第26話 選手権大会 その5

 私の名前はムッキンガム。


 マムルランド帝国の宰相だ。

 元々は傭兵で500人斬りのムッキンガムと呼ばれたこともある。



 他にも色々と……昔はヤンチャな事もしていた。その噂に尾ひれに背びれがついてしまい、遂には私は生ける武神と呼ばれるに至った。

 まあ、確かに私の剣の腕は今も全世界でトップレベルだろうし、将としてもそれなり程度に優秀だとは思う。



 しかし私は年老いた。

 既に齢は55歳、後5年もすれば還暦だ。

 老いによる剣士としての致命的な弱体が差し迫っている。



 だから私は今回――ジギルハイム皇国の武術大会に出場することとした。

 獣人の国との和平調停も一段落ついたし、まとまった休暇を取るにしてもベストなタイミングだった事もあった。



 帝国議会において私よりも立場上の者は皇帝陛下しかいない為、私の休暇の承認権利者は皇帝陛下となる。

 休暇自体は特に問題なく承認されたのだが、武術大会への出場に陛下は難色を示された。



『ムッキンガム? お前は帝国の宰相にして、帝国最強の武人だ。お前が武術大会で他国の者に敗れれば……我が国の面目は丸つぶれだぞ?』


 しかし、私は陛下に言った。


『大丈夫です陛下。還暦近いとはいえこのムッキンガム……まだまだヒヨッコ共に遅れは取りません!』


『まあ、お前がそこまで言うのであればやぶさかではないが……』


『私は……どうしても武術大会に出場しなければなりません』


『理由を教えてはくれぬか? そこまで言うのであれば……完全に老いる前の最後の腕試しということだけが理由でもないのだろう?』


『如何に陛下とは言え……高度にプライバシーに関する事ですので……ご容赦を』


『分かった。ただしムッキンガムよ?』


『何でしょうか?』


『俺の制止を止めて、理由すら説明せずに出場するのだ。負ければ……叱責だけでは済まぬぞ?』


 そうして私は胸を張って陛下に応じたのだった。


『必ずや優勝のトロフィーを持参して……帝都に凱旋しましょうぞ』









 そして私は今――ジギルハイム皇国の武術大会会場にいる。

 それも観客席で家族と共に……弁当を広げながらだ。


「はいフランソワーズちゃーん! サンドイッチでちゅよー!」


 私の膝の上に座っているのは5歳になる私の娘だ。

 妻のマリアに似て目元がパッチリとしていて非常に愛らしい。


「貴方……武神とも呼ばれるような御方がこのような場所で……赤ちゃん言葉は……それにこの子はもう5歳……」


「ええい止めるなマリア……50を超えて初めてできた子供だぞ? 可愛がるなというほうが無茶があるだろう? まあ、赤ちゃん言葉は……自重しよう。どうにもこの子が赤子だった時の癖が抜けぬだけだしな」


「……」


「あとマリア?」


「なんでしょうか?」


 そして私は小声で妻に耳打ちする。


「人前で武神であるだとか宰相であるだとか……そういう言葉は使うな。今の私は家族を愛するただの父親……ムッキンガムとしてここにいるのだ」


「そうでしたね。申し訳ありませんでした」


「そうだぞ。これからは気をつけるようにな。武神であるだとか宰相であるだとか……その言葉は少し……市井の民には刺激が強いのだ」


「ねえぱぱー?」


「んー? なんだいフランソワーズちゃん?」


「おおきなおのをもったふとったおじさん、ものすごいつよそうだよ? ぱぱはあんなひとにかてるの?」


 ジギルハイム皇国四天王……肉壁のサムソンか。

 まあ、まともにやれば2秒で勝てるな。


「はっはー! フランソワーズちゃん? パパは武神とも呼ばれるような英雄さんなんだよ? しかも宰相さんでエライんだよー? パパを舐めて貰っちゃ困るなぁ!」


 大きな声で、おどけた口調で私はそう言った。

 かなり大きな声だったので、ギョっとしたような周囲の視線がこちらに集まる。

 そして、妻が大きく目を見開いて、ドン引きした様子でこちらを見ている。

 が、これは仕方がないことなのだ。


 ――フランソワーズちゃんの歓心を買う事は何よりも優先する。その為であれば肩書きでも何でも使わざるを……得ない。


「ほんとうにぱぱはあのおとこのひとにかてるのー?」


 親指を立たせて私はウインクをする。


「あんな奴は2秒で一刀両断さっ! でもパパもそろそろ年だからね! 老いる前にフランソワーズちゃんに強いパパを見せなくちゃいけないから、ここの国に来たんだよ?」


 そうなのだ。

 私はもうすぐ……剣士として致命的に老いてしまう。

 世界最強の一角と言える時期は……ここ数年がギリギリだろう。

 私は娘に……父の偉大な背中を見せなくてはいけないのだ。

 

「ねえねえぱぱー?」


「なんだい? フランソワーズちゃん?」


「ぱぱはつよいのー?」


「ああ、強いさ!」


「どれくらいつよいのー?」


「どんな相手でも一撃で倒しちゃうくらい強いさ!」


「どんなひとよりもぱぱはつよいのー?」


「ああ、フランソワーズちゃんが応援してくれるなら、パパは……世界最強さ!」


 一般出場枠以外の選手の資料は既に受け取っている。

 ざっと見た限り私を脅かすような連中がいないのは間違いない。

 いや、手こずる事すら難しいだろう。

 そして一般入場枠に至っては、このテの大会ではにぎやかし程度の意味合いしかない。

 実力のあるものであれば正式な参加者として事前にオファーを受けているのだから当たり前の話だ。

 


 それはつまり――


 ――フランソワーズちゃんに私は……優勝という最高にカッコ良いパパを見せることができるのだ。



 フフフと笑いながら私はサンドイッチを頬張る。

 そして紅茶のティーカップに手を伸ばした。

 良い香りだ。

 ギルドの地下食堂の店主に無理を言って茶葉を分けて貰った甲斐があると言う物だ。


 ズズズっと口の中に紅茶を含み、鼻腔でその香りを楽しむ。

 と、肉壁のサムソンの対戦相手が入場すると同時に私はフリーズした。




「げぇっ! 魔王……コーネリアっ!」




 その言葉と同時に私は――


 ――飲んでた紅茶を、まるで噴水かのように勢いよくその場でふきだした。

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