星降る夜のララ

@mayuokuda

星降る夜のララ

はるか遠く西の地に、「星降る国」と呼ばれる小さな王国がありました。


その国に、ララという名前の少女がいました。


ララのお父さんは天文学者で、王宮に勤めていました。


お母さんは名高い薬草家として、町の人たちに自家製のお薬を作ってあげていました。


ララは愛犬のニコと一緒に、2人から星や植物についてたくさんのお話を聞くのが大好きでした。


ララはいつか大きくなったら、お薬を作れる天文学者になろうと本気で夢見ていたため、お母さんのお手伝いとして近くの野原で薬草探しをしたり、お父さんの望遠鏡を貸してもらい、お気に入りの丘から星の動きを観察したりしていました。


小さな国の小さな町なので、住民はみんな顔見知りです。そのため、小さな少女のララがニコと野原や丘で好きなことをしていても、誰も気にもしませんでした。


数年が過ぎてララが10歳の年、王国ではある問題が起きていました。それは星の動きに関することでした。


数ヶ月前から星のひとつがいつもとは異なる動きをしており、このままでは2000年ぶりに星3つが直線上に並ぶ予測がされたのです。


「2000年前に星が並んだ時に、あの大惨事が起きたというんだな。まさかまた同じようなことが……」


王様はララのお父さんと向かい合い、苦しんでいるような怒っているような、はたまた何かをなくして悲しんでいるような、不思議な表情で言いました。


ララのお父さんは、天を仰ぐように王宮の天井を見上げ、はい、とだけ答えました。


一方ララは、お母さんの仕事場で薬草をビンにつめるお手伝いをしていました。


「お母さん、月光花がもうなくなっているよ」


ララの言葉に、お母さんは深いため息をつきました。


「知ってるわ。このあいだから、月光花がいつもの場所で見つからなくなっているの」

「それなら、私が今からニコと探しに行ってみる」


月光花からわずかに採れる青く澄んだエキスは、頭痛や歯痛、腰痛などあらゆる痛みに効くため、たくさんの人びとが求める大切なお薬なのです。


そのため、お母さんはララの申し出をありがたく受け入れ、ララとニコにお願いしました。


夕暮れ時の少し冷たい風がララの黒髪をなでていき、少女の赤く上気した横顔に影をつけていきます。


ララはいつも月光花が咲いている、自分とニコだけが知っている「とっておきの場所」までグングンと突き進んで行きました。目の前の草むらをかき分けた時、


月光花はひとつも咲いていませんでした。


どれだけ探しても、花びら一枚も見つかりません。疲れ切ったララとニコは、地面に座りこんでしまいました。


その時、2人の背後から声がしました。


ーーこれを探しているの?


振り返ると、見知らぬひとりの少年が立っていました。月明かりを浴びた髪の毛が銀色に輝き、高い声の印象よりも大人びているように、ララは思いました。


ーーもっと欲しいなら、あっちにあるよ。


少年は、両手に持っているモノをゆっくりとララに差し出しました。ララは慌てて立ち上がり、少年の顔から目を離して視線を動かすと、彼の手の中に月光花が一輪ありました。


「ありがとう」


ララは差し出された月光花を受け取り、少年と向かい合いました。思いのほか、少年の背とララの背は同じくらいでした。


「あなた、名前は?」

「……」


少年は歌うように、どこか遠い外国の名前をララに伝えました。天空の星々のあいだからこぼれ落ちたキラキラと光る雨粒の音を、ララは想像しました。


結局、少年の名前を発音できなかったため、ララは彼のことをヒカリと呼ぶことにしました。それからヒカリとララとニコは、毎日のように月光花の秘密の場所で遊ぶようになりました。


ララはヒカリが毎日どこから来て、どこに帰るのか知りませんでした。


ーーでも、そんなことはたいしたことないじゃない。ニコもヒカリのことが初めて会った時から大好きなんだから。もしかしたら、ヒカリの髪の色が、お母さんに似た明るい色だからかもしれない……。


ララは自分やお父さんを含め、他の人たちとは違う、お母さんの髪の色が大好きだったのです。それは光によって七色に変化するような、いつ見てもうっとりする色でした。


そうして数ヶ月が経つあいだにも、国中が星の動きに不安を募らせていました。また、中には、隣国が攻めてくるお告げではないかという噂をする人たちも少なくありませんでした。


星降る国の人びとは、息を潜めて不吉の兆しにおびえて暮らすようになっていました。


「ララ、もう薬草はしばらく取ってこなくていいよーー」

お昼ご飯を食べている時に、お母さんはララに言いました。

「ーーまだたくさんあるからね。月光花もララのおかげで十分あるわ。それから、明日は出かけないで、お家にいてね」


ララは、分かったと答えましたが、なんとなく心が重くゴロゴロしました。


最近町の人たちの中には、ララのお母さんのお薬について、悪いことを言う人がいることをなんとなく知っていたからです。それとも、髪の毛の色が急に気に入らなくなったのかしら(とララは思いました)。そして、明日は国中の大変な日であることも、もちろん知っていました。


ララはヒカリに会いたくなりました。


夕方になり、ララは星を見に丘へ出かけました。丘にはヒカリと何度も一緒に来ているので、おそらく彼もやって来るだろうと思っていました。


しばらくニコと待っていると、


ーー今日はここにいると思った。


いつに間にか、ヒカリがいました。いつも通りの優しい笑顔でしたが、どこかさみしそうでもありました。


ーーでも、明日はここに来たらだめだよ。

ーーどうして? ヒカリも明日はこないの?


少年はララが用意していた望遠鏡に目を当てると、見てみて、とだけ言いました。


ララは言われるままに望遠鏡をのぞきました。大きさの異なる3つの星々が、ほぼ一直線に並ぼうとしていました。


ーーあした、ほしが、ならぶ……。


小さな声でそうつぶやくと、少年は天空を見上げました。ララも見上げると、世界の天地がひっくり返ったように、まるで星々の深い森のなかに吸い込まれてしまうように、そして、まるで少女のなかに宇宙が吸い込まれていくようにーーそんな初めての感覚に襲われ、ララは自分がどこにいるのか分からなくなってしまいそうでした。


足元で感じるニコのぬくもりだけが、地上とのつながりをララに教えてくれました。


明日は……来ちゃだめだよ……。


少年の声が耳の中でこだまし、ララは深い眠りに落ちていきました。


目覚めると、ララはニコと一緒にベッドのなかにいました。いつも通りの朝でしたが、お父さんもお母さんもいませんでした。


「お母さん……」


ララが小さく呼ぶと同時に、家のドアが開き、お母さんが入ってきました。


「お母さん、どこ行ってたの?」

「あらララ、おはようは? お母さんはお仕事場の戸締りを見に行ってたのよ」

「そうだったんだ。おはよう」


今晩は星がそろうため、国中の人たちは外出しないように言われていました。ララのお父さんは、宮中で王様と星の動きを見ているのでした。


お母さんとララとニコは、一日中家で過ごしました。夜になり、辺りはすっかり真っ暗になりました。月明かりもなく、まさに真っ暗でした。


ララはヒカリのことを考えながら、何も見えない窓の外を眺めていました。その時、白い小さな光が、フワフワと外に浮かんでいることに、ララは気づきました。


「お母さん、外になにか光るものが飛んでいるよ」


ララは大きな声で言いました。しかしお母さんは返事をしません。


数回大きな声で言いましたが、お母さんが全く返事をしないため、ララはお母さんがいる、壁の向こう側を見に行きました。


お母さんは、床に倒れていました。


びっくりしたララは、お母さんにかけ寄りました。お母さんはすやすやと眠っていました。


お母さん、お母さん、と何度もララは呼びましたが、お母さんは目覚めませんでした。


ララはどうしたものかと、家のドアを開けて外に出ました。ビューっと強く冷たい風が吹きました。


目の前には、たくさんの白い光がゆっくりゆらゆら漂いながら、同じ方向に向かっていました。


ララはこの時はまだ知りませんでしたが、国中の人たちがお母さんのようにすやすやと眠っていたのです。王様もララのお父さんも大人も子どもも動物たちもみんな仲良くーーララとニコ以外は。


ララとニコは、光たちが向かうほうへと急いで行きました。途中から、これらはあの丘を目指しているのだと、ララは気づきました。


2人が丘に着くと、丘のてっぺんの中心に白い光のかたまりができていました。そして、その巨大な光の中心に、ヒカリがいました。


ーーヒカリ……。


ララは思うように声が出ませんでした。しかし、ヒカリはララのほうをしっかりと向くと、少し困ったように、でも優しくうなずきました。


ーーララ、みてごらん。このなかに君の知っている人たちがいるかもしれないよ。


少年は片手を広げて、手のひらでボール遊びをするように、白い光の小さなかたまりを持ち上げました。


ーー私のお父さんとお母さんも?

ーーそうだね。ララ以外はみんな集まってきているからね。

ーーみんなはどうなってしまうの?


少年はララの瞳をじっと見つめました。ララも少年の瞳をじっと見つめました。いつのまにか、ララはその瞳のなかにいました。


少年の瞳のなかには、これまでみたことがないほど青白く輝く月光花が一面に咲いており、ララはそのねっとりとした香りに埋もれ、まぶたが重くなりそうでした。


遠くでヒカリの声が聞こえます。


ーーずっと昔にも来たことがあるんだ。その時はララはいなかったから、代わりにたくさん月光花を置いていったんだ。でも今晩は……


ララを取り巻く月光花の光が強くなり、ララは自分の体から光が出ているように感じました。でも、ちっとも怖くはありませんでした。


ただ、もうヒカリには会えないことだけは分かりました。ララの瞳から、涙がポロリと流れ、小さな流れ星になって消えました。


ーーさようなら、ララ。

ーーさようなら、ヒカリ。


すべては夜の闇に消えていきました。


ララとニコが丘で目を覚まし、急いでお家に帰ると、お母さんはまだ床ですやすやと寝ていました。ララがお母さんの体をゆすり、ニコがお母さんの顔をペロペロとなめると、お母さんはようやく目を覚ましました。


「あら、ララ。おはよう」と、お母さんはのんきに言いました。


そのあと、星降る国ではあまり大したことは起こりませんでした。王様もお父さんも町の人たちも、国中のみんながあの夜のことを口にすることもなく、以前のように平和に仲良く暮らしました。


月光花はもう一輪も、咲かなくなりました。


【了】

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