第7話 無恥な愚か者
「やっと戻ってこれたな」
「うん、そうだねアイク!」
セプテム大迷宮から脱出し、東に歩くこと三十分。
目の前には壁に囲まれた冒険者の町フィードがあった。
「んー、でも、さすがにちょっと疲れちゃったかな」
ここまで主に戦闘を担当してくれていたフレアが小さく弱音を零す。
今の彼女は疲れを感じるようになっているみたいだ。
「なら休むか? ここからならもう俺一人でも大丈夫だからな」
「いいの? 迷惑じゃない?」
「当たり前だ」
俺は腰のベルトにぶら下げている物の中から
片手で持てるサイズのケースを取り出した。
この銀色のケースは通称、
その名の通り、人形を休憩、もしくは保管するためのケースだ。
しかし当然、フレアがそのままこのケースの中に入ることはできない。
そこで俺は人形遣いの保有スキルのうちの一つを発動する。
「
「わあっ、不思議な感覚だねっ」
すると、フレアの体がみるみるうちに縮んでいく。
一瞬で手のひらサイズの大きさになってしまった。
とはいえ拡大縮小にはそれぞれ限度がある。
今のフレアが最小、先ほどまでのフレアが最大といったところだ。
人形にこの機能が備わっているか否かは、人形を作成する職業である
その点、俺の専属の
フレアが意思を持った状態でも無事に発動できたことに俺は安堵した。
「なんかこの中で寝ていると、疲れが全部吹っ飛んでいく感じで気持ちいいんだ!
そんなわけでアイク、おやすみ~」
「ああ、お休み、フレア。ここまで助けてくれて本当にありがとう」
「えへへ、どういたしまして、だよ!」
そのままぐっすりと眠るフレアを見て表情を緩めた後、
俺は改めて冒険者ギルドを目指すことにした。
今は日が昇ってから少し時間が経った頃。
依頼を受注するピークの時間と被ってしまったのか、ギルドの中は多くの人で溢れていた。
だというのに、何故か全く列が並んでいない受付が一つあった。
その受付にいたのは俺のよく知る女性エイラだ。
彼女は深く落ち込んでいるかのような表情を浮かべていた。
そのため冒険者たちも彼女を避けているのだろう。
余計なお世話かとは思いながらも、心配になった俺はエイラのもとに向かう。
その時だった。
ふと顔を上げたエイラが俺の存在に気付き、パクパクと口を開閉する。
どうしたのだろうか? そう思う俺に対し、彼女は告げた。
「えっ!? アイクさん!? 生きていたんですか!?」
「――――は?」
想定していなかった言葉に、俺は思わず首を傾げる。
けれどすぐに得心がいった。
既にこの町に戻ってきているであろうノードたちが、俺が死んだと報告したのだろう。
あの状況だ、そう判断するのも頷ける。
「ふー」
しかし当然、俺はノードたちに思うところがあった。
最初にその話題から入ってしまっては冷静さを失う恐れがあったため、別の用件から片付けることにする。
俺は腰のベルトから荷物袋を外し、カウンターに置いた。
「えっと、もしかして死んだって噂が流れてたのか?
その辺りについて色々と話したいことはあるんだが……
とりあえず、その前に魔留石とミノタウロスの魔石の買い取りを頼む」
「は、はい、わ、分かりまし――ミノタウロスの魔石ですか!?」
ざわりと、エイラの叫びが聞こえたのか周囲の冒険者が賑わいだす。
「おい今、ミノタウロスの魔石って言わなかったか? あんな奴がミノタウロスを倒したのか?」
「聞き間違えに決まってんだろ。確かアイツ、勇者パーティーのお荷物だっていう人形遣いだろ?」
「だ、だよな。ここ数年誰も攻略できてない五階層が攻略されたのかと思っちまったぜ」
外野の反応を聞き、エイラは申し訳なさそうに頭を下げていた。
「も、申し訳ありません。驚きのあまり叫んでしまって……」
「いや、大丈夫だ。ここで納品する時点でこうなる覚悟はしていた。
とりあえず査定の方、頼んでいいか?」
「は、はい、分かりました……って、えっ?
もしかしてこの何個もある魔留石……全て高ランクですか?」
「ああ、五階層で取ったものだからな」
「ごっ!?」
再び衝撃の声を上げるエイラ。
しかも今度は俺の言葉まで聞かれていたらしく、さらに騒ぎは大きくなる。
「今、五階層って言ったわよ? 本当にミノタウロスを倒したんじゃない?」
「ああ、今度は聞き間違いじゃねぇよな……おいお前、本当にミノタウロスを倒したのか!?」
噂話から、とうとう直接言葉をかけられる。
振り向くと、数十の冒険者たちが俺を見ていた。
今ここで嘘をついた方が後で面倒なことになりそうだ。
俺は覚悟を決め、ミノタウロスを倒したことを告げ――
「ああ、その通り! このオレがミノタウロスを倒したんだ!」
――人垣を分けるように、見慣れた金髪の男が前に出てくる。
その後ろには残る三人もいた。
俺は目を細め、鋭い視線をその男に向ける。
「……ノード、お前、何のつもりだ?」
俺たちを見捨てのうのうと逃げた勇者ノードが、へらへら顔でそこに立っていた。
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