第37話 魔王の店主と酔っ払い

 仕込みも終えて、開店前の店の中。

 遅い昼飯を食っていた俺にコーネリアが問いかけてきた。


「のう、お前様よ?」


「どうしたんだコーネリア?」


「新提案があるのじゃ」


「新提案?」


「お前様がメイド喫茶を好いておらんことは良く分かったのじゃ」


 別に嫌いな訳じゃないけどな。

 ただ、ウチの店のカラーじゃないってだけで……。


 まあ、嫌いじゃないってことをコーネリアに告げると、色々と面倒くさいことになりそうだからここは話を合わせておくか。


「で、新提案ってのはなんだ?」


 コーネリアは懐をゴソゴソとまさぐり、中から何かを取り出した。


「これじゃ。方々探し回って、闇ルートでようやく手に入れることができたのじゃ」


 神妙な面持ちでコーネリアは何かをテーブルの上に置いた。


「ネコ耳……だと?」


 テーブルの上には着用するタイプの猫耳と思わしき物品が置かれている。

 はたして、どんな闇ルートなのかは非常に気になるところだが……まあ、それは良い。


「……ふむ? で、どういうことだ?」


 俺の疑問に大真面目な表情でコーネリアは頷いた。


「実はじゃの。ケモノ風接客を考えておるのじゃ」


 真剣な眼差しのコーネリア。

 その場で固まる俺。


 あまりの衝撃にフリーズしてしまった俺にはおかまいなしに、コーネリアは言葉を続けた。


「まずはじゃの? メイド服を着るのじゃ」


「……」


「そして……頭にネコ耳をつけるのじゃ。後は語尾をニャンニャン言葉にするだけじゃ」


「……」


 そうして、コーネリアは薄い胸を張ってキメ顔でこう言った。


「名付けて……ケモノ風接客術じゃっ! これならメイド風接客が嫌いなお前様でも満足できよう!? そして今回は『すごーい! あなたはお酒を良く飲むフレンズなんだね!』などのお客様を褒める変化球のバリエーションも考えておる」


 馬鹿だ。

 完全に馬鹿だこいつ。


 ネコ耳をつけただけで、普通にこの前に……こいつがやってたメイド喫茶そのまんまじゃねーか。


 いや、フレンズのところはちょっと違うか……。

 ってか、前にも思ったがどうしてこいつはネットスラングやらを良く知ってるんだろうか。


「駄目だ。却下だ」


 俺の言葉にコーネリアは一瞬……目を見開いて驚愕の表情を作った。

 そしてコーネリアは何やら納得したように軽く頷いた。


 そうして懐をガサガサと探り、再度……何かの付け耳を取り出した。


「キツネ耳じゃ」


「……?」


「先日、猫を飼ってしまったからの。キャラが被ることを心配しているのじゃろう? その程度の事は想定済みじゃ」


 何やら万事解決とばかりに完全に納得した様子のコーネリアだが、俺にはこいつが何を言っているのかが分からない。


 これが魔王という人種か……と、俺の頭痛は強くなっていく。


「とにかく……却下だ」


「ハァ? 何を言うておるのじゃお前様よ? メイド風がダメだということじゃからケモノ風な訳じゃろ?」


「耳をつけただけで中身一緒じゃねーか」


「阿呆なのか貴様は? 耳をつけるだけで可愛さが段違いではないか!」


 ドンとコーネリアはテーブルを叩いた。


「我がどれほどの長きにわたり……このプランを練っていたと思っておる? それを試しもせずに……っ!」


「いや、だから耳をつけただけで後はこの前のメイド風と一緒なんだろ?」


「じゃから可愛さが段違いと言うておろうがっ!」


「別に可愛さを求めてねーからっ!」


 そこでコーネリアは悲壮な表情を作った。



「何……じゃと……?」



 そうしてコーネリアはその場でヘナヘナと崩れ落ちてしまった。


「可愛さを求めて……ない……じゃと……」


 物凄くショックを受けたようだ。


「大体じゃの?」


「なんなんだよ?」


「お前様はちと偉そうじゃのう?」


「そりゃあ雇用主と使用人の立場だからな」


「そもそもじゃのう? ちょっと料理ができるくらいで、上から目線でなんでもかんでも決めるもんじゃないわ」


 今日はえらく噛みついてくるな。

 どうやら、よほどケモノ風接客を却下された事が頭に来たらしい。


「って言ってもここは料理屋だからなァ……」


「これを言ってしまえば全ておしまいなのじゃが……我は魔界では天才美形魔王少女として有名なのじゃぞ? 天才じゃぞ天才? 料理なぞ……我にかかればちょちょいのちょいじゃ」


 そこで俺はコーネリアの頭にゲンコツを落とした。


「そろそろ時間だ。馬鹿言ってないで働け」


「むむう……もう一度……もう一度だけケモノ風接客を……善処してはくれんか?」


 コーネリアを無視して、俺はバンダナを巻いて厨房へと向かった。


「む……むゥ……」








「すまんコーネリア。店に行ってお客さん達に謝ってきてくれ」


 コーネリアのケモノ風接客を却下してから3日後、俺は40度の高熱にうなされていた。

 どうにもインフルエンザにかかったらしい。

 異世界の回復魔法は、外傷については現代の外科医療よりも優秀な面もあるが、病気についてはどうにもならない。


「休業のお知らせじゃな? 来たお客さんに丁重にお断りすれば良いのじゃな?」


 ベッドの上で上半身だけを起こした状態の俺は、コーネリアからコップの水を受け取る。


「ああ、すまねーな……今度カツカレーを死ぬほど食わせてやる」


 タミフルの錠剤と鎮痛剤、消炎剤、睡眠薬を飲んでコーネリアにコップを渡す。


「とは言っても今日は失われた古都につながるだけだ。魔術師の一団にお断りすればそのまま帰ってくれば良い」


「あいわかった」


 それだけ言うとコーネリアはドアを開いて店へと向かっていった。

 俺はそのままベッドに潜り込んで、瞼を閉じた。

 






「くふふ……思ったよりも早くチャンスが到来したの」


 店に到着したコーネリアは厨房に向かい、冷蔵庫の中を物色する。


「なるほど……なるほど」


 前日に店主が仕込んだもの、仕込んでいないものを確認し、コーネリアは包丁を手に取った。


「くふふ……我は天才美形魔法少女じゃぞ? 料理なぞ……ちょちょいのちょいじゃっ! さすがに我がたった一人で店を回してしまえば、あやつも我の意見を邪険には扱えなくなるじゃろう」


 そうして彼女は再度懐をゴソゴソと物色し、一冊の本を取り出した。



「――我に秘策あり……じゃ」



 彼女が取り出した一冊の本。

 その題名は――



 ――経験ゼロのバイトのメイドさんでも作れる料理集

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