第38話 魔王の店主と酔っ払い その2

「くふふ……思ったよりも早くチャンスが到来したの」

 店に到着したコーネリアは厨房に向かい、冷蔵庫の中を物色する。

「なるほど……なるほど」

 前日に店主が仕込んだもの、仕込んでいないものを確認し、コーネリアは包丁を手に取った。

「くふふ……我は天才美形魔法少女じゃぞ? 料理なぞ……ちょちょいのちょいじゃっ! さすがに我がたった一人で店を回してしまえば、あやつも我の意見を邪険には扱えなくなるじゃろう」

 そうして彼女は再度懐をゴソゴソと物色し、一冊の本を取り出した。


「――我に秘策あり……じゃ」


 彼女が取り出した一冊の本。

 その題名は――



 ――経験ゼロのバイトのメイドさんでも作れる料理集






 


「おう、お嬢ちゃん!」


 入店してきたのは失われた古都の飲んだくれ魔術師共……総勢12名じゃ。

 いつもどおりのように、ドワーフっぽい翁(おきな)が我に挨拶をしてきた。

 見た目ホームレスなのじゃが、これでいて人類最強クラスの魔術師というのじゃから面白い。

 まあ、実際に魔術のレベルはそこそこじゃな。

 ここが魔王城でこやつが魔族であれば、我の側近に取り立ててやっても良いレベルじゃ。


「マコール様! いかなマコール様と言えど……その口のききかたは危険にすぎます。相手は……」


 ふむ。

 腰ぎんちゃくの一番弟子の魔術師が師匠に意見を申しよった。


「良いんだよ。お嬢ちゃんの背景は俺らには関係ない。ここではお嬢ちゃんはお嬢ちゃんだし、俺らは俺らだ」


 そのとおりじゃな。

 逆に、この翁(おきな)が我に平伏してもそれはそれでやりづらい。

 あくまで、我はウェイトレスで、こやつは客じゃ。

 いや……違うの。


 ――今日は我は料理人でこやつらは客じゃ。


「で、お嬢ちゃんよ? いつもどおりに豚の生姜焼きを最初にもらいたいんだが?」

「くふふ」

 不敵に笑う我に不思議そうに翁は小首を傾げた。

「ん? どうしたんだ? ってか、今日は店主は?」

「豚の生姜焼きは今日は出さぬ。そして――店主はインフルエンザで休みじゃっ!」


「「「「「「えっ!?」」」」」


 全員が驚愕の表情を作ったのじゃ。


「そいつは残念だ。ああ、そういえばウイスキーのストックはあったよな? おい、お前ら? すまねえが今日の飲み会は宅飲みだ」


 全員がうなだれた表情を作ったのじゃ。

 そして、首を左右に振って踵を返して入口のドアに向け、あろうことかそのまま歩こうとし始めよった。


「待てい! お主たち!」


 我の言葉に、全員が振り返って「はてな?」と、ひょっとこのような表情を作ったのじゃ。


「待つってどうしてだよ? 店主は休みなんだろ? 店も当然休みなんだろ?」


「店主は休みじゃが、店は休みではないっ!」


「どういうことだ?」


 ふふっ!

 鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしておるわ。

 まあ、それはそうじゃろう。店主がいないということはイコールで店が休みと……まあ、凡人はそう考えるじゃろうからな。

 じゃが、天才魔王少女である我の発想は全く違うのじゃ。


「ふふん? どういうことかと言われれば……我が料理を作るとしか言いようがないのう?」


「いや、言ってる意味が分からねえんだが?」


「じゃから、今日は我が厨房に立つと言っておる!」


 


「「「「「「えっ!?」」」」」



 再度、鳩が豆鉄砲と作ったような表情を連中は浮かべる。

 っていうか、「オイオイ……マジかよ……」と、口に出してまで言うような輩が現れる始末じゃ。


「マジじゃ。大マジじゃ」


「しかしお嬢ちゃん?」


「なんじゃ?」


「できるのか……料理?」


 ふふん、としばし笑い、我は断言した。


「料理なんて、天才魔王少女である我にかかれば、ちょちょいのちょいじゃっ!」


「料理なんて、天才魔王少女である我にかかれば、ちょちょいのちょいじゃっ!」


 我の言葉に魔術師連中は仰天した様子じゃ。


「いや、しかしお嬢ちゃん? 本当に?」


「うむ。まあ、一人で店の全てのことをやる故、多少……いつもよりもは時間がかかるのじゃ。そこだけは勘弁してもらえればありがたいのぅ」


「それは構わねえんだが……。ああ、酒を出すのが遅れるなら最初からワインのボトルを12本とウイスキーボトル3本を渡しておいてくれ。それとグラスをもらえれば酒はこっちで適当にやるから」


「うむ。そうしてもらえると助かるの」


「しかし本当にお嬢ちゃんが?」


 我は右手の親指を立たせてウインクと共にこう言ったのじゃ。


「くふふっ……大船に乗ったつもりでテーブルで待つが良い」


 ドンと我は胸のあたりを拳で叩いたところで、翁……大魔導士マコールは心配そうな表情を作った。


「幽霊船か海賊船にしか見えねえが……」


 そこで翁の一番弟子が口を挟んできた。


「まあ、魔王ですから……普通の船よりそういう船の方がお似合いではあるんでしょうが」


 ドヤ顔でそう言った弟子にマコールはゲンコツを落としよった。


「別に大して上手いこと言えてないのに……上手いこと言ってやったみたいな顔してんじゃねえぞ?」


「それはともかく師匠? どうしましょうか?」


「どうするもこうするも……待つしかないだろうに」


「とりあえず……まずは……前菜に何が出てくるか……ですね」


 そこで我は厨房に向けてくるりと反転した。

 不安げな表情になる一同を背に、我は振り向きもせずにこう言ったのじゃった。


「あいわかった。それではこれより調理にかかるのでな」


 そうして我は店の壁に並んでいる蒸留酒とワインを指さした。


「ちなみに、今日は酒の給仕は一切せぬ。好きなように飲めい。一人頭銅貨10枚 (日本円で1,000円)で飲み放題じゃ!」


「うおおおお!!! マジかよっ!!!」

「本当に良いのかお嬢ちゃん!?」

「酒だっ! 酒だっ! 飲み放題だっ!」

「あのウイスキー……ブルーラベルだぜ」

「ワインの銘柄も高いのばっかりだが……」

「店主に無断でこういうことやっちまって大丈夫なのか?」

「いや、だからこその……大船と言う発言じゃないのか?」

「そうか、そういう事だったのか! しかし本当に高い酒ばかりだぞ!?」

「とりあえず……飲めりゃあいいだろ! 美味い酒をよっ!」


 我の言葉で連中は沸き立った。


「それでは我は厨房に行ってくる」

 

 そうして連中は我に向けて深々と頭を下げた。


「今日は飲み放題……ありがとうございます! コーネリアのアネキっ!」


 くふふ。

 ゲンキンなものじゃ。

 とりあえずは……第一段階の懐柔は成功というところじゃな。


 厨房に入った我は「さて……」と、冷蔵庫を物色する。

 


 食パンが5斤。


 店主が先日仕込んでおった、イクラの醤油漬けの巨大な瓶。


 乾燥細パスタ。


 店主のおやつの大判えびせんべい。


 四角形のスライスクリームチーズ。


 先日、不幸にも大量キャンセルが入ってしまって大量にあまってしまった豚カツ。


 天カス。


 お好み焼きソース。


 枝豆。


 青のり。


 ビニールの包装紙に包まれたクラッカー。


 ケチャップ。


 マヨネーズ。


 和からし。



「良し。完璧じゃ」


 これだけあれば連中を唸らせる料理を作ることはできる。

 他は……生肉やら魚一匹そのままやらで、我では扱えぬ。




 まず、我は乾燥パスタを大量に手に取り、大皿に盛りつけた。

 そしてパスタの上に塩コショウを軽く振る。

 そのままオーブンを開いて火にかけた。


 店主がスピードメニューのお通しで一度作っておるのを見たことがあるのじゃ。

 そして、「経験ゼロのバイトのメイドさんでも作れる料理集」にも、この料理はきっちりとこのレシピは書いておった。


 水分やらなんやらの関係で、まぶした塩コショウ……ほかの粉末状の調味料でもイケるらしいのじゃが、まあ……要は焼けるパスタに吸い寄せらせるように調味料が付着するとのことじゃ。

 ちょっとした簡易スナック菓子といったところじゃな。



 更にオーブンに火をかけておる間に、我はクラッカーとスライスチーズに手を伸ばした。

 正方形のクラッカーを大量に並べ、これまたそれとほぼ同じ大きさの、正方形のスライスチーズを一つずつのせていく。

 大皿にクラッカーチーズが並んだ光景は圧巻そのものじゃったが、この料理はここで終わりはせぬ。



 我はイクラの巨大瓶に左手を伸ばし、右手でスプーンを手に取った。



 そうして、クラッカーチーズの上にイクラを惜しげもなく敷き詰めていく。

 そこで、チンとオーブンの音が鳴った。


「うむ……完璧じゃ」


 大量の焼きパスタ――否、スナック菓子。

 そして、これまた大量のイクラオンチーズオンクラッカー。


「さて……前菜としてはこれ以上のものは無かろう」


 深い丸皿に枝豆を豪快に盛る。

 これは元々、昨日の内から店主がお通し用に仕込んで置いたものじゃ。

 ここはありがたく流用させてもらおうか。


 既に酒が入り、魔術師どもはうるさく騒ぎまわっておる。

 出来上がった料理に視線を落とす。


「我が料理が作れぬとタカを括っておったのじゃろう? 酔っ払い共め……っ!」


 どうにも、静かなる青き闘志を燃やしておるのが自分でも分かる。

 遥か昔。

 神話の時代に……勇者でもなんでもなく、村人という普通の一般人の職業なのに……魔王城にたった一人で殴り込みをかけてきた、エクスカリバーを繰る……最強のあの男のことを思い出す。


『なんなのじゃお前は……こんなデタラメ……我は認めぬ……お前みたいな村人が……いて……たまるかっ!』


 ドン引きしながらそんな発言をした事を今でも覚えておる。

 この、死すらも覚悟するような……圧倒的な緊張感はあの時以来じゃろうか。

 そうして、我は酔っ払いどもを我は睨みつけた。


「さあ、飲んだくれ共……ド肝を抜いてくれようぞっ!」 


 あの最強の男と戦った時は、最初から我は龍化しておった。

 人間形態でアレと立ち向かおうものなら1秒以内にナマスに刻まれてるのは明白だったのじゃから、それは当たり前の事じゃ。

 そうなのじゃ。

 あの時と同じく――我は大きく息を吸い込み、胸を張る。


 そして我はイクラオンチーズオンクラッカー&パスタのオーブン焼き&枝豆を持って――


 ――戦場へと向かったのじゃった。

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