昨日は神様の日

伊織千景

昨日は神様の日

 屋台をばらして運ぶ人。打ち上げた花火を片付ける人。取り付けられた提灯を外して回る人。言葉少なめに祭りの後片付けをする人達を、私は頬杖をついて眺める。祭りは夜通しで行われていたので、着替えもまだ済んでいない。儀式用の装束はゴテゴテしていて動きづらいので嫌だけど、決まりだから仕方ない。

私は毎年この日を、こうやって後片付けを見ながら過ごす。そしていつもこう思う。祭りなんて嫌いだ。なぜならいつだって、私は祭りに参加していて、参加出来ていないのだから。


 年に一度、この祭りは神社で開かれる。毎年良くもこんな人数の人がいたものだと、感心する程の人が集まる。そしてこの狭い神社で、文字通り夜通しお祭り騒ぎをする、らしい。そして私はその祭りの主役で、神に仕える巫女として、この神社の神様を演じる、らしい。


 要領を得ないのは、これらが全て人から聞いたものだからだ。

お祭りの最中、私は私でなくなって、神様が私に降りてくる。その間に何が起きたか覚えてはいない。目が覚めるのはいつだって祭りが終わった後。だから私の中での祭りとは、疲れた顔をして片付けをする人達と、お客のいない縁日と、重苦しい儀式装束だけなのだ。


「昨日はお疲れ様です。巫女殿」

 ふと横を見ると、白いひげを蓄えた老人が一人、隣に腰掛けていた。

「そんな、私は疲れることなど、何も」

 私がそう言うと、皺だらけの顔を更にしわくちゃにして、老人は笑う。

「祭りの主役だったあなたが、何もしていないと仰っしゃりますか」

この人にとって、昨日の神様と今の私は同じなのだろう。自分ではない人の事で褒められているみたいで、なんだか居心地が悪かった。

「なにか、思い煩うことでもあるのですか?」

 そんな気持ちを察してか、老人は優しく微笑み、そう私に尋ねた。けれども私は何も答えられない。話してはいけない類のものだと感じたし、何よりどう話せばいいかも解らなかった。少し悩んだ末、私は口から出る言葉に頼ることにした。


「街の子供達が皆話すんですよ、昨日の縁日で何を遊んだとか、ヨーヨーを取ったとか、金魚をすくったとか、綿あめを食べたとか。そんな話を楽しそうにするのです。私が知らない楽しみを、皆が一緒に共有している。たこ焼きを皆で食べたとか、へんてこな仮面をつけたとか、花火が綺麗だったとか。そんな話をするんです。私はそんなもの、ひとつも知らないのに」

 片付けられていく屋台を眺め、自分で何を言っているんだろうとつぶやいた。秋が近づいているせいだろうか、風が少し冷たく感じる。そのせいだろうか、少し胸が締め付けられているようだった。

「仕方のないことだとはわかっています。わがままは言えない立場です。けれど毎年、縁日が片付けられるこの日は、いつもそんな事ばかり考えています」

ふと顔を上げると、老人は立ち上がっていた。その背はぴんと伸びていて、何かを考えているように腕を組んでいる。


「せっかくのお祭り騒ぎを、主役の巫女殿が楽しめていない。これでは本末転倒ですな」

「そうはいっても、それこそ後の祭りですよ」

「巫女殿は上手いことおっしゃる。確かに昨日の縁日をまた繰り返すことはできません。けれど、今日を昨日のように楽しむことはできますよ」

 そう言って振り返った老人の右手には、ふわふわの綿あめと、湯気立つたこ焼き。そして左手には小さな線香花火の束が握られていた。いつの間に持ってきていたのだろう。そんなことはどうでもいいくらいに、私にはそれらは魅力的に見えていた。

「縁日と比べると貧相ではありますが、少しは楽しさを知ることが出来るかと」


 そうして私たちは二人でお祭りをした。たこ焼きを一口で食べて火傷しそうになったり、綿あめは思ったより食べづらかったり、線香花火は昼間で見えづらかったりしたけれど、とても楽しかった。昨日は神様の日だったけれど、今日は私の為の、ささやかなお祭りの日になった。

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昨日は神様の日 伊織千景 @iorichikage

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