第6話 勇者の苛立ち

「おい、何で依頼が未達成なんだ!」

「そう言われましても……

 先ほども説明した通り、依頼分に届いていないからです」

「何故だ! ここにしっかり十個あるだろう!」


 まだ日が昇り始めたばかりの早朝。

 冒険者の町フィードにある冒険者ギルドにて、

 Bランク勇者パーティーのリーダーである勇者ノードは盛大に声を荒げていた。



 昨日、パーティーメンバーの一人を犠牲にミノタウロスの襲撃から逃れ、ノードたちはダンジョンから脱出した。

 疲れ切った体を宿で癒した後、彼らは受けていた依頼の達成報告のため冒険者ギルドに赴いた。


 受けていた依頼は魔留石の納品だ。

 低ランクなら十個、

 中ランクなら三個、

 高ランク以上なら一個が条件となっていた。


 ノードたちがセプテム大迷宮の攻略に挑んでいたのも、三階層から魔留石が採掘できるためだ。

 もののついでに三階層のボスを討伐して気分が良くなっていた矢先、ノードの失態によりミノタウロスが現れ死に物狂いで逃げ帰ってきた。


 しかしノード本人は、自分の失態が招いた事故であると認識していない。

 それどころか、その直後の仲間を見捨ててまでミノタウロスの脅威を退けた自分の判断を素晴らしいものだと認識している始末だった。


 そんなノードにとって、命を懸けた冒険の結果が依頼失敗など、とうてい受け入れられるものではなかった。

 現に手元には魔留石(低)が十個ある。

 ギリギリだが、条件は満たしているはずだ。


 しかしギルドの受付嬢エイラは頑なに首を横に振る。


「確かに数だけなら依頼分ありますが、

 そのうちの五個に大きく亀裂が入っています。

 これでは使い物になりませんし、買取もできかねます。

 申し訳ありませんが、決まりですので」

「くっ……!」


 心当たりがあったため、ノードは歯を噛み締めた。

 石橋を破壊するために放った聖閃剣ディヴァイン・ソードだが、実はあの時ノードは三階層のボスと戦った直後で魔力が切れかけていた。

 そのため手元にあった魔留石(低)のうち半数から無理やり魔力を取り出しあの技を放ったのだ。

 ノードの莫大な魔力行使の前に低ランクでは耐えきれず亀裂が入ってしまったのだろう。


 言葉を失ったノードに対し、エイラは続けて言う。


「依頼期限は本日までですが、どうしますか?

 残りの五個が間に合わないようでしたら、このまま依頼は未達成として処理させていただきますが」

「ああ、分かったよ! 未達成でも何でも勝手にしやがれ!」


 依頼に失敗したら多少のペナルティはあるが、さすがに今からまたダンジョンに挑む気力はない。

 ノードは仲間に相談することもなく吐き捨てるように告げる。



 そんな二人の会話を隣で聞いていた魔法使いのユンが、ここぞとばかりに口を開く。


「誰かさんが罠に引っかからなかったら、依頼も達成できてたのにね」

「っ、ユン! てめぇ、オレのせいだって言ってんのか!?」

「だってそうでしょ! あんな罠回避できたじゃん! それにその後に橋を破壊するのだって意味不明だったし!」

「うるせぇ! あの時はああするしかなかったんだよ! 何もできなかった奴は黙ってろ!」

「――――!」


 ユンは軽く表情を歪めた後、発言を止めた。

 ユンを納得させられたと判断したノードは、なぜ自分がこんな目にあっているのかその原因を考える。


 答えはすぐに出た。

 アイクだ、アイツがすべて悪い。

 囮としての価値しかないくせに、肝心な時にその役目を果たさない。

 アイツが自分たちと一緒に逃げることなく囮を務めていれば、魔留石を使うことなく逃げ切れたはずだ。


 ――そうだ、アイクといえば。



「――そうだった、忘れるところだったよ。おい、受付嬢」

「はい、なんでしょうか?」



 依頼は失敗に終わったが、もう一つ伝えておくべきことがあった。


「アイクだけどな、アイツ、死んだよ」

「え……? アイク、さんが?」


 エイラは絶望にも似た表情を浮かべる。

 そういえばこの受付嬢はアイツと仲がよかったなと、ノードは思い出した。


「ああそうだ。アイツが頭の悪いヘマをやらかしてな。今回オレたちの依頼が失敗に終わったのもアイツのせいだ」

「そんな、嘘ですよね? あのアイクさんが……」

「本当だ、アイツは死んだよ。なあ皆?」


 ノードの問いに、他のパーティーメンバーは静かに頷く。

 歴戦の冒険者である彼らなら、あの状況からアイクが生き延びることはできないと確信している。


「っ!」

「パーティーメンバーの死亡による脱退処理は早く済ませといてくれよ、じゃあな」


 ノードの言葉が真実であると理解したであろうエイラに向け最後にそう告げると、ノードは受付の隣にある酒場に向かった。

 鬱憤を晴らすため、まだ朝だが酒を飲むことにする。



「おいノード、こんな時間から飲むのか」

「うるせぇ、文句言うくらいならここから消えやがれ」


 重戦士ルイドの苦言を一蹴し、ノードは酒を流し込む。

 ルイド、ユン、ヨルは一度お互いに顔を見合わせた後、ノードと同じテーブルについた。


 ふとノードは、今はもう死んだであろうアイクについて考える。


 腹立たしい奴だった。

 そもそも、気まぐれであんな不遇職を仲間にしたのが間違っていたんだ。


 既にパーティーには重戦士タンクがいるのに、何故かアイツかアイツの人形は常に魔物から狙われ逃げ惑うばかりで。

 時折、意味が分からないタイミングで魔法使いマジシャンに大きく劣る初級魔法ローマジックを放ち、

 僧侶プリーストとは比べ物にならない微治癒ローヒールを……いや、これを使ってるのはあまり見たことがなかったか。


 何はともあれ、どの面においても役に立たない。

 かろうじて索敵サーチだけは頼ったこともあったが、それなら盗賊シーフをパーティーに入れた方が何倍も効率的だ。

 別の優秀な奴がパーティーにいれば、ミノタウロスだって逃げずに倒すことができたかもしれない。



「えっ!? ――クさん!? ―きていたんですか!?」

「……ん?」



 その時、受付の方から誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。

 けれど今はそんなことよりも酒を飲む方が重要だ。

 気にもせずジョッキを傾け、ごくごくと酒を飲んでいく。


 その最中、聞きなれた声が耳に飛び込んできた。



「えっと、もしかして死んだって噂が流れてたのか?

 その辺りについて色々と話したいことはあるんだが……

 とりあえず、その前に魔留石とミノタウロスの魔石の買い取りを頼む」

「は、はい、わ、分かりまし――ミノタウロスの魔石ですか!?」



 信じられない内容を語るのは、苛立ちを感じる声。

 ノードは反射的にそちらに視線を向ける。


 そこにいたのは、死んだはずのアイク本人だった。

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