第19話 調査隊と歓迎会!

「近々、戦闘でもあるかえ?」

「いや、それが不審な奴らがこの湖の向こうで根城にしているという話があってな」

「その調査にきたわけっす」

 憲兵その一が間に入ってくる。

「そうかのう。わしには関係ないようじゃな」

「いや、それが貴殿にも調査依頼が来ているのです。破壊の帝王ルナ様」

 いやな予感はしたが、まさかの名指しとは。

「そうなのよ。ワタシも戦闘になるかもしれないという理由で同行することを義務づけられているのよ」

「そうなのかえ? わしにはなにも聞いていないぞい」

「どういうことだ? なぜ白羽の矢が立っている貴殿に連絡がない」

「分からん。でもアタシのところにきた伝令にも、ルナさんの参戦は決定事項みたい」

 そう言って伝令を広げてみせるアリサ。

 そこには確かにわしの名前も刻まれており、強制同行のようだ。

「これで参加しなかったらどうなるんじゃ?」

「いくらルナ様のお立場でも、悪くて極刑、よくて終身刑でしょうな」

 それだけ帝王からの勅命は思いのだ。否定できるものではない。

 となれば、

「わしもそこへ向かう。じゃな?」

「分かってくれればよい。していつ捜査にはいる?」

 ヒースは顎を触り、訊ねる。

「明日の朝にむかうぞい」

「なぜ?」

「出発するにも準備が必要かのう」

「ワタシもそう思う。今日は旅の疲れをとって明日出発するのが妥当でしょう?」

「そうだな。分かった。明日にしよう」

 隊長であるヒースが折れると、宿屋に向かう。

「待って」

「なんじゃ?」

「ルナちゃんはこっち」

 わしはアリサにひかれ大きな古民家に向かう。

「あなたは女の子なんだから、むさ苦しい調査隊と一緒にしておけないでしょう」

「ああ。そうかのう。わしはアリサの家に泊まるのかえ?」

「ええ。そうよ」

 アリサは笑みを浮かべ家に向かう。

「そいつはいい。おれらも手に余るからな」

 ヒースがひと安心したのか、顔をほころばせる。

 実際、11歳の女の子を同じ宿屋に泊めるのは面倒なのじゃろうて。

「まあ、ルナちゃんは色々な噂があるからね。次期皇帝と仲が良いとか、次期皇帝を狙っているとか」

「そんな噂……!」

 ミアか。ミアと仲よくしているから、そんな噂が流れるのじゃな。

「それよりも夕食は何にする? 魚でも焼く?」

 こっちの世界では焼くか、炒めるかの選択しかないのじゃろうか。

「卵と食パン、小麦はあるかえ?」

「え。あるけど、どうするのかしら?」

「ちょっと思いついたのがあるのじゃ」

 その日の夕食は魚のフライに決定した。

「おいしいわ。どうしてこんな方法を思いつくのかしら?」

「こっちの世界は食べ物がおいしくないからのう」

 品種改良もされていない果実や野菜、それにお肉も。


※※※


 しかし、まいったな。

 あれほどまでに美味びみなものを作れるなんて。やはり人間は面白い。

 オレが魔王なら、確実に停戦協議に調印するのだが。今の魔王はそれを渋っている。魔族の威厳だとか、誇りだとか。そんなものを振りかざし魔族を先導している。

 しかしまあ、この二日間、なんの進展もないとは。我ながら情けない。

「フレディ様。午後からの歓迎式には参加なされますか?」

「ああ。もちろんだ」

「午後は来賓客も多く、大変ですよ?」

「それでも。参加しなくてはなんの意味もない。こちらも本気で停戦したいと見せるいい機会ではないか」

 まさか。こんなチャンスが待っていようとは。

 来賓客も多いとのことだが、こちらもそうおうの停戦協議に本気だということを見せつけてやる必要があるはずだ。


 午後になり、オレは歓迎式に見合う服装を選ぶ。魔族にとっての一張羅だ。金と黒の洋装だ。ゴワゴワして着心地は悪いが、目立つにはちょうどいい。魔族の健老が今は停戦に向けて準備しているとアピールするには。

「フレディ様。ご準備は整いましたか?」

「ああ。終わったよ」

 オレはついたてから身を乗り出すと、ニーナの後をついて歩く。

 パーティはすでに開かれている。

『ここで珍しいお客人を紹介します』

 開催しているホールに身をさらすと、風魔法で大きな声を届けてくる。

『かの魔族からフレディ=アッシュです』

「フレディってあの?」

「さあ。でもホントならぼくたちはやばいのでは……?」

 一昔前を知っている者も多いようだ。これではまずい。

 オレの全盛期――それは血みどろで狡猾、かつ残虐と恐れられてきた。まだ人間との戦いが拮抗していた頃の、十六年前か。懐かしい気持ちと後悔の念が襲ってくる。

 格闘家がいつの間にか政治家になっているのだ。みんなをまとめる長に。

 だが、その長も、中身を開けてみればただの一般人とそう変わらない。下っ端をまとめ上げるだけのカリスマ性と、上の者に是非を問うだけでの胆力。そのどちらも持ち合わせているものなどそういない。

 現にオレは部下に慕われているが、上官からはこっぴどく嫌われている。その理由はなんとなく分かっている。扱いづらいのだ。

 硬くなまでの意思の頑固さ。それゆえに上官からは厄介者と称されている。

 一歩一歩踏み出してみるが、他の客は恐れて近づこうとはしない。

 真ん中でオーケストラに合わせて踊っていた男女も、踊りをやめてこちらに注意を向ける。

 どうやら嫌われ者らしい。

「わたくしは、停戦協議のためにここにきた。魔族と人間との戦いをやめよう!」

 この声に同調してくれる者がいるといいんだが。

「ミア様。おやめください」

「わたしはミア=リース。あなたなの。フレディという魔族は」

「あ、ああ」

 たったの11歳の子どもにすら知られているのか。ショックだ。過去は消すことができないらしい。

「停戦協議。わたしなら――」

「おやめください! ミア様」

「何を言っているの? ソフィア」

「あたしの兄を帰してくれるまで、魔族なんて滅びればいいんだわ」

「……ソフィア」

 かすれた声が城内に響く。

「そうだ! おれの兄ちゃんも戦争に行ったきり帰ってこなかったじゃないか!」

 ついでダニエルが叫びをあげる。

 まずい。このままではオレがここに来た意味を失う。あるいは、こうなることを予測した上で、この歓迎会を開いたというのか。

 さすがアルムンガンドだ。狡猾で残忍とは聞いていたが。精神的に追い詰めるとは。

「大丈夫ですか? フレディ様」

 隣に寄り添うニーナがそう訊ねてくる。

「大丈夫なものか。汚名を背負ってでも停戦しようという魂胆、分からぬというのか。さすが嫌われ者だな」

「それは……しかたないかと」

 そうなんだ。罵倒されても仕方ない。それもあんな子どもに言われては引き下がるしかないだろう。

『気を取り直して最初から始めようではないか!』

 遠巻きに聞こえるクラシックの音楽が身を奮い立たせる。

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