第4話 コトバの行く先


 ぼくは、おばあちゃんが大好きだ。

 いつもいじめられてばかりのぼくのことを、嫌にならないで優しく抱き締めてくれる。

 そして、不思議な歌を歌ってくれるんだ。



 ぼくは一週間前、公園で友だちとボール遊びをしていたのだけど。

 ぼくが蹴ったボールは勢いがつきすぎて、一人の女の子にぶちあててしまった。女の子は声を上げてわんわん泣いてしまって、ぼくは慌てて謝ったんだけど、その子の友だちにたくさんひどいことを言われた。


 ぼくは、その日からずっと女の子たちにいじめられている。



「おばあちゃん、おばあちゃん」

「おやおや坊や、今日もいじめられたのかい?」

「みんなひどいんだ、女の子を泣かせるおまえなんか死んでしまえって、石をぶつけてくるんだ。ねえおばあちゃん、ぼくは死ななきゃならないの?」

「そんなことはないよ、坊や。さあさあ、いつものお歌を歌ってあげましょうねぇ」



 他人は自分 他人は鏡

 他人は自分 自分を見せる 映し鏡


 ひとたび言葉を発すれば

 あれよあれよ 宙を舞う

 目には決して見えないけれど

 宙を舞って どこへゆく


 他人は自分 他人は鏡

 他人は自分 自分を見せる 映し鏡


 ひとたび言葉を発すれば

 宙を舞って 飛びまわる

 ふわりふわり流れたあとは

 発したあなたへ もどってゆく……



 おばあちゃんは、いつものように歌を歌いながらぼくを優しく抱き締めてくれた。

 おばあちゃんの腕の中はいつも暖かい。

 その歌の意味はぼくにはよくわからないけれど。



 次の日、ぼくが暗い気分で教室に向かうと、いくつかの机の上にお花が置いてあった。白や黄色のキクの花だ。ぼくは知ってる、お葬式に使われるお花だって。

 チャイムが鳴ると、先生がハンカチで涙をふきながら教室に入ってくる。そして驚くことをみんなの前で言った。



 ぼくは学校が終わると、息を切らせておばあちゃんのお家に行った。


 先生がみんなの前で言ったこと。

 それは、ぼくをいじめていた女の子たちが、昨日の晩に交通事故にあって全員亡くなったということだった。

 それでぼくは、おばあちゃんのあの歌を思い出したんだ。


「おばあちゃん! おばあちゃん!」

「あの子たち、みんな残念だったねぇ。大きなニュースになってるよ」

「おばあちゃんが何かしたの!?」

「まさか。このババに何ができるって言うんだい?」


 おばあちゃんはテレビから流れてくるニュースの報道にも優しく微笑んだままだった。

 いぶかるように見つめるぼくを見て、声を立てて、でも優しく笑う。


「いいかい、坊や。どんなに嫌いな相手でも決して言っちゃいけないことがある」

「……なに?」

「死ねとか消えろとか。そういうひどい言葉だよ」

「どうして?」


 ぼくには、やっぱりおばあちゃんの言葉がよくわからなかった。

 首をひねってみせるぼくを見つめて、おばあちゃんは怒るでもなく、優しく微笑みながらまた続ける。


「自分が言った言葉は必ず自分に戻ってくる。死んでしまえ、なんて坊やに言ったから、あの女の子たちは言葉通り死んじゃったんだよ、自分がね」

「……よくわかんないよ」

「坊や。人を大切にして、そして優しくしなさい。自分の物差しだけで物事を量っちゃいけないよ。ケンカをして相手が悪いと思っても、相手の意見もちゃんと聞きなさい」


 おばあちゃんの言うことは、やっぱりぼくにはわからなかったけれど。でも考えてみようと思った。

 ぼくが「うん」と返事を返すと、おばあちゃんは嬉しそうに笑って何度もうんうんとうなずく。


「さあさあ、今日もお歌を歌いましょうねぇ」


 おばあちゃんはいつものように縁側に座ると、優しい声で歌い始める。

 ぼくはそんなおばあちゃんの隣に座って、いつまでもその歌を聴いていた。



 ひとたび言葉を発すれば

 宙を舞って 飛びまわる


 ふわりふわり流れたあとは

 発したあなたへ もどってゆく……

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ごちゃまぜ短編集 mao @angelloa

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