5 弱点(3)
部屋でアケファイをプレイしているとトントン、とドアをノックされた。
それを、俺は……MUSHI
だって今アケファイ中だからね。
だって夏休み終わりには
BEOとは、バトルeスポーツオリンピックの略称で、四年に一度開催される格ゲーの世界大会だ。「鉄人八」「ニンジャソルジャー」などなど、十を超える格ゲーの有名タイトルの大会で、あの「ぶっとびブラザーズ」の試合も開催される。その中でもアケファイは決勝戦で何百万人も観衆が集まる人気タイトルにあたる。
四年に一度ってこともあって、めっちゃ優勝賞金が高いし、俺がプロになって初めての開催だから力をいれていた。マジの優勝狙いだ。だってオリンピックチャンプって憧れるじゃん? だから頑張っているわけですよ。
トントン、とドアをノックされる。
再度、MUSHI
ってか、今予選中なわけ。
予 選 中 ジ ャ ス ト タ イ ム ナ ウ 今 ぁ あ あ あ あ !
って感じで、俺氏アケコンをカチャカチャしていて、ちょっと忙しいわけ。
オンラインで繋がれるゲームだから予選はインターネットを介して行われる。
俺の操作する嵐虎VS対戦相手のKARINA。
予選だから相手もそこまで強くないけど、油断して負けでもしたらシャレにならんのだ。
ノックした相手は美海だろうか。
なら悪いことしたな、と思っていると、トントン、とまたノックがあった。
「美海か?」
「あ、先輩、起きていましたか!」
花ヶ崎である。すると、ガチャッとドアノブが回る音がした。
しまった鍵をかけていなかった、と焦っても遅い。花ヶ崎が顔を覗かせてきたのである。花ヶ崎がひょこっと顔だけだしてくる。
「ちょ、おま今は、今は忙しいっていうか、今は、今はやめろって!」
ちなみに俺の部屋の入り口から部屋を覗くとPCデスクとからだが被って見える。すると、俺がPC前で慌てているためか、花ヶ崎はなにかへんな想像をしたのだろう。
「え。え! 先輩、そ、その! せ、先輩も、男の子ですもんね!」
顔を真っ赤にしてこんなことを言う始末。
目をつむってそっぽ向いて、チラッチラとこちらを伺ってくるわけ。見んじゃねえ。
「ちょ、ちょっと、へんな勘違いしているだろ! こっちは対戦しているだけだって!」
「対戦!? 先輩はソロプレイのことを対戦って呼ぶんですか」
「ちがぁあああああああああああああうう! おまえだってソロプレイってなんだよ!」
ちょっと埒があかん、ってとりあえず嵐虎をしゃがませてガード体勢を取らせる。いったん落ちつこうと。すると、俺の嵐虎がKARINAに抱きかかえられたわけで。
「あ、投げからハメだ」
ぼそっと言うと、これが火に油を注いじゃうわけ。
「投げからのハメ? 投げからのハメ? 先輩ってどんだけマニアックなんですか!」
「ちょっと落ち着こうか? 花ヶ崎さん」
「ごめんなさい、今ほんと忙しかったですよね私だれにも言いませんが鍵くらいかけた方がいいと思いますし、あと終わったらちゃんと換気してもらえますか」
「だからちがぁああああああああああああああああああああああああうぅうううう!」
五分後。
俺は嵐虎でKARINAを抹殺した。
しかし一瞬ひやっとしたけど、なんとか勝てた。まじで危うかったぜ。
予選が終わり、接続を切る。ベッドにちょこんと座る花ヶ崎と向かい合う。
「で、きょうはなにしに来たんだ?」
「その、相談があって」
「男子は女子の部屋に入ることを禁ずって、理事長から強く言われただろ?」
「女子は男子の部屋に入っちゃダメだってパパは言わなかったですよ」
すげえ詭弁を振りかざしてニコニコニコッと笑う花ヶ崎である。
花ヶ崎はもこもこのパジャマ姿だった。ハーフパンツと半袖のパーカー。とてもよくお似合いだった。やばい……なんだこれ、胸がドクドクって。動悸だろうか。
「で、相談って?」
「なにか、反応がよくなる練習とか、先輩知らないですか?」
「俺……もともと反射神経はよかったもんなぁ」
「うわー。元も子もない……」
「まあ……じゃあ、これなんかどうだ」
俺はスマホでアプリを起動する。
「これは?」
「『アイドルプロデューサー~かぐや姫はかえらない~』。通称――つきプロ。あのアイプロシリーズの姉妹アプリでな、かぐや姫を『月』ととらえてつきプロって呼ぶんだ」
「わぁ~。かわいい女の子がいっぱいです」
花ヶ崎が俺のスマホをのぞき込んでくる。近い。
「これは、アイドルグループのプロデューサーになって、アイドルの卵たちを街からスカウトしてスーパーアイドルまで成長させるゲームなんだ」
「美少女ゲームです?」
「あー違う違う。こうやってレッスンすると、リズムゲームになるんだ」
スマホからはアイドルソングが流れはじめて、リズムに合わせて
「難易度を上げていくとえげつなく難しくなるから、これをやってみるといいかも」
「じゃあさっそくインストールします!」
「レッスンしていくとポイントがたまるから、そのポイントでガチャすると、衣装カードが手に入るぞ。衣装があつまったら自分なりにコーディネートできる」
花ヶ崎は自分のスマホでさっそく遊びだした。
「この前、私のファームが遅いことを言い渋ったのに、なんで先輩は教えてくれるんです?」
スマホ画面に顔を向けたまま、花ヶ崎は言う。
「そりゃ……花ヶ崎が……」
がんばるからだよ。そのひと言が気恥ずかしくなって話を逸らす。
「ていうか、花ヶ崎……全然できていないじゃん」
花ヶ崎は半瞬遅れて♪マークをタップしている。
「むずかしいです」
「リズム感はあるんだな」
「ピアノとか習っていましたから」
へへんと花ヶ崎は鼻を高くする。
「ただ……指先の反射神経が……へっぽこすぎる」
花ヶ崎はムッとした顔をした。
「あ、今怒った?」
「怒っていませんけど」
あきらかに声色がワントーン下がっている。
「花ヶ崎でも怒るんだな」
「怒っていないですって。ってか、先輩は上手くできるんですか」
「は? 俺プロ並みだし」
花ヶ崎のスマホを借りて、鬼レベルの音ゲーをオールパーフェクトでクリアしてみせる。
俺がドヤッて顔をしみると、花ヶ崎はうむぅと頬をパンパンに膨らませていた。
「教えてください」
「教えてってどうやって」
「先輩ばっかり上手でずるいです。私も上手になりたい」
「ちょ、ちょ、ちょまっ!」
花ヶ崎は頬を膨らましたまま、俺の股の間に座る。俺が後ろから腕を回す形になって、スマホを持つ花ヶ崎の指の上から俺の指を重ねる体勢になる。
……思いっきり抱きつく形になっとるがな……。
やばい。花ヶ崎、肌やわらかい。後頭部からいい匂いする。銀髪から、なにか、フェロモン的な甘い匂いが……心臓やばい。そんな……くっつくな。視界がチカチカする。
「先輩、私の画面が見えます? これでちょっとどうやっているか、教えてください」
「ちょっと、花ヶ崎さん?」
「始まりましたよ! 押して! 押してください!」
「ちょ、ちょ、ちょ」
「早くしてください、押して、押して、押して!」
花ヶ崎が腕の中で暴れていい匂いは振りまいてくるし、やわらかい体が当たったり、横乳が腕の内側に当たったり、もうヤバい。俺の理性……ヤバい。
「ちょっと休ませてくれよ」
「先輩、もうギブアップですか~」
花ヶ崎が後ろに振り返って俺と目があった。唇と唇が触れそうなほど近くて……花ヶ崎は自分の体勢を今自覚したのだろう……固まった。
「な? この体勢、恥ずかしくない?」
そろ~、と花ヶ崎は俺から距離を取って、あたりをぶんぶんと見渡して、ベッドの布団で顔を隠して俺を見てきた。
「見ないでください」
色素が薄いから、顔が真っ赤になっていることが人一倍わかる。
花ヶ崎は耳まで真っ赤になっていた。
「いや……俺も恥ずかしいから」
「私も……我を忘れてしまいました」
気まずーい空気が部屋を包む。
「私、このゲーム、で、練習しますね」
無理にニコッとして、花ヶ崎がこの場を収めてくれた気がした。収めたというより、この空気を作った原因でもあるんだが。
「そうだ。これだけは守ってくれ。いいか、課金はだけするな。な? 絶対。絶対だぞ」
「先輩、顔がマジすぎてちょっと引きます」
「……俺も昔たいへんなことになったからな。美海に土下座したのもあれが最初で最後」
「え。なにか言いました?」
「なんでもねえよ。まあ花ヶ崎なら、無課金で十分楽しめるから」
花ヶ崎は不思議そうな顔してこっちを向いてきた。
「そういえば先輩って、なんで私のことは名前で呼んでくれないんです?」
花ヶ崎が俺を見上げる。薄い色の瞳がすっと俺を見据えてくる。
「それは、あれだろ」
正直、理由は「気恥ずかしい」しかない。他の女はそんなことないが、花ヶ崎は苦手だ。
「名前で呼ぶとアレだろ。理事長が『いい度胸だな』って言い出すだろ」
そんなことないですよ、と花ヶ崎が笑う。
「じゃあこうしましょうよ!」
目を輝かせる花ヶ崎に嫌な予感がする。
「STAGE:0の決勝トーナメント進出できたら名前で呼んでくださいよ。咲良って」
「嫌だよ。ふつうに嫌」
「どうしよっかな~」
唇をとがらせて得意げな顔をする花ヶ崎。
「このまま叫んじゃっていいんですけどね~。先輩に部屋に連れ込まれて、ええ、えっちなことされた~って」
あまりの言いがかりに頭を抱える俺。もう面倒になって、
「おまッ…………ハァ……いいよ。考えとくよ!」
「約束ですよッ」
そう花ヶ崎は無邪気に笑う。やっぱり花ヶ崎は苦手だ。笑う顔が……整いすぎている。
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