第2話「俺は牡蠣フライ派だ」

 俺の名は、中田圭なかたけい。33歳独身。


 都内のピアノ配送会社、シャルドン商会でアルバイトとして働いている。

 社員ではないのでボーナスは出ないが、肉体労働という点もあってそれなりに月給は貰っており、多少体格に恵まれていることが唯一の誇りだ。

 ただ恋人もいなければ、特にこれといった趣味もない。休日はネットサーフィンとテレビを見て過ごし、時折パチンコで大負けするくらいの平凡な社会人である。

 そんな俺は今、どうやら仮死状態にあるらしく、天界とかいう場所で変な神様(鋼太郎)に色々説明を受けているのだが……。


「はいじゃあ中田くん、この子が君の相棒バディとなる牡蠣かきちゃんね」


 自称神が紹介した横に、何故か『巨大な牡蠣』が佇んでいた。

 いやもう比喩とかしようもなく、マジであの牡蠣。

 殻は表面だけ取れてて、ぷるんとした身が露わになっている。身長は恐らく150センチ以上あり、海のミルクと呼ばれるそのネーミングからも分かると思うが、白く艶やかなスタイルは海辺の男たちの注目の的だろう。なんの物質で出来ているのかは不明だが、肌色の手足も生えているのがなかなかにチャームポイントだ。あと六畳間の部屋が若干海水のような、ってかフナムシ臭かった。


「あたい、牡蠣! よろしくね!」


 よろしくじゃないんだよ。

 なんでだよ。色々なんでだよ。ツッコミ待ちなのか。

 てかどこで喋ってんのそれ。口無くない?


「えー、という訳で、中田くんの仲間の紹介も終わったところで」


 待て待て鋼太郎、いや神よ。まとめようとするな。という訳で、はどういう訳なんだ。困ったときそれで乗り切ろうとするの本当良くないと思う。


「いやもう本当さ、なんで牡蠣が喋ってんの?」


 率直な疑問をぶつけてみた。しかしながら二人(二人と表現していいのか?)は、まるで俺が言った言葉が逆に『空気読んでねぇなこの人』ともいった感じに顔を見合わせ、ケタケタと笑っている。殺すぞ。


「牡蠣ちゃんはほら、牡蠣だから」


「ねー☆」


 ねー☆て。ねー☆て。なんでもかんでも星マークつければいいってもんじゃねぇんだわ。こちとらキャバ嬢(ウサリンちゃん:略)をLINEで口説く時にも、オッサン絵文字を使わないように気を遣ってるっていうのに。


「牡蠣だから、っていう意味がまず分かんねぇんですけど……。あとほら、なんなんですか、異世界といったらハーレムとか、普通相棒も可愛い女の子だったりするんでしょうよ。それが牡蠣ってなんなの?」


 若干自分の欲望もあったが聞いてみた。そりゃあ俺だってせっかくこんな機会に恵まれたんなら男の夢も叶えてみたい。


「え、待って待って。もしかして中田くん、牡蠣のこと嫌いなの……?」


 鋼太郎は上目遣いで罪悪感を抉るような発言をしてくる。いや、嫌いとかじゃないし、むしろ牡蠣は食料として好物の部類ではあるけども、違う違う俺が言いたかったのはそういうことじゃなくて。


「わぁあああぁああーーっ!」


 牡蠣ちゃんが大泣きする。どこから涙が出ているのかも分からないが、牡蠣ちゃんは閉穀筋(牡蠣の上部分)辺りを両手で隠して、部屋のそこら中に海水を飛ばしていた。しょっぱ。


「でもあたい、へこたれへん! 必ず中田さんの頼りになるバディになるのん!」


 何語???


「おーいおいおい、なんという青春群像劇だ。涙なんざとっくに枯れ果ててしまったものなのだがな……」


 こいつ鋼太郎、嘘泣きにも程があるだろうよ。絶対後でもう一回オタフクソースまみれにしてやろう。あとこの茶番ほんとなんなの、コントにしても御粗末が過ぎる。


「さ、という訳で君にはこれから異世界に旅立ってもらうのだが」


「だからどういう訳だよ、俺の疑問なんも解決してねえっての。この状況も牡蠣ちゃんも、全部理解不能なんだって。つか俺仮死状態なんですよね? 普通に俺生き返してもらえませんか」


「ダメでーす」


 ものっそいムカつく顔で俺の顔めがけて指をさしてきたので、拳に精一杯のオタフクソースを溜めて神に渾身のガゼルパンチを喰らわせた。


「ぼ、暴力反対!」


「……あーいやその、そこはすみません。反省してますごめんなさい。自分引っ越し業者で体育会系スタイルで性格も荒い方で……ってか人を指刺すなよ神様が」


「けどね中田くん、なかなかいいよ、君は素質がある。その暴力的な性格はまさに、今異世界が欲している力なのだ!」


「いや、異世界でもなんでも、暴力で解決は良くないでしょ、犯罪ですよ。そりゃ当然貴方が人間だったら俺も殴ってませんし」


「あ、でもあたい、焼かれるのとか慣れてますのん! 相棒が暴力的でも、へこたれへん!」


「牡蠣ちゃんはちょっと黙っててくれ」


 なんだかカオスな状態になってきた。そりゃ目の前に天使のコスプレした鋼太郎と、まんま巨大な牡蠣(喋り方からして女性?)がいりゃそうなるわ。あと誰も話が通じねえ。

 壊滅的にやり取りが成立しないこの空気をどうしようかな、と思っていたら、急に神の後ろのアナログテレビからアラームのような曲が鳴り出した。


【カーブッ、カーブッ、カーブッ、シマッヒロッ♪ シマヒロ~カァブ~♪】


 どこかで聞いたことのある野球球団の応援歌だが、若干というか結構名称が違っていて、まるで急な峠の曲がり角をハチロクで攻める感じの歌詞になっていた。しかしテレビには一見して悪魔っぽい奴らが赤いヘルメットを被り、バットで血で血を洗う抗争を繰り広げている。仁義もなさそうな感じだ。


「ああっと! 残念だぁ~、中田くん! 君の転移の時間が来ちゃったよ!」


「へ? 転移の時間?」


「そうそう、儂は本当はここで君に色々説明したかったんだが、オタフクソースまみれになったり、何度か吹っ飛ばされたこともあってね、時間が無くなっちゃったんだよぉ~!」


 うわぁ出たよ、全部自分のせいじゃないって感じに嫌味言う系のやつ。

 ……いやでも、確かに俺のせいでもあるか。ごめんね神様。

 けどほら、いきなりこんな場所に連れてこられて、スキルは「オタフクソースを無限に召喚できる」とか訳分かんないこと言われて、挙句の果てには相棒が牡蠣とか言われてみなよ、そらテンパるわ。


「……えーとつまり、もう俺は異世界に飛んじゃうってこと?」


「そう!」


「ちょ待って待って、俺生き返りたいんだけど!」


「あーそこね! そこも説明させてもらうとね、中田くんが『異世界の問題を解決したら生き返れること』になってるから! そういう【縛り】なんだよ。あほら牡蠣ちゃん、すぐ転移するから中田くんをしっかり抱きしめて」


「合点承知の助なのん!」


「え、待っ、うわ生臭っ」


 ぎゅうと牡蠣ちゃんに抱きしめられた俺の身体は湿り気でビショビショになり、全身が磯の香りに包まれた。すると程なくして突然二人がゲーミングカラー(虹色)に染まり、段々と透明な姿になっていく。

 

「んじゃ、頑張ってね~」


「てめ鋼太郎! 絶対許さねえからな、マジ覚えとけぇっぉおぉおおおおおおお!?」


 叫びも空しく、俺は牡蠣ちゃんと共に異世界に転移したのだった。


 ◇


 気が付くと、真っ青な空が広がっている。見知らぬ天井ではない。

 点々とする雲がゆっくりと流れており、強い太陽の日差しから、今の時間帯が昼時というのは分かった。

 周囲を見渡すと、だだっ広い草原が俺を出迎える。十キロ先には巨大な森があったり、日本では見たことも無いような造形の風車も建っていたりするので、まず俺が住んでいた東京都内でないことは明らかだろう。


「……マジで異世界なのかよ、ここ」


 普通に考えて、こんな超常現象を信じられる訳はない。前にも述べたが、俺は基本的に超現実主義者リアリストだ。幽霊やプラズマといった類も信じないし、物事と言うのは各理論に基づいて立証されるもの。だからこそ言える、これはタチの悪い夢なのだと。たとえ世界がひっくり返っても、身長150センチもある牡蠣なんて存在するはずがないんだし。


「あ、中田さん起きた? あたい、牡蠣! よろしくね!」


 いるんだもんなぁ、目の前に……。

 しかも二本の手足がついた謎の生物で、普通に喋ってるし、果たしてこいつを牡蠣と呼んでいいのかも疑問だが。ていうかなんで今もっかい自己紹介した?


「グルルルルル……」


 と思ってたら、なんか俺の背後で【獣っぽい声】が響いた。

 ああそう、そういうことね、牡蠣ちゃんはこいつに挨拶してたのかな?

 初対面できちんと自己紹介できる人(人?)って素敵だよね。

 しかし嫌な予感がするなぁ、まさか異世界に入っていきなり襲われるとかベタな展開ないと思うんだけど。期待に胸を膨らませ、俺はそっと後ろを振り向いた。


「ワレ、ワシノ縄張リデ、ナンションナ!」


 で、出~~~!! 犬の顔が3つ並んであるケルベロス的なの来たァ~!! 

 デカァァァイ説明不要ッ、5メートルを超す巨大な獣さん!

 ってだから待て待て、この犬ころ日本語喋ってなかった? しかも訛りが広島弁だったような……。


「中田さん、このワンちゃん、怒ってますのん!」


「見りゃ分かるわ!」


 縄張りに俺らがいきなり転移してきたから、なんかこう、あれだろ、怒ってんだよ。縄張り意識が強い広島県人にとっちゃベタな喧嘩吹っ掛けだよこれ!

 あわわわヤバイヤバイ、いくらなんでもオタフクソースでなんとかなりそうな相手じゃない、どうする俺、逃げるか? 逃げたら勝ちか?


「ゼッタイ逃ガサンケェノォ……! ワシャ50メートル2秒ジャケノォ……!」


 あ、終わった。無理だ。

 そういや子供の頃住んでた広島時代にもいたなぁ、やたら50メートル走の秒数でマウントとってくるやつ……。てか最期の走馬灯が短距離走のマウントとってくるやつとか嫌すぎる。はぁもう、夢なら早く醒めてください。

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