すぐに治療できない未来病院

ちびまるフォイ

きっと未来はもっと元気な自分でありたい

引っ越してから初めて近くの病院へ行った。


「どうされましたか?」


「なんかちょっと頭痛くて……」


「あ無理ですね」

「え?」


「うちは未来病院。あくまで治療対象は未来の病気やケガなんですよ。

 今現在のものについては治療できません」


「……それじゃ、俺の将来の病気を治してもらえますか?」


「お任せください」


未来医師は聴診器を体にあてがって未来の心音を確認した。


「……そうですね、あなたは将来腕を骨折するでしょう。

 薬を出しておきます。それを今飲んでおけば骨折は免れますよ」


「先生、どんなふうに骨折するか教えてもらえますか?

 そもそも骨折する未来を避ければ治療する必要もないと思うんです」


「未来が見えるわけじゃないんで、そういうのは無理です」


「はぁ……」


未来医師から渡された薬を飲むと、右ひじに激痛が走りもはや頭痛なんか吹っ飛んだ。

体の内側で小人がトンカチを振り回して骨をぶっ叩いているような鈍痛。


「あだだだだ!! なんだこれ!?」


痛みがやっと引いたあとで、文句行ってやろうと外に出たとき。

横から突撃してきた車に跳ね飛ばされた。


地面に着地する瞬間にとっさに右肘が下敷きになった。

体重のほぼすべてが右ひじにのっかかった。


けれど、未来医師による薬で右ひじがパンパンに腫れていたことが幸いし骨は折れなかった。


もしも薬を飲んでなかったらと考えたとき、利き腕をギプスで固定され左手で不自由な生活を送る自分の姿が思い浮かんだ。


「じ、事前に治療しておいてよかった……!」


その足で未来病院へと向かった。


「おや、あなたはこないだの……」


「先生、俺は未来医師なんて信じていませんでした。それもさっきまでです。

 でも今は先生の腕が本物だとわかりました!」


「ああ、骨折したんですね。でも大丈夫だったでしょう?」


「はい! なので、他の未来の疾患も治してください!」


「かしこまりました。では診察しますね」


未来医師はより深く、精密に将来の疾患を検査した。


「どうですか先生?」


「まあひとことでいうと、めっちゃ病気患います。

 なので薬を出しておきますね」


「先生、ありがとうございます!」


「ですが、用法用量をまもって服用してくださいね。

 薬といってもいわば毒。今のあなたは健康ですが将来のために毒を服用するんですから」


「ははは。先生いまさら何を言ってるんですか。そんなのわかってますよ」


未来医師にお礼をしてから薬を受け取った。

家に戻ってから薬を広げて飲むタイミングなどを確かめる。


「えっと、こっちの袋の薬はあっちの薬を飲み終わってからか……めんどいなぁ」


一口に未来といっても、ずっと先の病気に対する薬もあるし

逆に直近の未来の病気に対する薬もさまざまある。


それぞれがどれだけスパンあくのかわからないが、

とにかく薬は先々の未来を踏まえたうえでさまざまな種類が用意された。


「いまのうちに全部飲んでおけば、将来のリスクゼロにできるんじゃないか?」


病気になるのがいつの未来なのかはわからない。

だったら今すぐ全部飲んでおいたほうがいつでも対策できると思った。


薬をまとめて飲み込むと、体が急に震えだしてとても立っていられなくなった。

冷や汗が止まらなくなり死を実感する。


「こ、これはやばい……!!」


命の危機を感じ、最後の力を振り絞って救急車を呼んだ。

そこで意識は途切れた。


 ・

 ・

 ・


次に目を覚ましたのは普通の病院だった。


「大丈夫ですか、あなたは自宅で倒れてそのまま病院へ担ぎ込まれたんですよ」


「そうですか……」


「ものすごい大量の疾患を抱えていたようです。

 いったいなにをしたんですか?」


「そ、それは……」


処方された未来の病気に対する薬を大量に飲んだとは言えなかった。


「体調は?」


「ええ、もう全然平気です」


医者はまだ様子を見たほうがいいと言っていたが、

すでに元気なので問題ないと突っぱねた。


それからしばらくして、また未来病院へと足を運んだ。


かつてはガラガラだった待合室も今では人で溢れていた。


「あ、あの人……俺を治療してくれた医者だ」


待合室で先に待つ人の中に、緊急搬送された病院の医者がいた。

声をかけるかどうか悩んでいる間に名前を呼ばれて診察室へ入ってしまった。


医者が診察室から出てくると、入れ違いで今度は俺が呼ばれた。


未来医師は変わらぬ顔で待っていた。


「おや、お久しぶりです」


「先生、さっきの人ってお医者さんですよね」


「知り合いなんですか?」


「ええ、まあ。医者でも病院に行くんですね。なんか不思議です」


「医者とはいえ人間ですから。今のうちに未来のケガや病気を防ぐことが、ひいては将来の病気を治せるんじゃないですか?」


「なるほどなぁ」


関心しながら未来医師の診察を受けていた。

沈黙が怖くなったのでつい口を開いてしまう。


「ところで、さっきの人はどんな病気だったんです?」


「病気はなかったんですが、大きなケガができるようでした」


「ケガというと?」


未来医師は聴診器をあてがいながら答えた。




「最近やった手術でミスがあったそうで、未来で患者に思い切り殴られるケガを防ぐ薬を出しておいたんです」


俺の心音は乱れに乱れて、その日はとても診察できる状態ではなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すぐに治療できない未来病院 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ