第29話 クロエとフレディ。リース家!

「なっ!? どんな身体をしておる! 貴様!!」

「そんじょそこらの身体ではないのう」

 つららの攻撃はまったくの無効化。まさにクロエの予想外。

「わしは女神の加護があるんじゃ。お前には負けぬ!」

 ウォーターカッターを放ち、クロエに斬りかかる。

 絡まった大蛇が口からスモークを放ち、不可視の壁を張り、ウォーターカッターを防ぐ。

 スモークで姿を消したクロエが、樹木の中に消えていく。

「逃がしたわい」

 わしは退くと、キャンプ地まで引き下がる。

「やってくれたな。単独の出撃など誰が認めた」

 伍長が苦い顔でわしをいましめる。

「……」

「まあいいじゃないか。こうして無事に帰ってきたんだから」

「それが甘いと言っている。もし帰ってこなかったら、おれが罰せられていた」

 ヒースと伍長が言い争っているが、わしは別の疑問を抱く。

 クロエとやらは、わしの前から姿を消した。もしあやつが敵のトップなら、わしとの戦いで疲弊しているはず。今、攻め込めば落とせるかもしれぬ。じゃが、その前にこちらのメンバーの補充が必要になるじゃろうて。

 こちらの人員補充と、同時に敵も同じように補充する。となれば消耗戦になるのは目に見えている。

 わしと時間遡行のクロエ。どちらが勝つかは分からぬが、やってみなくては分からない。

 正念場と言えば聞こえはいいが、中身は消耗戦になること間違いない。

「困ったのう」

「なにが困ったの?」

 ミアが顔を近づけてくる。

「なっ!? なんじゃ? 急に」

 わしは思案にふけっていたから気がつかなかったが、ヒースと伍長ももういない。

「全然帰ってこないから心配したの。わたしも一緒に考えてもいいの?」

「ああ。それは問題ないじゃろうて」

「それで敵はどんなやつなの?」

「大蛇が絡みついた、変な奴じゃのう。時間遡行が使えるみたいじゃ」

「時間遡行?」

「時間を巻き戻し、戦えるようじゃ」

「それって最強じゃないの?」

「わしには効かぬ」

「ホント! さすがルナなの!」

 息巻いてしまったが、これも完全防御の力なのじゃろうか。しかして、時間遡行など、敵に回すと厄介極まりない。孫が見ていたアニメやマンガでは味方のことが多く、敵対したさいの対処法などは記載されおらなかった。

 これが敗北のゆえん。

 目の前まで追い詰めて逃がした者の所業。わしは撃たなければならなかったのに、逃がしてしまった。

「くっ」

 小さくうねると、ミアが驚いた顔をする。

「ルナでも悔しがることがあるの」

「なんじゃ。わしとて一人の人間なのじゃ」

「ふふ。そんなルナを見られてここにきて正解だったの」

「毒気が抜かれるのう……まったく」

 わしはため息を吐いて気持ちを整える。


※※※


「ははは。さすが破壊の帝王ルナだな。オレの見立て通りだ」

「何を笑っておる。我が軍が敗北したのだぞ」

 ぐったりとした様子のクロエ。そのやけ酒に付き合うフレディ。

「だから言った。停戦協議を行うべき、と」

「我はそうは思わぬ。ちゃんとした戦力で向かえば、あの小娘も倒せる」

「ほう。してその戦力とは、どこにあるのかな?」

「む。それは……」

 やっぱり何も考えていなかったか。ちなみにオレにもそんな戦力はない。奴は他の敵とは違う。もっとこう、獣じみた怖さを感じる。

「ここで分かるんだよ。怖いって」

 オレは自分の頭を叩いてみせる。

「我は、怖くはない。ただ逃げることしかできなかった不甲斐ふがいなさに負けている」

「なら、ひとりで戦うのか?」

「分からない。でもルナとやらと対峙できるのは我しかおるまいて」

「ほう。オレは少ししたら旅立つ。停戦協定が今一度必要と認識した。お主もそれで良かろう?」

「この前線でする話じゃないわね」

 オレはクスリと笑う。

「違いない。だが、今度こそはオレをトップと認めろ」

「認めないね。だから齟齬そごが生まれる。話し合いにもなりやしないわ」

「ならどうして魔族を滅ぼす?」

「フレディには分からないんだから!」

「女のヒステリックはみっともないだけだ。オレが停戦を促さなければ魔族は滅びないというもの」

「その考えが軟弱者というの。分からない?」

「覚悟ある協議は軟弱者ではない。時には退くのも司令官の役目だ」

「だから部下に痛い思いをさせてもいいって?」

「部下を助けるためにも、停戦は必要なことさ」

 オレは断固として停戦に向けた協議をやめない姿勢を見せる。と、クロエは鼻で笑う。

「それができたら苦労しないじゃない」

「こちらからやめないと、停戦はできないぞ。退くのも勇気だ」

 オレは言いたいことを言い終えると、バーを後にする。といってもここもキャンプ地であり、仮の本拠地になっているのだ。

 扇状に広がったキャンプ地をここに一点集中させているのだから、狙われても仕方ない。

 オレはそんな本拠地から馬車を走らせてリース領地に向かう。オレの感が間違っていなければ、リース家だけが分かってくれるのだろう。そう思えた。


※※※


「しかしバラバラでしたね。あの魔族の部隊は」

「そうだな。やはり民衆は優れた貴族に支配されるのが一番だよ」

 アルフレッドとジャックが言い合っている中、アレクサンダーが近寄る。

「ジャックよ。民衆がいなくては貴族は成り立たない。少しは民衆を理解してやれ」

「……はっ」

「元気だけは良いんだよな」

「アルフレッドはどう見る?」

「……申して良いのですか? 父上」

「よい。申せ」

「私が思うに、魔族との停戦はやらなくちゃいけない話でもあると思う。でなければ、互いに滅ぼし合うしかなくなる」

「確かにのう。それをやれたら一番じゃが」

「相手も一枚岩ではない。やれるか、やられるか、なんだ。なら勝たねば」

「ジャック、力みすぎじゃ。そのままでは失速する」

「そう言われましても」

 アレクサンダーは蓄えた髭を触りだす。

「ジャックは少し過保護に育てしまったのう。困ったわい」

「父上ももうじき年。私らに任せてはもらえないのですか?」

「お主らにはまだ早い。ワシの代わりはミアがいでくれる」

「またそれですか。妹はまだ早すぎでは?」

「ほっほっほ。そのくらい若い方が優れた領主になるというもの。ミアは民衆に耳を傾ける力がある。それはアルフレッドにだって、ジャックにだって見いだせなかた」

「「……」」

 ふたりは言葉を失う。

 まさか自分に皇帝としての力がない、と言われるとは思ってもいなかったのだ。

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