第38話 見える人は?
「幽霊って、あれが?」
「ほっほ、そりゃあ面白いお話ですなあ」
思わず訊き返したノエルと、可笑しそうに笑うおじいさん。
私は、といえば困惑したままアルバート王子をじっと見上げた。うーん、あいかわらず顔が良い……、ではなくて!
「ちょっと待て、ひょっとしてそこの見習いにもあれが見えるのか?」
その王子も相当驚いたらしく、ノエルを軽く睨んでいる。
「ええ、そうです」
なにせ彼は主人公で規格外なのです。
「舞踏会でも、確かに見えておりました」
「……驚いた」
ほとんど無防備に、アルバート王子はそう呟いた。
「これまでずっと、あれは俺と兄上にしか見えないもんだと思ってた」
「……それはどういう意味でしょう」
「どういうって、言葉の通りだ」
小さく鼻を鳴らして、王子は言葉を続ける。
「昔からアレは城をうろうろしていた。最初に見たときはもっと小さくて――、いや待てよ、幽霊って成長するのか……?」
首を傾げてから少し考えて、考えてもわからないことだと切り捨てたらしい。こういう取捨選択の速さは、なんとなくニコラス兄様を思い出させる。小さい頃はニコラス兄様が家庭教師についていたというから、思考も少し似ているのかしら?
「とにかくだ」
と、アルバート王子は軽く咳払いをした。
「アレは周囲の人間には見えなくて、俺にだけ見えていた。だから最近までずっと俺にだけ見える幽霊だと思っていたんだ」
「まあ……恐ろしくはなかったのですか?」
「子供のころは少しな。ま、城は古いし『出る』って話もひとつやふたつじゃない。いちいち怖がってもキリがないだろ」
ひえー、そうなの?
幽霊よりは魔法使いのほうがよかったなあ……自慢じゃないけれど、オカルト方面はダメなんだ。あんまりお城には近づかないようにしよう……。
「特に何をするわけでもなくうろうろしているだけだ。そのうち慣れて気にもならなくなった」
「慣れて……、ですか」
自分にしか見えない幽霊(仮)が住んでいるお城をうろうろしていても慣れちゃうものなの? 王族って大変なんだなあ……。
思わず尊敬のまなざしを向けると、アルバート王子はわずかに顎を挙げて空を睨んだ。
「……けどさ、俺の他に見えているヤツがいたんだ」
「ユリウス王子ですね?」
「ああ、一年ほど前だ。なんだったか、大きな式典で王族と重臣が大広間に集まったとき、アレが出た」
「ええっ、式典にですか!?」
「そう、玉座の前をすーっと通りすぎて、また戻って来る。害はないんだがどうにも気になって、知らないうちに目で追っていたんだろうな」
王子様が可笑しそうにくつっと笑う。
「式典の後、こっそりユリウス――、兄上が近づいて来て、訊かれたんだよ。『もしかして、アルバートもあれが見えているのかい?』ってさ」
つまり、その時まではお互いに見えていると知らなかったのね。
「その時、はじめてあの幽霊が見えているのは、俺だけじゃないってわかった」
「ほっほう」
「……」
おじいさんがさも面白そうに声をあげる。
隣をうかがうと、ノエルはまだ緊張した顔だ。もしかしたらお化けが怖いのかもしれない、と思いついて少し可笑しくなった。
「これまであいつと――、兄上とはろくに話したことも無かったけど、そのときばかりはどうしても話をしたくて夜中にこっそり部屋に押しかけてやった」
アルバート王子の声は楽しそうだ。
その様子だけで、お二人の仲が今は良好だとわかる。少し前までユリウス王子とアルバート王子にはほとんど交流が無かったというから、“幽霊”がきっかけをくれなければそのままずっと疎遠だったかもしれない。
「話してみたら、ユリウスも俺と同じで小さい頃からアレが見えたっていうからさ」
「ユリウス王子はどう思っておられたのでしょう」
「『害はないから』とか言って笑ってた。あいつ、見かけによらず肝が据わってるよな」
「ええ、先日の舞踏会でもとてもご立派でしたわ」
「俺はずっと誤解してた。母上にあることないこと吹き込まれてたってのもあるけど、あの銀色の髪と澄ました顔にどっか苦手意識があったんだろーなあ」
そこで軽く手を合わせ、得意そうにぱっと胸の前で広げる。
「けど、話してみたら面白いやつだし、どっちも王位に執着なんか無い。周りの大人に騙されて、お互いを誤解していたって気付いたわけだ」
「まあ、誤解が解けてほんとうによかったですわ!」
ユーレイ(仮)は怖いけど、王子二人が仲良くなったのは結果オーライじゃない? むしろナイスユーレイじゃない? いや、聞けば聞くほどに本当にユーレイか? キューピッドの間違いじゃないかしら。
「それからは兄上と幽霊を観察しては報告しあった。フラフラしてるようで、アレの行動には結構法則……というか、好き嫌いがある」
「好き嫌い? ユーレイがですか?」
「ああ。兄上と俺が疎遠だったころは、俺たちの傍をうろうろしていたけど、最近ではどういうわけか母上と宰相の近くにいることが多い」
「それは……、もしかして王妃様の身が危ういのではありませんか?」
「大丈夫だろ。俺たちだって何年も近くをうろうろされていたけどピンピンしてるし」
む、確かに。
思わず頷くと、アルバート王子は私の顔を見てちょっと思案顔になった。
「そういえば、今朝も見たな」
「え、朝からですか?」
「ああ」
「やはり、王妃様のお傍に?」
王子はわずかに顎を引いて、声を潜めた。
「いや、お前の兄貴だ」
「え?」
「あいつ、今朝はずっと……ニコラスの周りをうろうろしていた」
「そこまで気にすることはないだろう」
向かいの席に座ったアルバート王子が、気まずそうに呟いた。
わかっている、わかっていますとも。
だけど“幽霊”がニコラス兄様の傍にいたと聞いた瞬間、私は自分でも驚くくらいに動揺してしまった。具体的に言うと、その……泣き出してしまったので、ノエルのみならずアルバート王子にもおじいさんにも気を遣わせてしまったのである。
その結果が、今のこの状況だ。
私とアルバート王子は、ノエルが御者を務める我が家の馬車で王城へと向かっている。
「わかっております……申し訳ございません」
我ながらちょっとおかしいと思っているので、私は素直に謝った。びっくりするくらい声に力が入らない、動悸が止まらない。膝の上に置いた手が、ぶるぶると震えてしまう。
さすがに同情したのか、アルバート王子が小さく息をついた。
「……っ、いや、俺も悪かった」
「殿下は悪くありません」
「仮にも若い女性に聞かせる話じゃなかったと、反省はしてる」
「仮にも、とはどういう意味でしょう」
慰めたいのかけなしたいのかどっちだよ。
思わず唇をとがらせると、王子はほっとしたようにわずかに口元を緩めた。
「いいぞ、その調子だ」
「意味がわかりませんわ」
それでも、励まそうとしてくれているのは伝わってくる。
自由奔放で我が儘なところはあるけれど、根っこは育ちが良くて優しさを隠しきれないタイプなんだよなあ、そして顔が良いんだ……うん、好みの顔を眺めていたら少し落ち着いてきました。
「だいたいニコラスは幽霊くらいじゃびくともしないだろ」
「でも、なんだか今朝の兄は元気がなくて、それが気になって」
「そりゃああの宰相にこき使われてるんだし、面倒な舞踏会もあったんだ、疲れるだろうさ。ニコラスも一応人間だからな」
「それは、そうですけれど……」
アルバート王子の話を聞いた瞬間、不安でどうしようもなくなってしまった。そんな私を持て余した王子と慌ててなだめようとしたノエルに『一度顔を見れば安心できるかもしれん』と提案してくれたのはあのおじいさんだ。なんだかんだ、やっぱり年の功だよね。
普段ならお兄様に会うためにお城へ行くのは敷居が高いけれど、王子を連れて帰れば大手を振ってお兄様を呼び出せる。アルバート王子はこっそり帰るつもりだったみたいだけれど、多少責任を感じたらしくしぶしぶ我が家の馬車に乗ってくれた。
「くそ、帰ったら絶対説教だろうな」
「それは自業自得だと思いますわ」
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