いよいよ妄想的時間の矢を考えてみる

 時間の矢が逆に進むのかどうかは置いといて、実際に時間の進み方が逆転するとどうなるのでしょうか。ちょっと妄想してみましょう。

 今あなたは小径を散歩しています。小径の脇に生えているリンゴの木にふと目をやると、実っていた一個のリンゴが枝から離れ地面に落ちました。わずか数秒の出来事ですが、このリンゴが落ちる瞬間をあなたが見ていた場面の時間を逆転してみます。

 地面に落ちているリンゴが浮き上がりリンゴの木の枝にピタッとくっつくのをあなたが見ている。もちろんリンゴを見ているあなたはリンゴが下から上に浮き上がったとは思っていません。あくまでもリンゴは木から落ちたことになっています。とまあ、このように考えますよね。実に単純です。

 ところが実はそんなに簡単な話ではないんです。どういうことか。

 ただ単にリンゴが落っこちた、というのであればその現象を逆再生すればいい話です…つっても、それはそれで簡単ではありませんが。ややこしいのは、リンゴを落っこちるのを目撃しているあなたがいたという事です。

 リンゴが落ちるのをあなたが見ていた。何かを見るというのは、その何かを目で見て脳みそで認識するという事です。言い方を変えるなら、何かの姿の情報が脳みそに届くという事。もっと細かく言うと、リンゴの表面に当たって反射した太陽の光が目に入り、電気信号に変換されて視神経を通って脳に伝わります。リンゴが木の枝から離れて地面に到達するまでの全ての瞬間で、太陽の光はリンゴの表面で反射して目に届き電気信号に変換されて脳に伝わっています。時間が逆向きに進むのならば、この一連の流れが間違うことなく逆再生されなければなりません。という事を頭に置き乍ら時間を逆回転してみましょう。

 まず「地面に落ちているリンゴ」の映像の電気信号が脳みそから視神経を伝わって目に伝わり光に変換されます。その変換された光が目からリンゴに向かって飛んでいきリンゴの表面で反射して1億5千万キロ彼方にある太陽に向かっていきます。

 次に、この落ちているリンゴが地面から木の枝に向かって浮き上がっていく筈ですが、リンゴが地面から離れるよりもほんの少しだけ早くあなたの脳みその中ではリンゴが地面から離れている事でしょう。何故なら、あなたの脳みその情報が光に変換されてリンゴに届いてからリンゴが動くことになるから。時間が逆転するというのはそういう事です。

 この脳みそからの情報変換とリンゴへの光の受け渡しがスムーズに間違いなく行われれば何の問題もありません。逆再生されているなんて誰にも分かりませんからね。

 しかし、脳みその情報がほんの一瞬でもリンゴではなくメロンに変わったとしたら少し奇妙なことになります。リンゴに向かってメロン用の光が飛んでいくんです。リンゴが一瞬メロンに変わってしまうかもしれません。

 でも心配ご無用。時間は逆転しています。時間が逆転している状況で物事を観察すると、観察者の頭の中、或いは記憶媒体に蓄えられた情報が、目とか耳とか鼻とかの感覚器官から観察対象物に対して発せられます。

 発せられるはずのリンゴの情報のほんの一部がメロンの情報に変わったところでそれがわかる人は誰一人としていないでしょう。何故ならリンゴに当たる光は観察者の目から放たれた物で、そのリンゴに当たった光は人の目に向かって飛ばずに太陽に向かって進むからです。

 しかし、リンゴの代わりにメロンの情報が使われてしまったということは、今度はメロンの情報が僅かに足りなくなってしまいます。この足りなくなったメロンの情報は他の何で補填されるのでしょうか。

 しかも、あなたの頭の中にあるあなたが経験したと思われる情報はリンゴが落ちる事だけではありません。あなたの頭の中に蓄積された膨大な量の情報が、全く間違わずに各感覚器官から外部に発せられ、それぞれの対象物に届き、しっかりと逆再生されていくのかどうか…実に怪しい話です。

 しかもです、このリンゴの落ちるのを目撃していたのはあなただけでしょうか。ひょっとしてあと二人くらい見ていたかもしれないし、犬や猫や鳥、もっと言うなら地を這う虫も落ちるリンゴを見ていたかもしれません。その目撃者たちの頭の中の情報が順番通りに間違いなく逆再生されて、変換された光がちゃんとリンゴの方に向かって飛びリンゴの表面で反射し、太陽に向かって帰っていけるのかどうか……。大変に難しいミッションであるように思えてなりません。

 あなたの頭の中に蓄積された情報にまで話が及んだので、ついでにそこのところも妄想しましょう。

 あなたの寿命が百歳だと仮定しましょう。時間が逆転するとしてあなたの記憶はどこから始まるとお考えでしょうか?病院のベッドの上で家族に看取られる最期の瞬間でしょうか。いえいえ、葬式が終わって火葬されて灰となってしまったところからです。……本当ならこの宇宙が膨張しきって収縮に転じるところ―もちろん時間が逆に進めると仮定しての話ですが―宇宙が収縮に転じるところからなんですが、そこまで話を持っていくと、スケールが大きくなり過ぎるので、目に見える範囲で考えますね。

 さて、火葬されて灰になってしまったあなたですが、時間を遡ると灰から燃える前の遺体に戻っていき、その間に二千億個あるとも言われるあなたの脳細胞は再生され、その脳細胞に蓄積されていたであろう経験や記憶が蘇っていく筈です。そして死ぬ瞬間にまで戻るとあなたの脳がもつ記憶は最大限になります。

 死ぬ瞬間から更に時間を遡るとあなたの記憶はどんどん減っていき、リンゴが地面から浮き上がり木の枝にくっつこうとするあの瞬間を迎えます。あなたはリンゴが落ちる瞬間を見るのは初めてだと思っていますが、実はそのリンゴが落ちる映像は既に頭の中にあった物です。

 あなたが見るもの経験するものは全て頭の中に蓄積されてきたものであり、時間を遡り乍ら見たり経験したりすることで、その蓄積されてきたものがどんどんと失われてきます。そして最後には百年前の何も知らない無垢な赤ちゃんになり、母親のお腹の中へと帰っていきます。これがあなたの一生です。

 ここで気付かれたことがあるでしょう。あなたの目の前で起こる事は全てがあなたの頭に蓄積されている事です。あなたの頭の中にある情報が光として目から出るとそのことが目の前で繰り広げられ、頭の中にある情報が耳から出るとそれは音となって再生され音の元へと返っていきます。

 つまり、この世の中のすべての出来事は、その出来事を目撃した人の記憶を逆転で再生していくという事になります。それでは目撃者のいない出来事はどうなるのでしょうか。大丈夫、心配はいりません。全ての現象の結果は電磁波としてこの宇宙のどこかに存在する筈です。時間が逆転することでその散らばった全ての電磁波が一か所に集まり、何らかの現象が逆再生されるでしょう。

 問題は、その膨大な情報がひとつ残らず間違いなく集まり、間違いなく正確に再生されるかです。どこかでエラーが起こりそうな気がするのは私だけではない筈です。

 時間が逆転するのかそれとも逆転しないのか。「してもしなくてもいいけど、逆転すると色々手続きが面倒だ」というのが私の妄想の中の結論です。

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続 光速度不変の原理 ~妄想力を駆使して考えた向こう側~ サ卜ウマコ卜 @makoto-satou

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