第8話 大国主命 精霊を開放する

 真黒の無数のムカデ。

 それが、ヒロの首から下を黒く染め上げ、巨大なムカデの影が首筋へと巻き付き、頸動脈に向かって牙を開き噛み切ろうとした、その時。


 ムカデは牙を開いたまま動きを止め、パラパラと崩れ始めた。灰が落ちていくように。


 ヒロの全身を染め上げているすべてのムカデも。天井を覆い隠しているムカデも崩れていく。

 洞窟のムカデたちはうごめき、隙間や、物陰に逃げようする。しかし崩壊は止まらない。

 

 パラパラ・・

 パラパラ・・


 天井も、壁も、地面も。

 少女を覆っていた漆黒も。

 崩れ、はがれ、消滅していく。


「や・・・やめろぉぉ!」

 タケハヤは、ヒロに襲い掛かろうとし・・ばったりと倒れ動かなくなった。


 大掛かりな結界を維持していたのだ。それが消滅した反動は術者に跳ね返る。命が無事で済むはずがない。

 


 やがて、洞窟を覆っていたすべての漆黒は消え、岩に囲まれた石室があらわになった。


 しかし、ヒロの服の袖口からは、パラパラと灰のようなものが落ち続けている。

「もういいか」

 そのヒロの言葉と共に、それも無くなったが。


 ヒロは、囚われていた少女の傍らにひざまずいた。

『こんばんわ、お嬢さん。君を開放しに来たよ』

『あなたは、誰?』

『僕はヒロ。君の名前は?』

『私に名前は無いの』

『じゃあ、僕が名前を付けてもいい?』

 少女は頷いた。

『君は水の精霊だよね?じゃあ、ウンディーヌでどう?undaの精霊っていう意味で』

 少女はにっこり笑った。

『ウンディーヌ・・・いいわ!』


 少女は、タケハヤを見て言った。

『・・その人・・死んだの?』

『・・そうだね』

 少女は、ヒロを見て悲しそうに言った。

『私は千年生きたけど、人間はみんな死んでしまった・・・

 あなたも・・・死ぬの?』

 精霊は、人間と違って魂を持たない。代わりに魂の器と呼ばれるものに自然界のエネルギーが溜まり命となる。その容量により寿命が決まる。

 一般的に、人間より遥かに長い寿命を持つものが多い。


 ヒロはにっこり笑って言った。

『千年?じゃあ三千年生きている僕の方が年上だね』

 少女は口に手を当て、驚いた顔をした。

『ほんと?・・ヒロは人間なの?』

『たぶん、人間だと思うよ』

 ヒロは、少女を抱き上げた。

『さぁ、行こうか』

 少女はヒロの首にしっかりと手を回す。



 ヒロは少女を抱きかかえたまま、洞窟を抜け外に踏み出した。

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