食材、縁がなかったし……普通の百合根なら団子にしたり、スープに入れたり、ただ単純に蒸し焼きにしたりしただけで美味しいんだけど……コイツはどうなんだろ? 量が少ないから失敗したくないんだよな……君はどうなの? 君の実家は金持ちだし、これがブラッドリリーだって分かった所を見ても、食べたことあるんじゃないの?」


「ああああたしは、商品として取引された所を見ていただけなので……そそそそもそもブラッドリリーが一般市場に出回らなくて、ままま幻の食材になってるのは貴族が独占してるからなんです。さささ栽培も収穫も厳しく管理されてて、かか勝手に食べたら罰せられる可能性もあったので、くくく口にした事はなかったです」


「うーん……困ったね。どうしよう。君はどうするつもりだったの?」


「……ややや野生のブラッドリリー見つけたってだけでここここ興奮しちゃって……まま全く考えてなかっですぅ……」


「うーん……なら貴族に売っぱらってそのお金で別な美味しい物を食べても良いんだけど……」


「だだだだダメです! ここここここれを逃したら、もう絶対ぶぶぶブラッドリリーの百合根は食べられません! どどどどうにかしてレシピを手に入れましょう!」


「君、その食への情熱を別な形で活かしなよ。そうすりゃ商人への道も拓けるんじゃない?」


「そそそれとこれとは話が別です! ぶぶぶぶブラッドリリーの百合根ですよ! もももう食べられないかもしれないんですよ?! ジュル…………ぜぜぜぜ絶対ぜっっっったいたたた食べましょうよ!!」


「あ、いや……わ、分かったから……」


 よだれを滴らせて目を輝かせて詰め寄るトゥアンに少し引き気味のロイフェルトであったが、彼もしょくしてみたいとの思いは変わらない。


(……んー……一欠片犠牲にして分析してみるか? でもそれは最後の手段だな……スヴェンに聞いてみるか? でもアイツに聞いたら俺にも食わせろって話になって、結局自分の取り分が減りそうだな……まぁ、背に腹は変えられないか……)


「取りあえず、知ってそうな貴族の知り合いがいるから聞いてみようか?」


「あ……はははははハインブルックス領の領主嫡男のすすすすスヴェン様ですね!! いいいつもロイフェルトさんとごごごご一緒されている……あの美形の……ジュル……」


 更に目を輝かせ、グイッと喰いついて来たトゥアンの様子に、何故か貞操の危機を覚えるロイフェルト。


(これは……この視線は覚えがある……あれは……あかん! こいつにスヴェンと一緒のこと見られたらダメなやつだ!)


 ブルリと身震いし、サッとトゥアンと距離を取るロイフェルト。


 すると、それにハッと気付いたトゥアンが決まり悪げに視線を外した。


「……ととと取り敢えず、ととと図書館にでも行って、ブラッドリリーについてししし知らべてみましょうか……」


「……そうだね。ブラッドリリーの特性でも知れたら何か分かるかもしれないし……」


「ブラッドリリーの鱗茎りんけいは、他の百合根に比べてマナ吸収率が高く、より高い等級のマナを取り込む事で旨味が凝縮されるのじゃ」


「へぇ、そうなん…………だ」

「しししし知りませんでし…………た」


「故に、一般平民や下級貴族の間ではブラッドリリーは流通しない。よりマナの等級が高い場所へと流れるのじゃ」


「…………」

「…………」


「どうしたんじゃ? 猪魔獣ボーア炸裂魔法サウンドボム喰らったような顔して」


「おおおおおお王女様?! し死死し失礼致しましたでふっ……」

「……姫さん、なんで此処にいるの……」


 そう……二人の会話に割り込んできたのは、先程見送ったはずの第三王女殿下たった。彼女の後ろには、斥候騎士のティッセと、治癒師のアニステアが控えている。


「フフフ……何やら面白そうな気配匂いがしたのでな、ツァーリをニケーに託しておぬしを追ってきたのじゃ」


「姫様はご自分のご興味の唆る厄介事匂いに敏感で、気配匂いを嗅ぎ付けてはこうして毎回我々を振り回し……ゲフンゲフン……事件性を加味して、騒ぎにならぬ様に立ち回られていらっしゃるのです」


「貴方の気配探知を掻い潜るのは骨が折れた」


「……姫さん、部下に迷惑かけちゃいけないよ?」


「余計なお世話じゃ」


 気配探知には自信があったロイフェルトだったが、迂闊にも気が付かなかった自分に腹が立ち、腹いせ混じりにそう揶揄ったのだが、王女はそんな彼の内心を察してしたので、余裕綽々な笑みでそう返した。


 分が悪ことを悟り、ロイフェルトは頭の中を切り替える。


 スヴェンにブラッドリリーの事を聞くのは、トゥアンの目がある所では避けたかったので、こうして別な相手が向こうから現れたことは、ラッキーだったと割り切る事にした。


「……姫さんはブラッドリリーの百合根は食べたことあるんだよね?」


「当然じゃ。巷で、ブラッドリリーは貴族を虜にする味だと評判があるようじゃが、その評定に偽りは無いぞ? 妾もブラッドリリーを食しては、毎度虜にされておるからの」


「……どうやって食べるの?」


「秘密じゃ」


「そこをなんとか」


「駄目じゃ。別に悪意を持って言っとる訳ではないぞ? ブラッドリリーの料理レシピに関しては、高額でのやり取りがある故、迂闊に広めるわけにはいかんのだ」


「……なる程……なら……トゥアン」


「はははははハイですぅ」


「そのブラッドリリーを姫さんに売ったらどうかな?」


「そそそそれは……自分では食べられないなら……」


「ほほう……して、妾にそれをどうしろと?」


「分かってるでしょ? ブラッドリリーを譲るから、料理して食べさせてよ」


「それを受けるメリットがこちらにはあるのかな?」


「……姫さんが普段食べてるのは、人間の管理の元で栽培されたブラッドリリーでしょ?」


「……うむ。そうじゃな」


「流石の姫さんも、天然物のブラッドリリーは食べたことないんじゃない? しかもこれ、トゥアンが百合根を食べたい一心でしょくするのに最適な処理がされてる最高級の百合根だよ?」


「……うむ」


「ブラッドリリーの天然物ってのは、よほどの運がなければ手に入らないものでしょ? その価値が分からない姫さんじゃないよね?」


「……まぁそうじゃの」


「なら、それ相応の金額でこれを買って、親兄弟誰の手・・・・・・も届かないこの学園で、こっそり食べても罰は当たらないんじゃない?」


「………クククク……クハハハハハハ! 確かにそうじゃな。父上にも母上にも、兄上達にも邪魔されることのない、この学園ならではの楽しみ方じゃな。良かろう。そのブラッドリリー、妾が買い取り、そなた等に振舞って進ぜよう」


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